寝たきりになってから痰が多い理由とは?注意すべき症状やケア方法などを解説

寝たきりの方で痰が多くなるのは、介護の現場でよくみられる変化です。身体を動かす機会が減ることで肺や喉の働きが弱まり、飲み込みや咳をする力も低下して、痰が外に出にくくなります。加齢や体力の低下だけでなく、感染や脱水、口腔内の汚れなども関係し、こうした要因が重なると痰がたまりやすくなります。痰が絡む、呼吸がゴロゴロする、息苦しさがみられるなどの変化は、体調のサインです。
本記事では、寝たきりの方で痰が増える理由や注意すべき症状、家庭や施設でできるケアの工夫、医療との連携方法について解説します。

監修医師:
林 良典(医師)
消化器内科
呼吸器内科
皮膚科
整形外科
眼科
循環器内科
脳神経内科
眼科(角膜外来)
寝たきりになってから痰が多い理由

寝たきりの方で痰が増えるのは、単に年齢や体力の問題ではなく、身体の働きが変化することによって自然に起こる現象です。痰は気道の粘膜を守るために分泌されるものですが、身体を動かす力や呼吸、飲み込む力が弱くなることで、排出が難しくなります。ここでは、寝たきりになることで痰が多くなるいくつかの理由を解説します。
身体を動かさないことで分泌物が溜まりやすくなる
健康な状態においては、咳や姿勢の変化によって自然に痰が移動し、喉から外に排出されます。しかし、寝たきりの状態では身体を起こしたり、深呼吸をしたりする機会が少なくなります。そのため、気道内に分泌物が滞りやすくなり、痰がたまりやすくなります。特に仰向けで長時間過ごすと、肺の下部に分泌物が溜まり、呼吸音がゴロゴロすることがあります。
嚥下機能の低下による影響
飲み込む力(嚥下機能)は加齢や筋力低下によって徐々に衰えます。寝たきりになると食事以外の場面でも唾液や痰をうまく飲み込めず、喉に残ってしまうことがあります。この状態が続くと、痰が溜まりやすくなるだけでなく、誤って気管に入り誤嚥性肺炎を起こすおそれもあります。特に食後や眠っているあいだに咳き込む場合は、飲み込みの機能が低下しているサインです。嚥下体操やお口の中の衛生管理を行うことで、痰の増加をある程度抑えられる場合もあります。
呼吸機能の低下や肺炎による影響
寝たきりになると、呼吸を支える筋肉が弱まり、深く息を吸う・強く咳をする力が低下します。そのため、肺のなかに空気が行き届きにくくなり、分泌物が排出されずに残ります。また、感染や炎症が起こると、身体が細菌を排除しようとして痰の分泌が増えます。これが肺炎の初期サインとなることもあります。
お口や喉の乾燥、脱水による影響
水分摂取量が減ると、痰が粘り強くなり排出しにくくなります。寝たきりの方は食事量や飲水量が減る傾向にあり、またエアコンなどによる室内の乾燥も影響します。乾いた粘膜は炎症を起こしやすく、細菌が繁殖する原因にもなります。
寝たきりの方の痰が多いときに注意すべき症状

痰の量や性状は、身体の変化や病気のサインを早めに知らせてくれる重要な指標です。寝たきりの方の場合、自分で症状を訴えることが難しいことも多いため、介護者やご家族が痰の様子や呼吸の変化を観察することがとても大切です。ここでは、痰が多いときに見逃してはいけない代表的な症状を解説します。
痰の色やにおいが変化している
健康な状態の痰は透明から薄い白色で、量も多くありません。しかし、感染や炎症があると、黄色や緑色、茶色などに変化することがあります。特に、濃い色や悪臭がある場合は、細菌性の肺炎や気管支炎を起こしている可能性があります。こうした変化がみられたときは、医師の診察を早めに受けることが重要です。また、血が混じる痰が続く場合は、肺や気道に傷や炎症が生じているおそれがあります。
呼吸が苦しそうだったりゴロゴロ音がしたりする
寝たきりの方では、痰が気道に溜まると「ゼロゼロ」「ゴロゴロ」といった呼吸音が聞こえることがあります。これは痰が喉や気管に残っている状態を示し、放置すると呼吸困難につながるおそれがあります。呼吸が浅く速い、息をするたびに胸や肩を大きく動かしている場合も、酸素が足りていないサインです。
発熱や食欲低下がある
痰が増えると同時に発熱がみられる場合は、感染症を起こしている可能性があります。肺炎や気管支炎の初期には微熱程度でも、進行すると高熱や倦怠感、食欲低下が目立つようになります。特に寝たきりの方は、体温の上昇や顔の赤みよりも、ぼんやりする・元気がない・水分を取りたがらないといった変化のほうが先に現れることもあります。
誤嚥性肺炎などの合併症のサインがある
痰がうまく出せない状態が続くと、唾液や食べ物が気管に入り、誤嚥性肺炎を引き起こすことがあります。誤嚥による炎症が起こると、痰の量が急に増え、黄緑色や濃い色になることがあります。咳き込みが強くなったり、呼吸が浅く速くなったりするほか、発熱や倦怠感、顔の赤み、唇の紫色化(チアノーゼ)がみられることもあります。
慢性的に痰が多い方では、こうした変化が現れると肺の奥で炎症が進んでいる可能性があり、呼吸音にゴロゴロとした湿性の雑音が混じることもあります。誤嚥性肺炎は症状がゆるやかに進行することも多く、初期には軽い咳や食欲低下といったわずかな変化しかみられない場合もあります。
痰が多いときの対処法とケア方法

痰が増えても、適切なケアを行うことで呼吸を楽にし、感染を防ぐことができます。介護の現場では、痰を取り除くことだけでなく、溜まりにくい環境をつくることが重要です。ここでは、日常のケアでできる具体的な方法を解説します。
体位を変える
寝たきりの状態が続くと、肺の下部や背中側に分泌物がたまりやすくなります。数時間おきに体位を変えることで、重力の働きによって痰を動かし、排出を促すことができます。特に、横向きにしたり、上体を少し起こしたりすることで、呼吸が楽になる方もいます。背中を軽く叩いたり、手のひらでやさしく振動を与えたりする体位ドレナージと呼ばれる方法も有効です。体位変換は褥瘡の予防にもつながるため、介護の基本として取り入れるとよいでしょう。
口腔ケアをこまめに行う
お口のなかに汚れが残っていると、細菌が繁殖し、それが痰とともに気管に入り肺炎の原因になることがあります。寝たきりの方は、唾液の分泌が減るため口腔内が乾燥しやすく、舌や頬の粘膜に汚れが付着しやすくなります。毎食後や起床・就寝前に、歯ブラシやスポンジブラシを使ってやさしく清掃し、保湿ジェルなどでお口の中を潤すようにしましょう。定期的に歯科衛生士や訪問歯科による専門的なケアを受けることも、誤嚥性肺炎の予防につながります。
加湿や水分補給に気をつける
痰が粘り強くなる主な原因のひとつが乾燥と脱水です。飲み込みが難しい方でも、少量ずつこまめに水分をとることで痰がやわらかくなり、出しやすくなります。室内が乾燥しているときは加湿器を活用し、湿度は50%程度を目安に保つとよいでしょう。この湿度は喉やお口の粘膜を守り、ウイルスが空気中で長く漂いにくくなる環境づくりにも役立ちます。
参照:
『冬場における「換気の悪い密閉空間」を改善するための換気について』(厚生労働省)
『介護施設の湿度環境と入居者の口腔内乾燥感の順序ロジスティック回帰分析』(空気調和・衛生工学会)
必要に応じて医師に相談する
痰の量が急に増えたり、色やにおいが変化したりする場合は、感染や肺炎の可能性があるため、早めに医師へ相談しましょう。必要に応じて去痰薬や吸入薬が処方されることがあります。また、痰が喉に詰まりそうな場合や、自力で出せないときは、訪問看護による吸引処置を依頼することも検討します。介護職が対応できる範囲には制限があるため、医療チームと連携して安全性の高いケアを行うことが大切です。
医療的ケアが必要なケース

寝たきりの方の痰が多い場合、日常のケアで対応できる範囲を超えていることがあります。痰が喉や気管に詰まりやすい、呼吸が苦しそうにみえる、発熱や肺炎をくり返すなどの状況は、医療的な介入が必要です。ここでは、在宅で行える医療的ケアや、介護職・看護師・医師の連携について解説します。
訪問看護で行う痰の吸引や呼吸管理
自力で痰を出せない場合や、喉に絡んで呼吸が苦しくなる場合には、訪問看護師による吸引処置が行われます。専用の吸引器を使い、気道の通りを確保することで呼吸を楽にします。吸引のほかにも、酸素投与や吸入薬の管理、呼吸音の観察なども訪問看護で行うことができます。吸引が頻回に必要な方は、医師の指示に基づき、家族が操作できるように手技を習得するケースもあります。こうしたケアを定期的に受けることで、肺炎の予防や苦痛の軽減につながります。
介護職が行える範囲と制限(特定行為研修など)
介護職員が吸引を行う場合には、法律で定められた喀痰吸引等研修(特定行為研修)の修了が必要です。この研修を受けていない場合は、医師や看護師の指示・監督のもとでしか吸引を行うことができません。施設や在宅介護の現場では、吸引が必要な方に対して訪問看護師や医師と連携しながら対応しています。誤った手技や不適切な吸引は、粘膜を傷つけたり感染を広げたりするおそれがあるため、安全性の高い手順の理解と連携体制が欠かせません。
医師・看護師との連携で安全にケアする
痰が増えた背景には、肺炎や心不全、脱水などの全身状態の変化が隠れていることがあります。介護職やご家族が異常に気付いた場合は、早めに医師へ情報を伝えることが大切です。訪問看護師は日常の変化を医師へ報告し、必要に応じて薬の調整や検査を行うよう手配します。こうしたチームでの連携によって、在宅でも安全で安定した呼吸管理が可能になります。
痰を溜めないためのケア方法

痰が多くなってから対処するよりも、日頃から痰を溜めにくい身体づくりや生活環境を整えることが大切です。寝たきりの方でも、少しの工夫で呼吸がしやすくなり、肺炎などの合併症を防ぐことができます。ここでは、在宅や施設で実践できる予防的なケアの方法を解説します。
体位変換や軽い運動を取り入れる
寝たきりでも、1日に数回の体位変換を行うことで肺の換気を促し、痰の排出を助けることができます。仰向けのままだと肺の下側に分泌物がたまりやすくなるため、横向きや30度程度の上体挙上など、姿勢を変えるだけでも効果的です。また、上肢や下肢を軽く動かすリハビリを取り入れると、呼吸筋の維持や循環の改善にもつながります。動ける範囲で深呼吸を行うだけでも、痰が出やすくなることがあります。
水分と栄養バランスを見直す
水分が不足すると痰が粘り、排出しづらくなります。1回あたりの量が少なくても、1日を通してこまめに水分をとることが大切です。ゼリー飲料やスープなども水分補給に役立ちます。また、たんぱく質やビタミンをしっかり摂ることで、粘膜の健康を保ち、感染への抵抗力を高めることができます。脱水や低栄養は痰の増加や体力低下にも直結するため、食事内容の見直しは重要です。
室内の湿度と温度を整える
乾燥した環境においては、喉や気道の粘膜が弱まり、痰が粘りやすくなります。室内の湿度は50%程度を目安に保ち、冬場は加湿器を使って乾燥を防ぎましょう。温度は21±2度前後が快適とされ、寒暖差を小さく保つことが呼吸器への負担を減らします。湿度が適切に保たれると、痰がやわらかくなり、咳や呼吸がしやすくなります。
参照:
『冬場における「換気の悪い密閉空間」を改善するための換気について』(厚生労働省)
『介護施設の湿度環境と入居者の口腔内乾燥感の順序ロジスティック回帰分析』(空気調和・衛生工学会)
定期的な口腔ケアと呼吸訓練を行う
お口の中を清潔に保つことは、痰を溜めにくくするうえで欠かせません。唾液の分泌を促すようなマッサージや、お口の中を潤す保湿剤の使用も効果的です。発声練習や軽い呼吸訓練を取り入れることで、喉や胸の筋肉を保ち、痰を出す力をサポートできます。訪問リハビリや言語聴覚士による嚥下訓練を併用するのもよい方法です。
まとめ

寝たきりの方で痰が多くなるのは、身体を動かさないことや嚥下・呼吸機能の低下、乾燥や脱水などが重なって起こります。痰がうまく出せない状態が続くと、呼吸が苦しくなったり、誤嚥性肺炎を起こしたりすることがあります。体位をこまめに変える、口腔ケアを続ける、水分をしっかりとるなど、日常のケアを丁寧に行うことが予防につながります。
また、室内の湿度を50%程度に保ち、お口や喉を乾燥から守ることも大切です。痰の色やにおい、呼吸の変化がみられた場合は、早めに医師や訪問看護師へ相談しましょう。
参考文献




