「外傷性くも膜下出血の治療法」はご存知ですか?医師が徹底解説!


監修医師:
村上 友太(東京予防クリニック)
2011年福島県立医科大学医学部卒業。2013年福島県立医科大学脳神経外科学入局。星総合病院脳卒中センター長、福島県立医科大学脳神経外科学講座助教、青森新都市病院脳神経外科医長を歴任。2022年より東京予防クリニック院長として内科疾患や脳神経疾患、予防医療を中心に診療している。
脳神経外科専門医、脳卒中専門医、抗加齢医学専門医、健康経営エキスパートアドバイザー。
目次 -INDEX-
「外傷性くも膜下出血」とは?
外傷性くも膜下出血とは、交通事故や転倒などで頭を強くぶつけることが原因となり、脳を包む膜(くも膜)と脳の隙間(くも膜下腔)に出血が起こる病気です。出血量や程度によって頭痛、吐き気、意識障害など様々な症状が現れます。外傷性くも膜下出血の主な治療法
外傷性くも膜下出血が疑われる場合には、すぐに救急病院を受診し、脳神経外科や救急科の診察を受けることがとても重要です。 まず、医師はけがをしたときの状況を詳しく確認し、その後に画像検査で脳の中の出血や損傷を調べます。 診断に最も役立つのは頭部CT検査です。CT検査は、脳の中の出血の有無や量、頭蓋骨の骨折などを短時間で確認できるため、緊急性の高い状況で迅速な治療方針を決めるのに役立ちます。 出血がごく少量でCTではわかりにくい場合や、時間が経ってから診察を受ける場合は、頭部MRI検査を行うこともあります。また、けが以外の原因(例えば、脳動脈瘤が破裂したなど)の可能性を調べる必要がある場合は、MRアンギオグラフィーや3D-CTアンギオグラフィーといった、脳の血管を詳しく映し出す検査も行われます。 治療法は、出血の程度や、ほかのけが(合併症)があるかどうか、脳の損傷の有無などによって大きく変わります。 単独の外傷性くも膜下出血で出血がごく軽微な場合は、特別な手術は行わずに保存療法(経過観察)を選択することがほとんどです。これは、少量の出血なら自然に止まり、脳の中にある「脳脊髄液」という液体に溶けて体に吸収されるためです。外科的治療(手術)
重度の外傷性くも膜下出血で、急性硬膜下血腫や脳挫傷といった、より重い合併症を伴っている場合は、緊急で手術が必要になります。これは、血の塊(血腫)が脳を強く圧迫し、脳ヘルニアという命に関わる状態を引き起こす危険があるためです。 手術では、脳を圧迫している血の塊を取り除く「血腫除去術」や、脳の腫れがひどく、頭の中の圧力が高まっている場合に、頭蓋骨の一部を一時的に外して脳の圧力を下げる「減圧開頭術」などが行われます。 重症の場合は、入院期間が数か月に及ぶこともあり、治療の後にリハビリ目的で別の病院に転院することも珍しくありません。退院後も、機能の回復を目指すために、長期的な通院やリハビリが必要となります。保存治療(経過観察)
軽度の外傷性くも膜下出血で保存療法を選択した場合でも、入院は必要です。この期間は、血圧や脳の中の圧力を厳密に管理し、けいれん発作などの合併症の兆候がないかを慎重に観察します。脳の表面の損傷が原因でけいれんが起きる可能性がある場合は、けいれんを予防するための薬が処方されることもあります。 軽症であれば入院期間は数週間程度で済むことが多いのですが、症状によっては回復に時間がかかり、1か月程度かかることもあります。退院後も、再出血やその他の合併症がないか確認するため、定期的な通院による経過観察が必要です。外傷性くも膜下出血の急性期における治療法
外傷性くも膜下出血の治療では、診断や手術だけでなく、けがをしてから数週間の「急性期」に、全身の状態を厳重に管理することが非常に重要です。この期間、患者さんは集中治療室(ICU)に入り24時間体制で治療にあたります。全身管理
急性期の最大の治療目的は、命を守り、出血による脳へのさらなる損傷(二次的な損傷)を防ぐことです。そのために、血圧、呼吸、体温など、あらゆる身体の機能を厳密にモニターします。 特に重要なのが血圧の管理です。血圧が低すぎると脳への血流が不足し、高すぎると再出血や脳の腫れを悪化させるため、適切な範囲の血圧を保つように調整されます。 同様に、呼吸の管理も重要で、血液中の酸素濃度を高く保ち、二酸化炭素の濃度を適切に保つことで、脳の腫れをコントロールします。また、頭部外傷の患者さんでは、出血が止まりにくくなる「凝固障害」が起こることがあり、迅速な薬の投与や輸血で対応します。これらの管理は、ただ単に数値を目標にするのではなく、傷ついた脳の機能を最大限に保護するための治療です。合併症対策
急性期には、さまざまな合併症のリスクがあります。 出血量が多かった場合に注意すべきなのが「脳血管攣縮(のうけっかんれんしゅく )」です。これは、出血した血液が脳の血管を刺激して血管が細くなり、脳の血流が低下して脳梗塞を引き起こす可能性がある状態です。 また、脳の表面に損傷がある場合は、「外傷性てんかん」と呼ばれるけいれん発作を繰り返し起こすリスクがあり、予防的にけいれん止めの薬が投与されます。 さらに、長期間にわたって寝たきりになるため、「廃用症候群(はいようしょうこうぐん)」の予防も重要です。廃用症候群とは、寝たきりが続くことによって、筋力が落ちたり、関節が固まったりすることです。 これらの合併症を防ぐため、患者さんの全身状態が安定し次第、できるだけ早くリハビリが開始されます。これを「超早期リハビリテーション」と呼びます。専門の理学療法士や作業療法士がベッドサイドで、寝返りや手足を動かす訓練などから始めます。早い段階でリハビリを始めることは、筋力や体力の低下を防ぐだけでなく、褥瘡(じょくそう:床ずれ)や誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)といった命に関わる合併症のリスクを減らす上でも非常に重要です。外傷性くも膜下出血の後遺症
外傷性くも膜下出血は、出血そのものよりも、合併した脳挫傷やびまん性軸索損傷(びまんせいじくさくそんしょう)といった、他の脳の損傷の程度によって、残る後遺症の種類や重さが決まります。出血が軽微で、他に損傷がない場合は、後遺症なく自然に回復することが多いです。 退院後の生活では、再発のリスクを高める高血圧や不規則な生活習慣を避けるため、定期的な血圧測定、規則正しい生活、禁煙・節酒が重要です。また、手足のしびれや呂律が回らないなど、今までになかった体の変化に気づいた場合は、再出血などの兆候である可能性があるため、自己判断で様子を見ず、すぐに主治医に相談することが不可欠です。 以下に、よくみられる後遺症を挙げていきます。片麻痺、感覚障害
重症の頭部外傷では、残念ながら身体的な後遺症が残ってしまう可能性があります。脳の損傷した場所によって、手足に麻痺(片麻痺など)や感覚の障害が残ることがあります。 しかし、たとえ後遺症が残ったとしても、リハビリテーションを続けることで、残された機能を最大限に活用し、日常生活の動作を自立させることが可能です。高次脳機能障害
身体的な後遺症と並んで、あるいはそれ以上に患者さんやご家族を悩ませることが多いのが、高次脳機能障害です。 これは、外見上は健康に見えるにもかかわらず、記憶力、注意力、思考力、判断力、感情のコントロール、社会性といった、人間らしい高度な脳の働きに障害が残る状態を指します。 高次脳機能障害は「見えない障害」とも言われ、周囲に理解されにくいことがあります。例えば、記憶が保てずに同じ話を繰り返したり、感情の起伏が激しくなったり、意欲が低下したりするなどの症状が現れることがあります。これらの症状は、患者さん自身の「自分らしさ」を失わせ、社会生活に戻ることを難しくさせることがあります。一度傷ついた脳の機能を完全に元に戻すことは、現在の医療では難しいとされていますが、長期的なリハビリや周囲の環境調整、ご家族のサポートによって、少しずつ改善が見られることもあります。外傷性てんかん
その他の代表的な後遺症には、「外傷性てんかん」があります。これは、脳への衝撃による損傷が原因で、けいれん発作が繰り返し起こる病気です。一度発症すると完治は難しいとされていますが、適切な薬の治療によって発作をコントロールすることは十分に可能です。外傷性くも膜下出血のリハビリ
外傷性くも膜下出血からの回復には、早期からの継続的なリハビリテーションが不可欠です。リハビリは、患者さんの回復段階に合わせて、「急性期」「回復期」「維持期」の3つの段階に分けて進められます。 この長期的な回復プロセスにおいて、ご家族や周囲の人のサポートが不可欠です。患者さんの身体的・精神的な回復を支えるために、以下のようなサポートが必要となります。 ・転倒防止のための環境整備:麻痺などの後遺症で転びやすくなっている場合があるため、自宅内の段差をなくしたり、手すりを設置するなど、転倒を防ぐための環境を整えることが大切です。 ・精神的な支え:患者さんは病気や後遺症によって不安や孤独感を抱きやすくなります。定期的に会話の時間を設け、前向きな気持ちを引き出すための精神的なサポートが非常に重要です。 ・介護サービスの活用:ご家族が一人で介護の負担を抱え込まないよう、介護保険制度や地域のリハビリ施設、訪問リハビリなどの社会的なサービスを積極的に活用することが推奨されます。急性期リハビリ
患者さんの命の状態が安定し次第、救急病棟や脳神経外科病棟で、理学療法士や作業療法士、言語聴覚士がベッドサイドでリハビリを開始します。この時期の目標は、合併症の予防です。具体的には、寝たきりによる筋力低下や関節が固まるのを防ぐために、ベッド上での体位変換や関節を動かす訓練、座る練習などが行われます。回復期リハビリ
急性期を脱して容態が安定すると、リハビリテーション専門の病棟へ転院し、より集中的なリハビリが開始されます。ここでは、理学療法士が、起き上がる、立つ、歩くといった基本的な運動機能の回復を目指し、作業療法士が、食事、着替え、トイレ、入浴などの日常生活を送るための動作の自立に向けた訓練を行います。また、言語聴覚士は話すことや食べる(飲み込む)こと、言語理解などに必要な訓練を行います。維持期リハビリ
リハビリは短期的なものではなく、数か月から数年にわたる長期的な取り組みとなります。病院でのリハビリが終わり退院した後も、機能の維持やさらなる向上を目指し、病院の外来や訪問リハビリ、自宅での自主練習を続けることが重要です 。「外傷性くも膜下出血の治療」についてよくある質問
ここまで外傷性くも膜下出血の治療などを紹介しました。ここでは「外傷性くも膜下出血の治療」についてよくある質問に、Medical DOC監修医がお答えします。
外傷性くも膜下出血が保険適用される条件について教えてください。
村上 友太(むらかみ ゆうた)医師
外傷性くも膜下出血の治療費やその後の生活に関する保険の適用については、公的医療保険と民間の生命保険とで大きな違いがあり、注意が必要です。 日本の公的医療保険(健康保険、国民健康保険など)は、外傷性くも膜下出血の治療に適用されます。治療費が高額になる場合でも「高額療養費制度」を利用することで、自己負担額が年齢や所得に応じた一定の上限額に抑えられます。この制度は、多くの患者さんの経済的な負担を大幅に減らす、重要な公的な支援です。 民間保険が適用されるかどうかは、加入している保険の種類や特約の内容が大きく関係します。特に注意が必要なのが、三大疾病特約(がん、急性心筋梗塞、脳卒中)です。多くの三大疾病特約は「脳卒中」を対象としていますが、ここで言う「脳卒中」は病気が原因で発症した場合を指すのが一般的です。 外傷性くも膜下出血は、その名の通り「外傷(けが)」が原因で起こるため、たとえ診断名に「くも膜下出血」が含まれていても、三大疾病特約の保障対象外となるケースがほとんどです。この点は多くの患者さんが誤解しやすく、給付金が受け取れないといった問題につながる可能性があるため、ご自身の保険契約内容を事前に確認することが重要です。
まとめ
外傷性くも膜下出血では、出血そのものよりも、合併する可能性のある脳挫傷や急性硬膜下血腫といった、より重い脳の損傷があるかどうかが、治療方針や回復の可能性を決める鍵となります。 治療は、集中治療室(ICU)での厳密な全身管理から始まり、長期にわたる段階的なリハビリへと続いていきます。早い段階で適切な診断と治療を行うことは、後遺症を軽くし、回復を早める上で非常に重要です。 また、この病気からの回復は、身体の機能訓練だけにとどまりません。記憶障害や社会性の低下といった「見えない障害」にも目を向け、患者さん本人だけでなく、ご家族や医療チーム、そして社会全体が協力して支えていくことが重要です。 外傷性くも膜下出血は程度によっては後遺症が残ることがありますが、後遺症なく社会復帰できることも多くあります。頭を強くぶつけた後に、意識の悪化など、いつもと異なる症状がある場合には、安易に自己判断せず専門の医療機関を受診し、適切な診断と治療を受けることが大切です。「外傷性くも膜下出血」と関連する病気
「外傷性くも膜下出血」と関連する病気は8個ほどあります。
各病気の症状・原因・治療方法など詳細はリンクからMedical DOCの解説記事をご覧ください。
「外傷性くも膜下出血」と関連する症状
「外傷性くも膜下出血」と関連している、似ている症状は6個ほどあります。
各症状・原因・治療方法などについての詳細はリンクからMedical DOCの解説記事をご覧ください。


