

監修医師:
中路 幸之助(医療法人愛晋会中江病院内視鏡治療センター)
目次 -INDEX-
肝性脳症の概要
肝性脳症は、肝機能が著しく低下することにより血中アンモニア濃度などが上昇し、脳に影響を及ぼすことで引き起こされる精神神経症状を伴う合併症です。急性肝不全や慢性の肝硬変が原因となります。欧米のガイドラインと同様にその背景因子によってType A、Type B、Type Cの3つに分類されます。また、軽度から重度まで5段階の重症度があり、症状は段階的に進行します。軽度では睡眠リズムの乱れや注意力の低下など、中等症では「羽ばたき振戦」という特徴的な手の震えが現れます。重症になると意識障害や昏睡状態に陥ることがあります。診断は精神症状や神経所見、血中アンモニア濃度などから総合的に診断されます。適切な管理と治療により症状の改善が可能ですが、重症化すると生命に関わるため、肝疾患患者さんは注意深い経過観察が必要です。
肝性脳症の原因
肝性脳症はその背景因子によってType A、Type B、Type Cの3つに分類されます。以下の通りです。
- Type A:急性肝不全に起因するもの
- Type B:主に門脈-大循環シャント・バイパスに起因するもの
- Type C:肝硬変に起因するもの
さまざまな原因が挙げられます。
- 肝機能の低下:肝臓の解毒機能が著しく低下することで、通常であれば肝臓で解毒される有害物質が血液中に蓄積する
- アンモニアの蓄積:肝機能低下によりアンモニアが十分に解毒されず、血液中のアンモニア濃度が上昇し、脳に到達することで脳症を引き起こす
- アミノ酸バランスの異常:肝機能低下により、血液中のアミノ酸バランスが崩れ、脳に影響を及ぼし発症につながる
- 基礎疾患:急性肝不全や慢性の肝硬変が主な原因疾患となる
- 門脈圧亢進症:肝硬変では門脈の圧が異常に高くなり(門脈圧亢進症)、有害物質が肝臓を迂回して直接脳に達する場合
- 誘因:肝硬変患者さんがタンパク質の過剰摂取や消化管出血、薬剤の副作用などを起こし、肝性脳症を発症または悪化させたりする
これらの要因が複合的に作用して肝性脳症を引き起こしますが、個人差が大きく、同程度の肝機能障害でも発症する患者さんと発症しない患者さんがいます。
肝性脳症の前兆や初期症状について
睡眠リズムの乱れや注意力・集中力の低下、普段の生活態度が変化しだらしなくなる、軽度の性格変化(イライラしやすくなる、無気力になるなど)などが認められます。しかし、患者さん本人が気づきにくいことが多いため、家族や周囲の人の観察が重要となります。また、これらの症状は認知症やうつ病と間違えられやすいため、医師による適切な診断が必要です。
肝性脳症の病院探し
消化器内科や脳神経内科(または神経内科)の診療科がある病院やクリニックを受診して頂きます。
肝性脳症の犬山シンポジウム昏睡度分類
日本で使用されている犬山シンポジウムの昏睡度分類はウエストヘブングレーディングシステム(WHC)のGradeⅠ〜Ⅳを5段階に分類したものです。肝性脳症の重症度を評価するために使用され、治療方針の決定や予後の予測に役立ちますが、昏睡Ⅰ度はretrospectiveにしか判定できない場合が多い傾向です。昏睡度が進行するほど、症状は重篤化し、適切な治療が必要となります。
- 昏睡Ⅰ度:軽度の意識障害、多幸症・不安・焦燥感などの精神症状、睡眠リズムの逆転
- 昏睡Ⅱ度:見当識障害、異常行動、羽ばたき振戦
- 昏睡Ⅲ度:高度の見当識障害、傾眠傾向(呼びかけで開眼する)。羽ばたき振戦の消失
- 昏睡Ⅳ度:昏睡状態(痛み刺激で辛うじて反応する)、肝特有の甘酸っぱい臭い(フェトール臭)の出現
- 昏睡Ⅴ度:深昏睡(痛み刺激にも反応しない)
肝性脳症としての明らかな臨床症状を呈しませんが、精神神経機能検査で異常を認める不顕性肝性脳症の概念が知られ、注目されるようになってきています。
羽ばたき振戦とは
別名、flapping tremorとも言いますが、手関節を背屈させたまま手指と上肢を伸展させ、その姿勢を保持しようとすると「手関節及び中指関節が急激に掌屈し、同時に、元の位置に戻そうとして背屈する運動」が認められます。手関節や手指が速くゆれ、羽ばたいているように見えるので、このように呼ばれます。固定姿勢保持困難(asterixis)な不随意運動の一種で、四肢を一定の位置に保つために収縮している筋肉が間欠的に緊張を失うために生じます。肝性脳症の軽度から中等度の段階で出現します。肝性脳症が進行すると、羽ばたき振戦は消失します。肝機能低下により血中アンモニアなどが増加し、脳機能に影響を与えることで生じると考えられています。
肝性脳症の検査・診断
1)臨床症状の評価
丁寧な問診と診察が重要です。神経学的診察では、筋強剛や腱反射の亢進(昏睡時には消失)、羽ばたき振戦などの特徴的な症状を呈します。精神神経症状では自発性の低下や日中の傾眠、イライラする、無関心、睡眠覚醒リズムの逆転、注意力の低下などを認めます。軽度な症状から昏睡状態に至るまでの重症度を評価します。
2) 血液検査
血中アンモニア濃度の上昇を確認します。また電解質異常や肝機能検査値の異常を評価します。
3) 定量的精神神経機能検査
簡便に施行可能なナンバーコネクションテスト(NP-test:ランダムに配置された数字をつなぎあわせてかかった時間を測定する試験で120秒以内に完了しない場合を異常とすることが多ようです)が広く臨床現場で用いられています。
4) 電気生理学的検査
脳波検査や大脳誘発電位検査などの検査を行います。
5) 画像検査
頭部C TやMRI画像検査でほかの中枢神経系疾患を除外します。
6)誘因の特定
感染症、消化管出血、脱水、薬物使用などの肝性脳症を誘発する因子を確認します。
鑑別診断
その他の意識障害をきたす原因との鑑別(代謝性脳症、薬物中毒、脳血管障害、頭部外傷など)や高アンモニア血症をきたす疾患(Rye症候群、上部消化管出血、腎障害、ウレアーゼ産生菌による尿路感染症、ショック、高用量の化学療法施工後など)との鑑別が重要です。薬物は特にバルプロ酸、カルバマゼピン、フェニトイン、サリチル酸、バルビツールなどが鑑別に挙げられます。
肝性脳症の治療
早期発見・早期治療が重要です。症状が重篤化すると急速に悪化し、長期入院となる可能性があります。治療は誘因の除去と栄養・薬物療法が大きな柱となります。
- 栄養療法:
・食物繊維の摂取を増やす
・タンパク質の過剰摂取を制限するが、長期にわたるタンパク制限食はサルコペニア(筋肉減少)などを悪化させて予後に悪影響を及ぼすため行わないことが提唱されている - 下剤の使用:便通を良くすることで腸内でのアンモニア産生を抑える
- 非吸収性合成二糖類:ラクツロースは腸管で細菌により単糖類に分解されることで、乳酸、酪酸、酢酸などの有機酸を生成して緩下作用、腸内細菌叢の改善、アンモニア産生の減少、腸管吸収の抑制などをもたらす
- 分岐鎖アミノ酸(BCAA)製剤:血中及び脳内のアミノ酸インバランスの是正、脳内神経伝達物質の改善など
- 腸管非吸収性抗菌薬:消化管でのアンモニア産生菌を抑制することで血中アンモニア値を低下させる
- 亜鉛製剤:肝硬変ではしばしば亜鉛欠乏が見られ、尿素回路機能低下が起こり、肝臓でのアンモニア処理が滞る
- カルニチン:カルニチンは肝臓で尿素サイクルを活性化することによりアンモニア代謝を促進させる
- プロバイオティクス:腸管バリアの破綻などによる異常な腸内細菌叢の組成を改善させる可能性が検討されているが、日本ではまだまとまった報告はない
肝性脳症の治療費助成
劇症肝炎が厚生労働省の特定疾患(神経難病)に認定されており、その重症度分類において「昏睡Ⅱ度以上の肝性脳症等」が基準として挙げられています。劇症肝炎は治療費の助成を受けることができます。
肝性脳症になりやすい人・予防の方法
肝硬変や慢性肝炎、アルコール性肝障害、肝がん、薬剤性肝障害患者さんは肝機能が低下しているため肝性脳症になりやすいです。予防には基礎となる肝疾患の適切な管理と生活習慣の改善が不可欠です。特に肝機能低下のリスクがある人は下記の予防策を日常生活に取り入れることが推奨されます。
- 定期的な肝機能検査:肝機能の状態を把握し、早期に異常を発見すること
- 適切な食事管理:タンパク質の過剰摂取を避ける、バランスの取れた食事を心がける
- アルコールの制限:肝疾患患者さんは禁酒または厳重な制限が必要
- 薬物の適切な使用:医師の指示に従い、肝代謝薬物の使用を控える
- 感染症の予防:肝機能低下時は感染症に罹患しやすいため、手洗い・うがいなどの基本的な予防対策を徹底する
- ストレス管理:過度のストレスは肝機能に影響を与える可能性があるため、適切なストレス管理が重要
- 十分な睡眠と休養:肝機能回復を促すため適切な睡眠と休養を取る




