「島弁蓋部てんかん」に対する新たな治療法を発表
国立精神・神経医療研究センター病院らの研究グループは、島弁蓋部てんかんに対する新たな治療法を小児に対して実施したところ、良好な治療成績が得られたことを学術誌に発表しました。このニュースについて甲斐沼先生にお話を伺います。
監修医師:
甲斐沼 孟(上場企業産業医)
研究グループが発表した内容とは?
今回、国立精神・神経医療研究センター病院らの研究グループが発表した内容について教えてください。
甲斐沼先生
今回、国立精神・神経医療研究センター病院らの研究グループが今回発表した内容は、島弁蓋部てんかんに対する新しい治療法についてです。研究グループは、考案した新たな治療法である「Volume-based RFTC」は、治療前に必ず定位的頭蓋内脳波(SEEG)をおこない、標的とするてんかん焦点を決定して全体を網羅的に治療する方法です。直径2mm、有効長4mmの凝固プローベを用いて、74℃で60秒間温熱凝固をおこなうと、直径5mmの凝固病変が形成されることから、5mm径の球体モデルを三次元的に組み合わせて治療を計画するものです。
この方法を薬物療法のみでは発作の制御に至らなかった島弁蓋部てんかん患児2例に実施したところ、合併症を残すことなく発作が消失しました。治療後の急性期には凝固病変の周囲に浮腫が生じましたが、6カ月後には消え、浮腫に伴う永続的な合併症は生じなかったとのことです。また、治療6カ月後のMRIでは、深部病変のみが正確に治療されていることが確認されました。さらに、計画時の治療標的の70~78%が治療効果の及ぶ範囲であることが示されました。
島弁蓋部てんかんとは?
今回の研究対象になった島弁蓋部てんかんについて教えてください。
甲斐沼先生
島弁蓋部てんかんは、島回および弁蓋部と呼ばれる脳の領域にてんかん焦点が存在するてんかんです。島回は大脳深部に位置する神経ネットワークのハブ的役割を果たしていると言われており、島回てんかんの発作症状は非常に複雑で診断が難しく、治療成績が悪い原因の一つであると考えられています。また、島回後上方の近くには運動に関わる神経線維を栄養する血管が走行しており、手術による血管損傷が麻痺の後遺症につながることがあります。さらに、島回周囲の弁蓋部は言語機能に関連する重要な脳領域であることが知られており、従来の焦点切除術では病変部に到達する際に言語機能を損なってしまう危険性がありました。
発表内容の受け止めは?
国立精神・神経医療研究センター病院らの研究グループが発表した内容についての受け止めを教えてください。
甲斐沼先生
近年では、脳実質を直接的に切除することなく、専用医療機器を用いて標的病変部をターゲットに侵襲を少なくしながら治療を実施する定位的手術が注目を浴びています。とくに、島弁蓋部てんかんを有する例では、「Volume-based RFTC」と呼ばれる新たに開発された治療法が有用な手段になると期待されています。Volume-based RFTCは、従来における開頭して実施するてんかん焦点切除術と比較して、身体的負担が大きく軽減されることがメリットと考えられます。
以前より諸外国では、定位高周波熱凝固術(RFTC)という定位的頭蓋内脳波記録をおこなうために刺入した深部電極を用いて治療をする「SEEG-guided RFTC」が実施されてきました。しかし、この治療法では治療範囲として深部電極が留置されている領域に限定されていたために、単独でてんかん発作を完全に制御することは困難であると解釈されていました。
今回の研究では、定位的頭蓋内脳波記録で得られた診断結果を基準として、てんかん焦点として疑われる領域全体をターゲットに治療を実施できる点において高い治療効果が期待されており、島回をはじめとする複雑な脳病変部に対しても柔軟に治療できることが判明しました。新たに提案されたVolume-based RFTCという治療方法が、従来の開頭手術よりも負担が少なく、さらにこれまで治療が難しいと指摘されてきた島弁蓋部てんかんに対しても有効な治療選択肢になり得ると考えられます。今後、さらに多くの治療経験を蓄積し、より長期間に及ぶ臨床経過を観察して治療成績を明らかにすることによって、安全で効果的な治療が実現するように開発・研究が進められることを願っています。
まとめ
国立精神・神経医療研究センター病院らの研究グループが島弁蓋部てんかんに対する新たな治療法を小児に対して実施したところ、良好な治療成績が得られたことが今回のニュースでわかりました。研究グループは「これまで治療が難しいとされてきた島弁蓋部てんかんに対して有効な治療選択肢となることが期待される」としており、今後も注目していきたいですね。