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遺伝子操作したブタの心臓、ヒトへの移植について症例報告【医師による海外医学論文解説】

 更新日:2024/03/08

アメリカのメリーランド大学医学部の研究グループは、世界で初めて実施した遺伝子操作したブタの心臓のヒトへの移植についての症例報告を学術誌に発表しました。この報告は2022年6月22日のNEJM誌電子版に掲載されました。この症例報告について甲斐沼先生にお話を伺います。

甲斐沼 孟

監修医師
甲斐沼 孟(上場企業産業医)

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大阪市立大学(現・大阪公立大学)医学部医学科卒業。大阪急性期・総合医療センター外科後期臨床研修医、大阪労災病院心臓血管外科後期臨床研修医、国立病院機構大阪医療センター心臓血管外科医員、大阪大学医学部附属病院心臓血管外科非常勤医師、大手前病院救急科医長。上場企業産業医。日本外科学会専門医、日本病院総合診療医学会認定医など。著書は「都市部二次救急1病院における高齢者救急医療の現状と今後の展望」「高齢化社会における大阪市中心部の二次救急1病院での救急医療の現状」「播種性血管内凝固症候群を合併した急性壊死性胆嚢炎に対してrTM投与および腹腔鏡下胆嚢摘出術を施行し良好な経過を得た一例」など。

今回の症例報告の内容とは?

今回取り上げる症例報告の内容について教えてください。

甲斐沼孟医師甲斐沼先生

今回、学術誌のNEJM誌電子版に掲載された報告は、アメリカのメリーランド大学医学部の研究グループが今年1月に発表した、遺伝子操作したブタの心臓を心臓疾患の男性に移植することに世界で初めて成功した症例についての臨床経過と死後の病理解剖に関するものです。移植手術を受けた患者は57歳の男性で、移植に使われたブタの心臓は、再生医療の実用化に取り組むアメリカの企業が、遺伝子組み換えにより拒否反応の原因となる4種類の遺伝子を取り除き、さらに6種類の人の遺伝子を挿入した特別な心臓を作って提供されました。移植にあたっては、アメリカのFDA=食品医薬品局が、人命に関わる疾患で、ほかに治療の方法がない場合にかぎり、承認前の医療技術を使えるようにする、いわゆる「人道的使用」の許可を出していました。研究グループの報告によると、移植したブタの心臓は、7週間に渡って正常に機能しましたが、49日後に拡張性の壁厚肥厚と心不全が発生し、60日後に生命維持治療は中止されたということです。病理解剖では移植した心臓には浮腫が見られ、重量はほぼ2倍になっていたということです。組織学的検査では、筋細胞の壊死、間質の浮腫、赤血球の滲出が見られましたが、血栓症は認められなかったため、典型的な拒絶反応とは一致しない所見だったということです。

報告に対する受け止めは?

研究グループの報告に対する受け止めを教えてください。

甲斐沼孟医師甲斐沼先生

わが国も含めて心臓移植用の臓器が不足している現状では、待機リストで10万人が移植治療を受ける順番を待っているとされています。今回、アメリカのメリーランド大学医学部の研究グループが担当した当該患者は手術の6週間前に末期症状の心臓疾患と診断されたのち、生命維持装置に常時接続されて寝たきり状態であったとのことです。
医師団の発表によると、約7時間に及ぶ移植手術を受けた後、患者さんは数週間家族と過ごして、スポーツ観戦できる状態まで改善したと言います。その後、容体が悪化して、残念ながら移植術後2か月で死亡しましたが、この度の移植手術が「心臓移植医療の終わりでなく、希望の始まりになる」ことを願ってやみません。

研究グループに今後期待することは?

今回の移植手術と症例報告を行ったアメリカのメリーランド大学医学部の研究グループに対して今後どのような研究を進めることを期待しますか?

甲斐沼孟医師甲斐沼先生

今回の、「異種移植」と呼ばれる人間以外の臓器を使って移植する医療技術は、これまで長年にわたり研究が重ねられてきました。
その際、異種の臓器を用いるうえで最大の障壁となるのは、ヒトの身体が新たな臓器を異物とみなす急性拒絶反応です。今回のケースでは、移植に使用されたブタの心臓には10種類の遺伝子組み換えが施行されており、手術から1か月後には拒絶反応の兆候はなく移植後の顕著な拒否反応は乏しかったと考えられています。
今後は、研究担当グループに移植患者が死亡に至った原因を正確に解明することが大いに期待されています。

まとめ

アメリカのメリーランド大学医学部の研究グループが世界で初めて実施した、遺伝子操作したブタの心臓のヒトへの移植についての症例報告の中で、移植されたブタの心臓が7週間に渡って正常に機能したことや、死後の病理解剖や組織学的検査で、典型的な拒絶反応とは一致しない所見が見られたことが今回の症例報告でわかりました。研究グループは現在、移植された心臓のダメージが発生したメカニズムを明らかにするための研究を実施しているということです。

原著論文はこちら
https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2201422

この記事の監修医師