介護うつの兆候や症状、負担を軽減する方法を詳しく解説します
公開日:2025/10/28


監修医師:
江口 瑠衣子(医師)
プロフィールをもっと見る
2009年長崎大学医学部卒業。大学病院での初期臨床研修終了後、10年以上にわたり地域の基幹病院で腎臓内科の診療に従事。患者さん一人ひとりに寄り添った医療を心がけており、現在は内科・精神科の診療を行っている。腎臓専門医。総合内科専門医。
目次 -INDEX-
介護うつとは
介護うつは、介護を担う方にうつ病の症状が現れ、日常生活に支障をきたすようになった状態を指します。ここでは、うつ病はどのような病気なのか、なぜ介護でうつ病になりやすいといわれるのかを解説します。
うつ病の概要
うつ病は、抑うつ(よくうつ)気分などの精神症状や、食欲がない、疲れやすい、などの身体症状が長期間続く病気です。日常生活に大きな支障をきたすほどの症状がほぼ毎日、少なくとも2週間以上続きます。具体的な症状は次のとおりです。- 抑うつ気分
- 興味、喜びの喪失
- 不眠または過眠
- 気力の減少もしくは無価値感
- 体重の変化(減少、増加)
- 希死念慮、自殺企図
介護でうつ病になりやすい理由
家族などの介護をする方がうつ病になりやすい理由は、介護に伴う負担がとても大きいことにあります。介護をする方の負担には、身体的負担、精神的負担、経済的負担などがあります。介護は重労働であり、特に介護度が高い方の場合は、食事、トイレ、入浴など日常生活のあらゆる場面で介助が必要です。さらに、夜間の見守りなどが必要な場合、慢性的に十分な睡眠をとることが難しくなります。このような介護が長期間にわたると、身体的な疲労が蓄積します。 また、介護する方は介護が必要な方と家のなかで過ごすことが多く、自由な外出や気晴らしの機会が限られます。自分の時間を持てず、自分をケアすることよりも介護に多くを費やします。そのため、ストレス源から逃れにくく、精神的に大きな負荷がかかります。社会との接触が少なくなると、孤立感を覚えやすくなります。さらに、身体的な疲労が蓄積すると、精神的な負担も感じやすくなります。 介護をする方の経済的な負担も少なくありません。介護には、介護用品の購入や自宅のリフォーム費用、介護サービスの利用料など、さまざまな費用がかかります。これらの経済的な影響は、介護をする方の精神的な負担につながることがあります。また、介護のために仕事を減らしたり辞めたりすることで、収入が減少するケースもあります。介護うつが疑われる兆候
介護をしている方に次のような症状や変化が見られる場合、介護うつが疑われます。
- 憂うつな気分が一日中続いている(常に沈んだ表情で、元気がない)
- 趣味や好きなことを楽しめない
- 日常の楽しいことに興味がなくなる
- ちょっとしたことで涙ぐむ
- 集中力や判断力が落ち、ミスや物忘れが増えた
- 自分を責める発言が増える、罪悪感を覚える
- 寝つきが悪い、眠ってもすぐに目が覚める
- 体重が増えたり減ったりする
- 慢性的な疲労や体の不調(頭痛、めまいなど)を感じる
介護うつが進行するとどうなる?
介護うつが進行すると、日常生活や健康にさまざまな悪影響を及ぼす可能性があります。気分の落ち込みが続くことで趣味や楽しみをなくし、日々の生活を送る気力を失い、生活の質が大きく低下します。介護をしている方自身の病院受診や健診を先延ばしにして、治療を後回しにするなど、自己の健康管理が疎かになるケースもあります。また、介護をする方が心身ともに疲弊すると、介護を受けている方に十分なケアが行き届かなくなる可能性があります。
さらに、介護うつが進行すると、希死念慮(死んでしまいたいと漠然と考えること)や自殺企図(自殺しようとする行動)のリスクが高まります。
厚生労働省の報告(令和6年中の自殺の状況)では、自殺の原因・動機の一つとして、介護・看病疲れが報告されています。介護を続ける方が身体的・精神的負担によって介護うつになると、命に関わる危険につながるケースがあります。このように、介護うつが進行すると生活の質の低下や健康の悪化、介護の継続困難、自殺などの深刻な事態に至る可能性があります。
参照:『令和6年中の自殺の状況』 (厚生労働省自殺対策推進室 警察庁生活安全局生活安全企画課)
介護うつかもしれないと思ったときの対処法
介護うつかもしれないと思ったときの対処法は、医療機関を受診することです。早期に相談することが重症化を防ぐ第一歩です。ここでは、医療機関を受診すると、どのような検査と治療が行われるか解説します。
医療機関を受診する
介護うつかもしれないと思ったときは、まず医療機関を受診しましょう。うつ病は、適切な治療を行うことがとても大切です 。これは病気ではない、単なる疲れだ、などと自分で判断せず、精神科や心療内科に相談する必要があります。 うつ病の診断には医師の診察が必要です。現在の症状が、うつ病ではなくほかの病気によって引き起こされていることもあります。精神科の受診はハードルが高いと感じる方で、かかりつけの医師がいる場合には、まずはかかりつけ医に相談してみるのもよいでしょう。医療機関での検査と治療
うつ病が疑われる場合、問診(症状の経緯やこれまでの病歴を聞き取る作業)が行われます。必要に応じて身体検査や血液検査、画像検査なども追加されます。さらに、心理検査が実施される場合もあります。心理検査とは、患者さんの気分や思考、行動の特徴や心理状態を質問紙や面接、課題などを通じて客観的に評価する検査のことです。特に、うつ病ではPHQ-9(患者健康質問票)やHAM-D(ハミルトンうつ病評価尺度)など、うつ病に関する心理検査があります。病院ではこれらの問診、検査を実施して、うつ病かどうか、ほかの病気の可能性がないかを評価します。 うつ病と診断された場合、治療が開始されます。うつ病の治療では、十分な休養確保と薬物療法、精神療法の3本柱が基本です。まず何より大切なのは心身の休養です。介護うつと診断されたら、介護をしばらく休んでストレスを極力減らし、静養することがすすめられます。症状が重い場合や自殺のリスクが高い場合には、安全を確保するため精神科病院への入院が選択されることもあります。 十分な休養を基本として、医師の判断で抗うつ薬による薬物療法が検討されます。抗うつ薬は、脳内のセロトニンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質の働きを改善する薬剤です。抗うつ薬が効きにくい場合は、ほかの種類の抗うつ薬に変更したり、少量の抗精神病薬や気分安定薬を併用したりすることもあります。睡眠障害や不安が強ければ、睡眠薬や抗不安薬を補助的に使うこともあります。 また、精神療法も重要な治療手段です。精神療法は、医師や臨床心理士などとのやり取りを通じて、患者さんが自分の感情や考え方を見直し、問題を理解することで対処法をみつけ、克服しようとする治療法です。支持的精神療法という基本的な治療法のほかに、認知行動療法などがあります。支持的精神療法は変化を目的とせず、現在患者さん自身が持っている資質をうまく活かせるように支援する精神療法です。認知行動療法は物事を悲観的、否定的にとらえてしまう考え方の偏りを修正していきます。介護うつを悪化させないためにできること
介護うつを悪化させないためにできることは、自分自身の休養や時間を確保することです。うつ病の治療で、まず何より大切なのは心身の休養です。介護は長期化しやすく、日常の大半を介護に費やすことで身体的にも精神的にも疲弊してしまいます。十分な休養を取るために、介護から離れる時間を作りましょう。ここではどのような支援やサービスがあるかを解説します。
介護サービスを活用する
介護うつの悪化を防ぐには、介護する方の負担をいかに軽減するかがポイントです。そのためにまず検討したいのが、介護サービスの活用です。介護保険で利用できるサービスは、さまざまなものがあります。例えば、自宅で利用できる訪問介護では、ホームヘルパーが自宅を訪問し、身体的なケアや生活支援が行われます。身体的ケアは、入浴や食事、排泄の介助、生活支援は掃除や洗濯、買い物などです。このように、介護する方が担っている日常の介助の一部を専門職に委ねることができます。業務の負担軽減だけではなく、専門的な支援を受けられる安心感など、精神的な負担軽減にもつながります。 介護サービスの導入は、介護をする方自身の心身の休息時間を確保するとともに、介護を受ける方に専門的なケアを提供する機会にもなります。ケアマネジャー(介護支援の専門職員)や主治医と相談しながら、必要に応じて導入を検討しましょう。家族や親戚で介護を分担する
介護うつを悪化させないためには、一人で抱え込まないようにする必要があります。家族や親戚の方で介護に協力してもらえることがあれば、できる範囲で業務を分担しましょう。例えば同居のご家族であれば、食事や入浴の介助を手伝ってもらう、離れて暮らす親戚の方にも、定期的に様子をみに来てもらう、などです。自分一人でやらなくてはという考え方ではなく、ほかの方に頼ることをためらわないようにしましょう。また、周囲の方も進んで声をかけ、介護する方の孤立を防ぎましょう。ショートステイや日帰りデイなどを活用する
前述した介護保険サービスのなかには、ショートステイや日帰りデイ(通所介護)などが含まれます。ショートステイは、介護が必要な方を数日〜数週間程度、施設で預かってもらえる仕組みです。介護をしている方はその間、まとまった休息をとる時間を確保できます。なお、ショートステイの利用は連続で最大30日まで、合計の上限数は個々の介護認定の状況などによって異なります。施設の空き状況も関係するため、詳細はケアマネジャーなどに確認しましょう。 一方日帰りデイは、日中の一定時間、介護が必要な方を施設で預かってもらえるサービスです。日帰りデイでは、食事・入浴などのケアやレクリエーションを行ってもらいます。介護を要する方が日帰りデイで過ごす間、介護をしている方は自分の時間を持つことができます。これらのサービスをうまく活用し、自由に過ごせる時間を確保し、自分自身をケアしたりリフレッシュしたりすることが可能となります。介護医療院などへの入所を検討する
在宅での介護の負担が大きい場合は、長期的に入所できる介護保険施設の利用も選択肢です。介護保険施設には、特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、そして介護医療院があります。このうち、介護医療院は医療と生活の両方を支える役割を担っています。 介護医療院は、医療的ケアを日常的に受けられる体制が整っています。例えば、慢性疾患の管理や褥瘡(床ずれ)への対応、酸素投与や喀痰吸引などです。さらに、食事や入浴、排泄などの生活の介護も行われるため、療養と生活を一元的に支えてもらうことが可能です。介護うつを予防するために大切なこと
介護うつを予防するために大切なのは、介護を担う方が自分自身の健康を守る、という意識を持つことです。介護を担う方自身の健康も大切にされなければいけません。介護はやりがいがある一方で、大変なストレスを伴う場合があります。介護をひとりで抱え込まず、早い段階から周囲の支援や制度を活用します。
介護を担う方の多くは「自分が頑張らなければ」という責任感から、問題を一人で抱え込みがちです。しかし、介護は一人で行うものではなく、多くの方やサービスに頼ることで続けられます。家族や友人、ケアマネジャーなど、相談できる窓口はたくさんあります。介護を始める方、すでに行っている方は、自身を客観的にみつめる時間を設け、セルフケアを行えているか確認しましょう。健康的な食事、質のよい睡眠、適度な運動を心がけます。ご自身の健康維持が、介護を受ける方のためにも必要です。
まとめ
介護うつは、介護を担う方が長期間にわたり大きな負担を抱えることで、精神症状や身体症状が続く状態を指します。抑うつ気分や不眠、意欲の低下などの症状によって、日常生活に大きな支障をきたすようになります。また、介護を受ける方へのケアが不十分になるケースもみられます。さらに、介護うつの病状が進行すると、希死念慮や自殺企図まで引き起こす可能性があります。介護うつかもしれないと感じたら、医療機関の受診を検討してください。そして、介護サービスを活用したり、周囲の方の助けを借りたりするなどして休養をとります。介護は一人で行うことはできません。介護を担う方自身の健康を守ることが、結果的に適切な介護につながります。介護を担う方は、異変を感じたらすぐに周囲の方や医療機関へ相談しましょう。
参考文献
- 『うつ病』(こころの情報サイト)
- 『Caregiver Burnout: What It Is, Symptoms & Prevention』(Cleveland Clinic.)
- 『仕事と介護の両立ポイント』(厚生労働省)
- 『令和6年中の自殺の状況』(厚生労働省自殺対策推進室 警察庁生活安全局生活安全企画課)
- 『簡易に実施可能な介護状況評価の質問票を開発 -家族介護者支援を推進ー』(国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター)
- 『Development of a short form of the Japanese version of the Caregiver Reaction Assessment (CRA-J-10) among informal caregivers of older adults』(Noguchi T, Nakagawa T, Jin X, Komatsu A, Togashi S, Miyashita M, Saito T. 2024;24(3):290-296)
- 『介護医療院』厚生労働省


