「腹膜播種の先進治療」はご存じですか?放置した際に現れる症状も医師が解説!

腹膜播種は、がん細胞が腹腔内に散らばり、まるで種をまいたかのように複数の転移巣を作る状態です。進行がんの一形態として知られていますが、近年はがん種や治療法によって長期生存が可能な例も報告されています。今回の記事では、腹膜播種を起こしやすいがんの種類ごとに、標準治療と先進医療の選択肢を詳しく解説します。

監修医師:
福田 滉仁(医師)
目次 -INDEX-
腹膜播種とは

腹部には、胃や腸などの消化器が収まる腹腔(ふくくう)があり、その内側は腹膜という薄い膜で覆われています。
がんが臓器の最外層である漿膜(しょうまく)まで進展し、そこからがん細胞が腹腔内に散らばると、あちこちに転移巣を形成します。これが腹膜播種です。
原因となる原発がんには、胃・大腸・膵臓などの消化器がんや、卵巣がんなどの婦人科がんが含まれます。
卵巣がんや分化型大腸がんでは、腹膜に目立つ腫瘤(結節)を多数つくるタイプが多く、
一方で膵がんやスキルス胃がんでは、線維化の強いびまん性の広がり方を示す傾向があります。
このように、腹膜播種といっても原発腫瘍の種類によって進行パターンや治療方針、予後は大きく異なります。
がんの種類別|腹膜播種の標準治療

がん細胞が、直接腹膜に散らばるだけでなく、リンパや血液の流れに乗って腹膜に転移した状態が腹膜播種です。そのため、全身化学療法が治療の軸となりますが、手術を組み合わせることもあります。
胃がん
胃がんの腹膜播種は、はっきりした腫瘤(しこり)を作らず、染み込むように広がるケースが多いのが特徴です。胃がんと診断された際に腹腔鏡検査で胃から離れた部位の腹膜播種が確認されると、手術適応外と判断されることがあります
腹膜播種が広範囲におよび、手術が難しい場合は全身化学療法が標準治療となります。
治療に先立ち、まずHER2の発現を確認し、陽性か陰性かで治療薬を選択します。
HER2陰性の場合、以下の薬剤を組み合わせて治療を行います。
- 免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ、ペムブロリズマブ)
- プラチナ製剤(シスプラチン、オキサリプラチン)
- 5-フルオロウラシル(5-FU)、カペシタビン
- テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム(S-1)
HER2陽性の場合、トラスツズマブ(HER2タンパク質に対する抗体)に、シスプラチンとカペシタビン、もしくはシスプラチンとS-1を併用します。
一方で、腹水が多く、経口摂取が困難な場合は、身体への負担が大きく化学療法の実施が難しいことがあります。 化学療法を行う場合は、身体への負担を考慮し、以下のような低強度のレジメンが選択されることがあります。
- 5-FU/l-LV療法
- 5-FU持続静注療法
- nab-パクリタキセル療法
- パクリタキセル療法
- ラムシルマブおよびパクリタキセル併用療法
大腸がん
大腸がんでは、診断時にすでに腹膜播種が見つかるケース(同時性腹膜播種)は約4〜5%と報告されています。また、手術後の再発部位として肝転移・肺転移に次いで多く、予後に大きな影響を与えます。
腹膜播種を伴う大腸がんは、ほかの遠隔転移を伴う場合と比較しても予後が悪いことが知られています。しかし、播種巣が限局していて完全切除が可能と判断される場合は、手術を行うことが推奨されます。
一方、播種が広範囲に及ぶ場合は全身化学療法が基本です。
用いられる主な治療には以下のようなものがあります。
- 細胞障害性抗がん薬(FOLFOX、FOLFIRI など)
- 分子標的薬(ベバシズマブ、抗EGFR抗体 など)
- 免疫チェックポイント阻害薬(ペムブロリズマブ、ニボルマブ、イピリムマブ)
こうした薬剤を、患者さんの全身状態や腫瘍の特徴に応じて組み合わせます。
卵巣がん
卵巣は腹腔内にむき出しの状態で存在しているため、胃や大腸に比べてがん細胞が早期から腹腔内に広がりやすい特徴があります。
腹膜播種した卵巣がんは進行した段階であり、手術と化学療法の併用が選択されます。
初回の治療では、できる限り目にみえる病変を取り切ることを目的とした初回減量手術(PDS:Primary Debulking Surgery)が行われます。
ただし、腹膜播種が広範囲で手術で完全にがんを取り除くことが難しいと判断される場合は、術前化学療法(NACT:Neoadjuvant Chemotherapy)が選択されます。
使用される主な薬剤には以下のようなものがあります。
- パクリタキセル
- カルボプラチン
加えて、ベバシズマブ(分子標的薬)を併用することもあります。また、がん細胞に遺伝子変異(BRCA変異など)がある場合には、PARP阻害薬による維持療法が検討されることがあります。
膵臓がん
膵臓がんの腹膜播種に対しては、全身化学療法が基本ですが、腹水の影響で治療継続が困難になることもあります。
そのため、腹水のコントロールが治療継続の鍵となり、全身化学療法と腹腔内局所療法を併用する新たなアプローチの研究も進められています。
肝臓がん
肝臓がんが腹膜に播種している場合、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤などを中心とした全身化学療法を行います。
がんの種類別|腹膜播種の先進治療

腹膜播種に対しては、全身化学療法や、手術との併用が標準的な治療ですが、効果が十分でないこともあります。
このため、近年は腹腔内に直接薬剤を投与する腹腔内化学療法など、新たな治療法の研究が進められています。
一部は先進医療として提供されることがありますが、効果や安全性はまだ確立されておらず、公的保険の適用外のため自己負担になる点に注意が必要です。なお、加入している保険によっては先進医療を補償する場合もあるため、事前に確認するとよいでしょう。
胃がん
胃がんの腹膜播種に対しては、S-1内服に加え、パクリタキセルを静脈内(点滴)と腹腔内の両方に投与する併用療法や、パクリタキセルの反復腹腔内投与が先進医療として実施されています。
大腸がん
現時点では、大腸がんの腹膜播種に対する先進医療として実施されている治療法は特にありません。
海外の専門施設では、完全減量手術(CRS)と腹腔内温熱化学療法(HIPEC)の組み合わせが行われており、良好な成績も報告されていますが、日本ではまだ研究段階です。
卵巣がん
上皮性卵巣がんや卵管がん、原発性腹膜がんに対して、パクリタキセル静脈内投与とカルボプラチン腹腔内投与の併用療法が行われる場合があります。
膵臓がん
膵臓がんでは、ゲムシタビンやnab-パクリタキセルの静脈投与と、パクリタキセルの腹腔内投与の組み合わせや、S-1の内服+腹腔内投与が研究段階で行われています。標準治療には含まれませんが、腹膜播種による腹水制御に有効な可能性があります。
肝臓がん
肝臓がんの腹膜播種に対する先進医療として、現時点では国内で確立された治療法はありません。
腹膜播種を治療しない場合に起きること

腹膜播種が進行すると、大量の腹水(がん性腹水)がたまり、腸や尿管、胆管などの管状臓器が圧迫されて通過障害を起こす可能性があります。これががん性腹膜炎と呼ばれる状態です。
主な症状としては、次のようなものが挙げられます。
- 腹部の張り(膨満感)
- 食欲の低下
- 腹痛
- 吐き気・嘔吐
- 黄疸
- 発熱
これらの症状に対しては対症療法が行われます。
腹水の貯留には、腹水穿刺や利尿薬の使用、腹水濾過濃縮再静注法(CART)が検討されます。腸の通過障害にはバイパス術、人工肛門造設、胃ろう造設、ステント留置などが用いられます。また、水腎症には尿管ステントや腎ろう造設、胆道閉塞には胆管ステントの留置が必要となることもあります。
腹膜播種の治療についてよくある質問
ここまで腹膜播種の治療を紹介しました。ここでは「腹膜播種の治療」についてよくある質問に、Medical DOC監修医がお答えします。
腹膜播種が完治することはありますか?
腹膜播種が完治するかどうかは、原発腫瘍の種類や患者さんの全身状態、治療が行えるような段階かどうかによっても異なります。腹膜播種が広範囲に及ぶ場合は完治が難しい場合も多く、化学療法を行ってがん細胞の勢いを抑えることを目的に治療を行います。
腹膜播種を治療した場合の生存期間を教えてください。
腹膜播種の治療後の治療成績は、がんの種類や腹膜播種の広がりによって異なるため一概に示すことはできません。近年は、免疫チェックポイント阻害薬の導入により治療効果の向上がみられます。さらに、腹腔内投与を含む新たな抗がん治療の研究も進められており、今後の進展が期待されます。
腹膜播種の治療はどの医療機関でも受けられますか?
腹膜播種の治療は、基本的にがん治療を行っている病院であればどの医療機関でも受けることが可能です。特に大学病院やがんセンターなどはがん治療の経験が豊富な施設が多く、多くのがんにおいて専門的な治療を受けることが可能です。
まとめ

一口に腹膜播種といっても、原発となるがんの種類や進行度、播種の広がり方によって治療方針や予後は大きく異なります。近年は腹腔内投与や新規薬剤の開発が進み、従来よりも生存期間を延ばすことができるという報告が増えつつあります。腹膜播種と診断された場合でも、がんの専門施設で多職種チームが治療を組み合わせることで、治療選択肢が広がる可能性があります。 今後も新しい治療法の確立が期待されます。
関連する病気
以下のような病気が腹膜播種と関連しています。
- 胃がん
- 大腸がん
- 膵がん
- 卵巣がん
- 卵管がん・原発性腹膜がん
- 腹膜偽粘液腫
- 尿管がん
- 腹膜中皮腫
関連する症状
腹膜播種が起こると、以下のような症状が起こる場合があります。
- 腹部の膨満感
- 食欲低下
- 腹痛
- 吐き気
- 嘔吐
- 黄疸
- 発熱



