世界初! iPS細胞から作った細胞を脊髄損傷の患者に移植
慶應義塾大学は1月14日、iPS細胞から変化させた神経のもとになる細胞を脊髄損傷の患者に移植する臨床研究の1例目を昨年12月に実施したと発表しました。このニュースについて田中医師に伺います。
監修医師:
田中 栄(医師)
今回発表された内容とは?
慶應義塾大学が発表した臨床研究の内容について教えてください。
田中先生
今回の臨床研究は1月14日におこなわれた慶應義塾大学のオンライン会見で発表されたもので、内容は「iPS細胞から作った細胞を脊髄損傷の患者に移植手術をした」というものです。これは世界初のことになります。
手術を受けた患者は、脊髄が損傷してから2~4週間経過して運動と感覚が完全に麻痺した亜急性期の患者で、去年12月に手術がおこなわれました。今後は通常のリハビリもしながら、安全性や運動機能の改善などの有効性を詳しく調べるとのことです。また、臨床研究で利用されたiPS細胞は、京都大学iPS細胞研究所が第三者の細胞から作って保管しているもので、iPS細胞から神経のもとになる細胞である神経前駆細胞を作製して凍結保存しておき、患者1人当たり200万個の細胞を脊髄の損傷部に注射で移植します。患者本人のものではなく他人の細胞を移植するため、拒絶反応を抑える免疫抑制剤を使うことになります。
脊髄損傷とは?
今回の臨床研究の患者が抱える脊髄損傷について教えてください。
田中先生
日本には、脊髄損傷の患者が10万人以上いると言われており、新規の患者は毎年5000人以上増えているのが現状です。
脊髄損傷は、損傷の程度によって「完全損傷」と「不完全損傷」の2つに分けられます。完全損傷とは、脊髄の機能が完全に壊れてしまった状態で、運動機能と感覚知覚機能が失われます。もう一方の不完全損傷は、脊髄の一部が損傷し一部機能が残った状態で、ある程度運動機能が残った軽症なものから感覚知覚機能だけが残った重症なものまであります。損傷してから時間が経って慢性期になると、今度は動かせないはずの筋肉がけいれんなどを起こすことがあります。麻痺の程度によっては、手で箸を使うことや字を書くこと、歩行することが困難になります。高い位置の頚椎レベルで脊髄損傷となると手足だけでなく呼吸筋まで麻痺し、人工呼吸器なしには生きられなくなるケースもあります。
労災病院における脊髄損傷疫学調査(1997年度~2019年度)によると、脊髄損傷の原因で最も多いのが起立歩行時の転倒、次いで転落、交通事故という結果が出ています。
iPS細胞を活用した治療が持つ可能性とは?
今回世界で初めておこなわれたiPS細胞を活用した脊髄損傷の治療が持つ可能性について教えてください。
田中先生
様々な治療によっても機能回復が困難と考えられる脊髄損傷患者に対して、今回のiPS細胞を用いた治療は希望を与える治療と考えられます。しかし、今回の臨床研究は対照群を置いたものではないため(ほかの治療と比較するようなデザインではない)、治療効果については慎重に判断する必要があります。
まとめ
今回のニュースで、慶應義塾大学がiPS細胞から変化させた神経のもとになる細胞を脊髄損傷の患者に移植する臨床研究を世界で初めて実施したことがわかりました。今後はリハビリをしながら1年かけて安全性や運動機能の改善状況を調べるとのことで、その結果にも注目が集まりそうです。