【闘病】“いつもの頭痛”は「脳出血」だった 頭の中の『爆弾』が破裂して集中治療室へ(1/2ページ)

脳動静脈奇形(AVM)は、生まれつき脳の血管に異常がある病気ですが、症状が出るまで気づかないことも少なくありません。高橋まいさん(仮称)も、長年続く頭痛を「体質だから」と思い込み、特に気に留めていませんでした。しかし、それはいつ破裂してもおかしくない“爆弾”を抱えている状態だったのです。経過観察を続けていたものの、ある日突然、脳出血を発症。治療の日々が始まりました。発症当時の心境や治療の経過、後遺症との向き合い方、そして「病気になったからこそ得られたもの」などについて、話を聞きました。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2025年3月取材。

体験者プロフィール:
髙橋 まい(仮称)
1989年生まれ。2004年に頭痛をきっかけに脳動静脈奇形と診断される。看護師として働き、結婚、出産を経て、2023年に脳出血を発症。脳動静脈奇形の治療を行い、現在は家事や育児をしながら自宅療養中。

記事監修医師:
村上 友太(東京予防クリニック)
※先生は記事を監修した医師であり、闘病者の担当医ではありません。
「年間2~4%」いつ出血するかわからない爆弾を抱えて生きる

編集部
最初に不調や違和感に気づいたのはいつですか?
髙橋さん
小学生の頃から、閃輝暗点(視界にギザギザした光や模様が現れる現象)や吐き気を伴う激しい頭痛が年に数回ありました。小児科では片頭痛と言われ、鎮痛薬を処方してもらっていました。頭痛がないときはほかの子どもと変わらない生活を送っていたので、私も家族もそういう体質なのだと思っていました。
編集部
受診から、診断に至るまでの経緯を教えてください。
髙橋さん
高校1年生の秋に、閃輝暗点や吐き気を伴う頭痛が4日間続きました。連続して学校を早退することになってしまい、学校の近くの総合病院を一人で受診しました。それまではずっと小児科にかかっていたのですが、高校生になっていたので、初めて小児科ではなく脳神経外科に案内されました。そこで頭部CTの検査を受けたところ、すぐに大学病院へ紹介され、MRIや血管撮影検査をおこなった結果、脳動静脈奇形と診断されました。
編集部
告知はどのような形でしたか? また、そのときどのように感じましたか?
髙橋さん
告知は両親と一緒に受けました。母親はショックを受けているようでしたが、私は「すぐに命を落とすような病気でなくてよかった」と、ホッとしていたと思います。高校1年生の私には、事の重大さをあまり理解できていなかったのかもしれません。
編集部
どんな病気なのでしょうか?
髙橋さん
脳動静脈奇形は、脳の血管の一部で動脈と静脈が直接つながり、ナイダスという血管の塊を作る先天性の脳の血管奇形です。奇形そのものは症状がないことも多いのですが、その塊が破裂することで脳出血などが起こります。
編集部
どのように治療を進めていくと医師から説明がありましたか?
髙橋さん
一般的な治療としては、手術で奇形の部分を摘出する開頭手術や、カテーテルを用いて病変部の血管を閉塞させる血管内治療、放射線をあてて血管を閉塞させるガンマナイフ治療などがあります。私の場合、血管の塊が5cm弱と大きめであり、手術するにもリスクが高いことや、診断当時はまだ出血を起こしていなかったため、経過観察を勧められました。
編集部
そのときの心境について教えてください。
髙橋さん
脳動静脈奇形の人が脳出血を起こす確率は年間2~4%と言われています。最初はいつ出血するかわからない爆弾を抱えて生きていくことに不安はありました。しかし、当時、その時点でリスクの高い手術をするのも不安があり、経過観察を選択しました。「今後医療が発展すれば、リスクを最小限に抑えたよい治療法が出てくるかもしれない」。私も家族もそう思っていました。
看護師の仕事中に脳出血を発症

編集部
実際の治療はどのようにすすめられましたか?
髙橋さん
主治医の方針通り、年に一度MRI検査を受け、奇形の大きさや形、出血の有無を確認しながら経過観察をおこないました。年に数回起こる片頭痛には鎮痛薬で対応し、片頭痛が続くときには頭痛予防薬、抗痙攣薬を処方してもらい内服していました。そこから幸いにも、一度も出血することなく、一人暮らしをしながら大学を卒業し、看護師として社会生活を送り、結婚、妊娠、出産まですることができました。
編集部
恐れていた事態にはならなかったのですね。
髙橋さん
変化が訪れたのは2022年でした。定期受診のMRI検査で「脳動静脈奇形の先に未破裂の脳動脈瘤ができている」と言われました。経過を見ていましたが、瘤が大きくなってきたため、破裂予防として2022年冬に未破裂脳動脈瘤に対するコイル塞栓術をおこないました。術後は特に後遺症もなく回復し退院。3週間後には看護師として仕事復帰もしていました。
編集部
その後どうなったのですか?
髙橋さん
2023年の春、職場で吐き気を伴う激しい頭痛に襲われました。それ自体はいつも経験している痛みだったのですが、2~3日しても改善しないため病院を受診したところ、脳出血を発症していたのです。すぐに集中治療室に入院し、精査の結果、脳動静脈奇形の破裂がわかりました。幸い大きな後遺症もなく、2~3週間で退院できました。しかし、一度破裂した脳動静脈奇形は再破裂する可能性が高く、そこで初めて治療を勧められました。
編集部
どの治療法を選択されたのですか?
髙橋さん
血管内治療と開頭手術です。 私の場合、ナイダスへの流入血管が多かったため2回に分けてカテーテルによる血管内塞栓術がおこなわれました。2023年夏に入院し、2回目の塞栓術の翌日に開頭による摘出術がおこなわれました。出血量も多く、手術時間は23時間にも及びました。術後はせん妄状態であったのかよく覚えていませんが、傷口や長時間の手術によってできた褥瘡の痛みで連日苦しい想いをしたことは覚えています。
編集部
術後の経過はいかがでしたか?
髙橋さん
手術による後遺症として、半側空間認識障害(自分の体の片側にある空間や物体を認識できなくなる状態)と視野障害(視力はあるものの、目で見える範囲[視野]が狭くなったり、一部が欠けてしまったりする状態)が残りましたが、リハビリテーションスタッフや病棟看護師のサポートもあり、3週間で自宅退院できました。 退院時の説明で「ほとんどの脳動静脈奇形は摘出できましたが、これ以上手術を続けるとリスクもあったため、一部は残っています」と聞きました。 残った部分についてはガンマナイフ治療をすると言われ、結局、全ての治療法をおこなうことになりました。
編集部
ガンマナイフ治療も終えられたのですね。
髙橋さん
そうなんです。術後、体の回復を待ち、2024年の冬に残った脳動静脈奇形に対してガンマナイフ治療をおこないました。治療自体に苦痛はほとんどなく、2~3日で自宅退院することができました。しかし、退院して数日後と3カ月後に意識障害を伴うてんかん発作が起き、後遺症としててんかんと片側の半身不全麻痺が残ってしまいました。

