【後編】内田春菊、大腸がん治療で「人工肛門」に。“思っていたより大変じゃない”生活の実態とは

抗がん剤治療、そして手術。大腸がんの治療を経て、漫画家・小説家・俳優の内田春菊さんは永久人工肛門(ストーマ)とともに生きる道を選びました。人工肛門と聞くと、不安や戸惑いを感じる人も多いかもしれません。しかし内田さんは、「思っていたより大変じゃない」と語ります。治療の経過や副作用、手術、そして人工肛門のある生活とはどのようなものでしょうか。本記事では、内田さんの体験とともに、人工肛門の実際や大腸がん治療の進歩について、日本消化器外科学会消化器外科専門医の山本健人先生の解説とあわせてお伝えします。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2026年3月取材。

内田春菊(漫画家・小説家・俳優)

山本 健人 医師(日本消化器外科学会消化器外科専門医・指導医)
抗がん剤治療から手術まで。大腸がん治療の実際と「人工肛門」の決断

山本先生
内田さんが実際に受けられた治療について教えていただけますか?
内田さん
最初に抗がん剤治療を受けました。肛門から腫瘍を少しでも離せないかということで、胸にポート(抗がん剤や点滴の薬を繰り返し安全に投与するための小さな医療機器)を埋め込んで治療を受けました。2015年末から3カ月間くらいだったと思います。手術の後も抗がん剤治療を受けました。
山本先生
副作用はいかがでしたか?
内田さん
つわりみたいな感じでしたね。一番わかりやすかったのは、指先が冷たくなることでした。最初に抗がん剤を投与された日は、手袋をしていても外を歩いているときなどは指の先に小さな氷の粒が入っているみたいにヒヤヒヤして。冷凍庫から物を出すときは子どもに頼んだり、手袋を2枚重ねたりしていました。足も靴下を2枚重ねにしていました。
山本先生
末梢神経障害の典型的な症状ですね。手足がしびれたり、冷たく感じたりする副作用で、大腸がんの治療でよく用いられる抗がん剤でもみられます。この副作用を完全に抑える薬はなく、使用できる期間にも限界があるため、症状をみながら慎重に治療を進める必要があります。
内田さん
抗がん剤がものすごく効いて、腫瘍がぺちゃんこになってたそうです。ただ、位置は変わらなかったので、人工肛門を避けることはできませんでした。その後、内視鏡やPET検査も受けてから手術しました。
山本先生
大腸がんの標準的な治療は、手術、抗がん剤治療、放射線治療が基本になります。内田さんのように手術前に抗がん剤をおこなうことを術前治療といいます。目的は、がんを小さくして手術で切除しやすくし、再発のリスクを下げること、そして腫瘍と肛門の距離を少しでも確保し、人工肛門を回避できる可能性を高めることです。ただし、もともと肛門のすぐ近くに腫瘍がある場合は、たとえ小さくなっても、人工肛門が必要になることが少なくありません。手術について当時のお気持ちや、術後の経過について聞かせてください。
内田さん
手術は体感では1秒くらいで、気がついたら終わっていました。付き添いも呼ばなかったのですが、産婦人科の先生が心配して現れて、「なんで先生がいるの? もしかして私、死んじゃった?」と思いましたね。
山本先生
術後、人工肛門になったことはどのように知りましたか?
内田さん
手術前に先生からは「右側につけば一時的、左側だと永久」と言われていたんです。手術が終わって確認したら左側でした。「なっちゃったな」と思いましたね。でも、その後先生から「(人工肛門を避けて)直腸をつないでもトイレが1日20回くらいになる」「こちらの方が安定した生活です」と説明されました。
山本先生
肛門を残せた場合でも、(便を一時的に貯蔵したり便意を誘発したりする機能がある)直腸を大きく切除すると排便を調整する機能が低下し、1日に何度も排便しなければならなくなったり、便失禁が起こったりすることがあります。それに比べると、人工肛門の方が生活しやすいと感じる患者さんもいます。どちらがよいかは一概に決められず、病状や生活背景を踏まえて最適な治療を一緒に考えていくことが大切です。
「がんをきちんと治すことの方が大事」人工肛門の生活とロボット手術の現在
内田さん
人工肛門の生活になってからは、最初はちゃんと貼れているかなどの状態が分かる、1ピースの透明な袋を貼っていて、慣れてきたので不透明な袋になり、今は2ピース装具を使っています。プレートをおなかに貼って、そこに袋を付ける形です。装具がすごくよくできているんですよ。ガスはフィルターを通して出るので、においも気になりません。もしかしたら普通の人よりにおわないかもしれない、と思うくらいです。
山本先生
装具の技術は年々進歩しています。丈夫な素材や防臭機能など、QOL(生活の質)を高める工夫が重ねられています。便が袋にたまったら定期的に処理し、装具の交換は数日ごとにおこなうのが一般的です。
内田さん
あと、今でもたまにファントムペイン(事故や病気などで失われた器官で感じる幻の痛み)があるんですよ。なくなったはずのところに、おなかを壊すときのお尻がシクシクした感覚が生じるんです。最初の頃の方が多くありました。今は分かっているので、そういうときは無理せず横になっています。
山本先生
ファントムペインは、病気や怪我で手足などを切除した方が、失った部分があたかもまだ存在して痛むかのように感じる症状で、「幻肢痛」とも言われます。ですので、肛門を切除した後にも、そういった症状は起こり得ると思います。
編集部
近年、大腸がんの手術は、ロボットを用いた手術も増えていると聞きましたが、いかがでしょうか?
山本先生
大腸がんの手術は、近年大きく進歩しています。かつてはおなかを大きく開く開腹手術が主流でしたが、現在は小さな穴からおこなう腹腔鏡手術が広く普及しています。腹腔鏡手術の発展形としてロボット支援手術があります。外科医がロボットを操作しておこなう手術で、手ブレがなく、体内の狭い場所でも精密に操作しやすいことが特徴です。直腸は骨盤の奥深くにあるため、ロボットのメリットが活かしやすい臓器です。こうした技術の進歩によって、より安全で精密な手術が可能になってきました。
内田さん
人工肛門に対して、「そうなるくらいなら死んだ方がいい」と思う人もいると聞きます。でも、実際になってみると、思っていたより全然大変じゃないんですよ。装具もよくできているし、日本には同じように生活している人がたくさんいます。最後の手段みたいに考えすぎない方がいいと思います。やっぱり、がんをきちんと治すことの方が大事だと思います。
山本先生
おっしゃるとおりです。人工肛門の実態を正しく知ってもらうことは、私たち医療者にとっても重要な課題です。大腸がんの患者さんのなかには、「がんが治ること」よりも「人工肛門を避けること」を強く望む方もいます。一方で、人工肛門のことをよく理解している医療者は、人工肛門に拒否感を示す患者さんの心情に配慮しつつも、最優先でがんが治ることを目指したいと考えます。この認識の差を埋めるためにも、人工肛門がどのようなもので、実際にどのような生活ができるのかを、より多くの人に知っていただくことが大切だと考えています。
編集後記
内田春菊さんと山本健人先生の対談を通じて、人工肛門に対するイメージと、実際の生活との間には大きな隔たりがあることが見えてきました。人工肛門は「大変そう」「生活が制限されるのではないか」といった不安を抱かれがちですが、実際には装具や医療体制の進歩によって、生活の質を保ちながら過ごすことができる時代になっています。大切なのは、人工肛門そのものを過度に恐れることではなく、がんを適切に治療することです。本稿が、治療の選択肢の一つとして人工肛門を正しく理解し、必要以上に恐れないための一助となりましたら幸いです。






