「腹膜播種の生存率」はご存知ですか?治療方法も医師が解説!

腹膜播種とは、がん細胞が腹腔内の腹膜に散らばり転移した状態を指します。進行がんでよく見られる転移形式の一つで、胃がん・大腸がん・膵がん・卵巣がんなどさまざまながんで起こりえます。腹膜播種が生じると予後が悪くなる傾向があり、生存率にも大きく影響します。
患者さんにとって腹膜播種になった場合、生存率はどのくらいかという疑問は重要です。生存率を知ることで治療の目標や心構えを持つ一助になりますが、不安も大きいでしょう。
本記事では、ガイドラインや海外の学術誌の情報に基づき、腹膜播種の生存率をわかりやすく解説します。主な腹膜播種を伴うがん種ごとの生存率や標準的な治療法を述べ、最近承認された新しい治療法にも触れます。

監修医師:
高橋 孝幸(医師)
目次 -INDEX-
がんにおける生存率とは

がんの生存率とは、診断から一定期間後に生存している患者さんの割合を示す指標です。一般的に5年生存率という言葉が使われ、ある治療を受けて5年後に何%の患者さんが生存しているかを示します。例えば5年生存率50%であれば、半数の患者さんが5年後に生存していることを意味します。ただし、生存率はあくまで統計上の数字であり、個々の患者さんの状況によって将来は大きく異なります。
生存率には治療成績の改善やがん種の特性が反映されますが、平均値であることに注意が必要です。また、生存期間中央値という指標も使われます。これは患者さんの半数が亡くなるまでの期間を指し、進行がんでは5年生存率よりも生存期間中央値が用いられることがあります。
腹膜播種と診断された場合の生存率は?

腹膜播種の生存率はがんの種類によって異なります。それぞれのがん種別に腹膜播種をきたした場合の生存率を解説します。
胃がん腹膜播種の生存率
胃がんは日本人に多いがんで、胃がんの腹膜播種は極めて予後不良であるものの、近年は化学療法のうち分子標的薬や免疫療法の併用により一部の患者さんで生存期間の延長がみられています。しかし依然として胃がん腹膜播種の克服は難しく、生存率は全体として低い水準にあります。
膵がん腹膜播種の生存率
膵臓がんは大変予後の悪いがんとして知られ、腹膜播種をきたすことがあります。膵がん全体の5年生存率は8.9%で、ほかの主要ながん(結腸がん72%、胃がん67.5%)に比べ著しく低いことが報告されています。腹膜播種を合併した場合はさらに予後不良となります。腹膜播種を伴う膵がんの患者さんは体調の悪化や腹水貯留のために十分な治療が継続困難になることも多く、無治療では生存期間中央値わずか2〜3ヶ月との海外データがあります。近年登場した強力な抗がん剤併用療法によってある程度の延命が可能になっているものの、膵がん腹膜播種の5年生存率は統計的には0%に近いのが現状です。
大腸がん腹膜播種の生存率
大腸がんでも進行すると約10%の患者さんに腹膜播種がみられます。大腸がんの遠隔転移のなかでも腹膜への転移は厄介で、肝転移などほかの転移より生存率が低い傾向があります。標準的な全身化学療法のみで治療した場合、大腸がん腹膜播種症例の生存期間中央値は約16ヶ月と報告されています。
腹膜偽粘液腫の腹膜播種の生存率
腹膜偽粘液腫は、虫垂や卵巣由来の粘液を産生する腫瘍が腹腔内に播種する特殊な病態です。腹腔内にゼリー状の粘液が貯留し、腹膜全体に腫瘍が広がります。進行すると腹部膨満や消化管圧迫症状を引き起こします。
腹膜偽粘液腫はほかの腹膜播種と比べて進行が緩やかなこともありますが、抗がん剤が効きにくいため治療は困難です。外科的に可能な限り腫瘍と粘液を除去する細胞減少手術が予後改善の鍵ですが、完全に腫瘍を切除できなかった場合の5年生存率は約30%と報告されており、不完全な手術では長期生存は難しいのが現状です。
卵巣がん腹膜播種の生存率
卵巣がんは診断時にすでに腹膜播種を伴うことが多く、ステージIIIまたはステージIVで発見されることがしばしばあります。卵巣がんの予後は病期により大きく異なり、FIGOステージIIIでは5年生存率約29%、ステージIVでは約12%と報告されています。ステージIIIは腹膜播種を含む状態ですが、卵巣がんは手術と化学療法によって長期生存が期待できるケースもあります。
腹膜播種の治療法

腹膜播種に対する治療は、全身化学療法を中心に手術や新規薬剤を組み合わせる集学的アプローチが基本となります。本章では、腹膜播種の代表的な治療法と、それぞれの特徴や新しい知見を整理します。
化学療法(抗がん剤治療)
腹膜播種に対する第一の治療の柱は全身化学療法です。抗がん剤を用いて体内のがん細胞を攻撃し、病勢の進行を抑えます。腹膜播種の場合、病変が腹腔内に広がっているため手術で完全に取り切ることが難しく、薬物療法が基本となります。胃がん腹膜播種では、5-FU系薬剤とプラチナ製剤を組み合わせたレジメンや、最近ではHER2陽性例に対するトラスツズマブ併用療法、PD-L1高発現例に対するニボルマブ併用療法(2021年承認)などが用いられます。
膵がん腹膜播種ではFOLFIRINOX療法やGem+nabPTX療法が選択され、患者さんの状態に合わせて治療強度を調節します。これら新しいレジメンの登場により、膵がんの生存期間中央値は従来の半年程度から約11ヶ月へ延長しました。
手術(腹膜減量手術)
腹膜播種に対する手術療法としては、腹膜播種病変の外科的切除があります。腹膜播種は腹腔内に散らばったがんのため原則手術適応外ですが、限局的な腹膜播種であれば外科的に切除しようとする試みが世界的に行われてきました。
胃がん腹膜播種に対する外科的治療は限定的です。胃がんでは積極的な腹膜切除は一般的でなく、研究段階の試みに留まります。ただし、日本でも近年、大腸がん腹膜播種に対する外科的切除の安全性・有効性を検証する臨床試験が開始されるなど、腹膜播種に対する手術の可能性を探る動きが出てきています。
最近薬事承認された新規治療
腹膜播種を伴う進行がん領域でも、近年新たな治療法や薬剤が登場しています。そのなかでも注目されるのは分子標的治療薬や免疫療法薬の進歩です。
例えば、胃がんではニボルマブという免疫チェックポイント阻害薬が2021年に一次治療で承認され、PD-L1発現の高い症例で化学療法に併用されるようになりました。これにより、一部の進行胃がん(腹膜播種を含む)で従来より生存期間が延長し、生存率の向上が報告されています。大腸がんでも、マイクロサテライト不安定性のある腫瘍にはペムブロリズマブなど免疫療法が有効で、長期生存が得られる例が出てきました。
またBRAF変異を持つ大腸がんに対してはBRAF阻害剤+抗EGFR抗体の併用療法が奏効しうることが示されています。膵がんでは遺伝子検査の進歩により、一部でBRCA遺伝子変異を持つ患者さんにPARP阻害薬の維持療法が使われ始めました。卵巣がん領域では、PARP阻害薬がここ数年で相次ぎ承認され、手術・化学療法後の維持療法として使用されています。
これらはまだ研究段階ですが、日本でも今後導入される可能性があります。
腹膜播種についてよくある質問
ここまで腹膜播種を紹介しました。ここでは「腹膜播種」についてよくある質問に、メディカルドック監修医がお答えします。
腹膜播種の生存率はこの10年で延びている?
胃がん(腹膜播種症例)
腹膜播種を伴う胃がんの予後は依然として不良ですが、この10年間で若干の改善がみられます。標準治療は全身化学療法ですが、2010年代前半までの従来治療では生存期間中央値は約6ヶ月と報告されていました。新規薬剤の登場により近年では一部症例で中央値8~14ヶ月程度まで延長できるようになっています。
ただし、腹膜播種を有する場合は依然として予後が特に不良で、生存期間中央値は約3~6ヶ月、5年生存率は5%未満と極めて低く、長期生存はまれです。
膵がん(腹膜播種症例)
膵臓がんの腹膜播種では従来、生存期間中央値は半年程度で5年生存率は皆無に近い状況でした。しかし2010年代にFOLFIRINOX療法やゲムシタビン+nab-パクリタキセル療法など多剤併用化学療法の導入により、生存期間が大きく延長しました。例えば、FOLFIRINOX導入によって中央値が6.8ヶ月から11.1ヶ月へと約2倍に延長しています。ゲムシタビン+nab-パクリタキセル併用でも中央値8.5ヶ月対6.7ヶ月と有意な延長効果が示されています。
大腸がん(腹膜播種症例)
腹膜播種を伴う大腸がんは肝転移のみの場合などに比べ予後不良とされますが、近年は選択された症例で集中的治療を行うことで長期生存例も報告されています。特に腹膜転移に対する細胞減少手術(CRS)と術後化学療法の併用により、生存期間中央値が42ヶ月程度に達しうることが専門施設から報告されています。
一方、手術不能で全身療法のみの場合でも、2010年代の分子標的治療の併用によって生存期間中央値は2年以上に延びており、5年生存率も10数%に達しています。
卵巣がん(腹膜播種症例)
卵巣がんは進行期(ステージIII~IV)で腹腔内に広がって見つかることが多く、その予後は病期により大きく異なります。ステージIIIでは5年生存率は約40~50%と報告されています。ステージIVでは5年生存率はさらに低下し20%未満ですが、2010年代後半から導入された新規治療により改善の兆しがあります。
腹膜播種の生存率は施設によって異なる?
日本では、高症例数を扱う専門施設と一般病院とで進行がん症例の成績に差が見られます。症例数の多い病院ほど治療成績が良好になる傾向は卵巣がんで顕著で、ある地域疫学研究では5年生存率が最も症例数の少ない病院群で22.3%、最多の病院群では55.0%と大きな開きが報告されています。症例数の極めて少ない病院で治療を受けた患者さんは、ハイボリュームセンターで治療を受けた患者さんに比べ死亡リスクが約60%高いという解析結果も示されており、集中的治療のできる施設への集中の重要性が示唆されています。
腹膜播種の生存率は使用する薬剤によって変わる?
腹膜播種を伴う消化器がん・婦人科がんの予後は、いずれも1990年代~2000年代に比べれば2010年代後半までに緩やかに改善してきたという共通点があります。その背景には、全身化学療法の進歩を土台に、分子標的薬、免疫療法の追加や、必要に応じた外科的介入の工夫がなされてきたことがあります。
特に全身療法の充実はすべてのがん種において基本であり、新たな有効薬の登場が生存曲線を押し上げました。また、治療の集約化も奏功し、経験豊富なセンターでは従来なら諦めていた腹膜播種症例に対して積極的治療を行い、長期生存例を生み出しています。一方で、腹膜播種そのものの克服は依然として難題であり、他臓器転移と比べても予後が不良な点は4種のがんすべてに共通しています。
編集部まとめ

腹膜播種は多くの進行がんで見られる転移形式であり、その存在は生存率に大きく影響します。一般に腹膜播種を伴うがんの予後は不良で、生存率は低くなります。しかし近年の治療の進歩により、腹膜播種=すぐ命に関わるという状況は徐々に変わりつつあります。
抗がん剤治療の改良や新薬の登場で生存期間は延長傾向にありますし、一部の選択された症例では外科的手段によって長期生存、さらには根治を目指すことも可能になってきました。
とはいえ、腹膜播種の克服には依然課題が多く、すべての患者さんで劇的に生存率を向上させる治療法はまだ確立されていません。腹膜播種がある場合でも決して希望を失わず、主治医とよく相談してよりよい治療を受けてください。標準治療(化学療法や手術など)を組み合わせる集学的治療が基本となりますが、場合によっては臨床試験への参加など新しい選択肢も検討されます。患者さん自身も体調管理や栄養状態の維持に努めつつ、医療者と二人三脚で治療に取り組んでいきましょう。
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参考文献




