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肝包虫症
吉川 博昭

監修医師
吉川 博昭(医師)

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医学博士。日本ペインクリニック学会専門医、日本麻酔科学会専門医・指導医。研究分野は、整形外科疾患の痛みに関する予防器具の開発・監修、産業医学とメンタルヘルス、痛みに関する診療全般。

肝包虫症の概要

肝包虫症(かんほうちゅうしょう)は、キツネやイヌに寄生するエキノコックス属条虫の幼虫が、ヒトの肝臓などの臓器に寄生することで生じる寄生虫感染症です。エキノコックスの幼虫は「包虫」と呼ばれ、肝包虫症は「エキノコックス症」「肝包条虫症」「包虫症」などの別名でも呼ばれます。

肝包虫症の原因となるエキノコックスへの感染は、寄生虫の卵に汚染された水、食物、埃などを経口的に摂取することで起こる可能性があります。エキノコックスの終宿主(成虫が寄生し産卵する)はイヌやキツネであり、汚染源となる虫卵は、感染している個体の糞便中に含まれます。

肝包虫症では、主に肝臓の機能に障害が出ます。これは、包虫寄生による病巣(腫瘍)が肝臓に形成されやすいためです。まれではあるものの、肺やその他の臓器にも病巣ができることがあります。

肝包虫症では、感染から発症までに数年から数十年に及ぶ長い無症状期間があるのが特徴です。
感染する包虫の違いにより危険度が大きく異なり、単包条虫( Echinococcus granulosus)による「単包虫症」の場合は、治療を受けることができれば予後は良好とされています。一方、多包条虫 (Echinococcus multilocularis )による「多包虫症」の場合は、進行すると増殖してさまざまな臓器を侵すなど、悪性腫瘍に似た病態をとり、死亡率も高いことが知られています。

肝包虫症の治療は、病巣を取り除く外科的手術のほか、薬物治療などがおこなわれます。

肝包虫症は、汚染源に注意することで予防が可能ではあるものの、飲み水等の衛生状態のよくない地域を中心に世界中で100万人以上の感染者がいると推定されています。日本国内でも、野生のキツネなどが多く見られる北海道を中心に、感染例の報告があります。

肝包虫症の原因

肝包虫症の原因は、虫卵の経口摂取です。すなわち、エキノコックスの卵に汚染された生水や食品を口にする、あるいは虫卵に汚染された埃などが口に入るなどが原因となって感染すると考えられています。

ヒトの体内に入った虫卵は孵化して幼虫となり、腸壁に侵入します。その後、血流やリンパ流に乗って臓器(主に肝臓)に移動し、やがて嚢胞状の病巣を形成します。この嚢胞が周辺の臓器を圧迫したり、炎症の原因となったりすることで、臓器にさまざまな障害が出ます。
ただし、この嚢胞の成長はとても緩慢であり、エキノコックスに感染してから自覚症状が出るまでには、10年以上かかると言われています。

なお、症状の有無に関わらず、肝包虫症はヒトからヒトへ感染することはありません。肝包虫症を発症している患者の排泄物などから汚染が広がることもありません。

エキノコックスの生活環(寄生サイクル)について

エキノコックスは、虫卵を口にしたネズミやブタが中間宿主(幼虫が寄生し成長)となり、それらを捕食したキツネやイヌが終宿主(成虫が寄生し体内で卵を産む)という生活環を持ちます。終宿主の糞便に卵が混じり、それに汚染された水を飲むなどして、再び中間宿主が感染する、ということを繰り返しています。

寄生虫の中には、サナダムシのようにヒトを終宿主とするものも知られますが、肝包虫症の原因であるエキノコックスでは、ヒトは中間宿主として寄生されます。

したがって、肝包虫症ではヒトからヒトへの感染はおきず、感染者の体内から成虫が検出されることもありません。

肝包虫症の前兆や初期症状について

肝包虫症は感染してから初期症状が出るまでに、成人では10年以上かかるとされており、自覚症状としての前兆に気が付くことは難しいとされています。

肝包虫症の初期症状は、腹部の不快感や膨満感で、やがて肝臓の腫大、腹痛、黄疸、貧血、発熱などもみられるようになります。治療を受けずに放置すると腹水貯留などもおこり、生命に危険が及ぶ重篤な障害に発展するおそれがあります。

さらに、多包虫症(多包性エキノコックス症)では、病巣が外生出芽(サボテンのように成長して拡大する)ことが知られ、他の臓器を浸潤した場合は死亡率が高いとされています。発見が遅れると治療が難しくなることもあります。

一方、単包虫症(単包性エキノコックス症)では、病巣が急激に増殖するようなことはないため、発見できれば治療により治癒できる可能性が高いものの、病巣の位置やサイズによっては破裂などの危険性に注意する必要があるとされています。

肝包虫症の検査・診断

肝包虫症の検査・診断では、臨床所見、病巣の画像所見、血液検査、居住歴や渡航歴などを参考にして、最終的には病理組織検査で確定診断されます。

早期の無症状期であっても、スクリーニング検査として、血液(血清)検査、あるいはX線、超音波、CT、MRIなど画像検査の結果から、肝包虫症の疑いを検知できるケースもあります。

肝包虫症の治療

肝包虫症の治療では、主に外科的手術による病巣の切除がおこなわれます。各症状に対する対症療法がおこなわれることもありますが、肝包虫症を根治するには病巣部位を取り除く必要があります。

治療の難易度は嚢胞ができている部位や嚢胞の大きさによっても変わります。

単包虫症では、外科的手術のほか、駆虫薬による薬物療法や、肝嚢胞穿刺吸引・硬化療法などでも治療できるケースがあります。

多包虫症が重症化し、他の多くの臓器を浸潤している場合は、外科的切除が難しいケースがあります。

単包虫症・多包虫症ともに、手術後には胞嚢の再発生を抑制するための薬物療法をおこなうのが一般的です。

肝包虫症になりやすい人・予防の方法

肝包虫症になりやすい人は、野生のキツネやイヌが生息する地域で暮らす人です。日本国内では北海道や東北地域での発症例が報告されており、警戒すべき範囲は今後広がる可能性があります。

肝包虫症の感染を予防する方法はいくつかあり、感染を完全に防げるわけではありませんが、実践することにより感染リスクを大きく下げることができます。

エキノコックスの終宿主であるキツネやイヌは、野ネズミなどを食べることによって感染します。したがってペットとして飼われている動物では、通常心配ありません。一方、屋外で放し飼いにされている犬、野犬、野生のキツネなどはヒトの感染源となり得ます。

キツネや野犬がいる地域では、野山や畑でとれたもの、あるいは沢の水などが虫卵で汚染されている可能性があります。野菜などはよく洗い、できれば加熱調理して食べる、生水は必ず煮沸してから飲む、といった行動の徹底が大切です。また、野山に出かけたあとや農作業のあとは、よく手を洗い、感染予防に努めましょう。

なおエキノコックスに感染してしまった場合でも、画像検査や血液検査を定期的に受けていれば、肝包虫症の発症を早期発見できる可能性があります。北海道などの一部地域では、エキノコックスの血液検査を推奨している自治体もあります。

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