【闘病】“いつもの頭痛”は「脳出血」だった 頭の中の『爆弾』が破裂して集中治療室へ(2/2ページ)

不自由さを認めてもらうことが、前に進むきっかけに

編集部
受診から現在に至るまで、何か印象的なエピソードなどあれば教えてください。
髙橋さん
脳の病気や治療というのは、麻痺などの目に見える障害だけでなく、一見わからない心の不調や高次脳機能障害と言われる障害が残ることがあります。私は、幸いにも日常生活を送る上で体の動きはほとんど問題ありません。それはとても幸せで、感謝すべきことなのですが、他人から「動くのだからいいじゃない」「動くだけでも感謝しないと」と言われることが本当に苦痛でした。特にてんかんを発症してからは、てんかん発作による不自由と共に、抗てんかん薬の副作用による高次脳機能障害や心の不調も加わり、不自由さは強くなりました。
編集部
それはつらいと思います。
髙橋さん
医師や医療ソーシャルワーカーと相談し、「精神障害者保健福祉手帳」を申請しました。交付されたときに、私の不自由さを認めてくれた、社会の中で私の不自由さを援助してもらえるという安心感が生まれ、私にとって前に進む一助となりました。 このような後遺症は、治療の前には医師から詳しくは説明されませんでした。脳の治療には、こういう目に見えない合併症や後遺症が残る可能性があることを、患者や家族が理解しておかなければならないと思いました。
編集部
病気の前後で変化したことを教えてください。
髙橋さん
私は高校1年生のときに自分の病気を知り、頭の中に、いつ破裂するかわからない爆弾を抱えて生きてきました。だからこそ、短い人生になっても後悔しないように精いっぱい生きようと決意しました。病気になったことはつらいことですが、そのおかげか今思えば、病気になったからこそ得られたものもたくさんあったと思います。
編集部
今までを振り返ってみて、後悔していることなどありますか?
髙橋さん
自分の病気を忘れて仕事を頑張り過ぎたことです。健康に勝るものはありません。
編集部
現在の体調や生活はどうですか?
髙橋さん
現在は定期的にMRI検査を受けながら、ガンマナイフ治療の効果による血管の完全閉塞を待っているところです。てんかんも後遺症として残っているので、定期受診をしながら抗てんかん薬の内服は続けています。てんかんやそのほかの後遺症により、社会生活に不自由はありますが、家事や育児、日常生活を送りながら、社会復帰を目指して自分にできることを探しています。
編集部
医療機関や医療従事者に望むことはありますか?
髙橋さん
まずは私の闘病生活に関わってくださった全ての医療従事者に感謝を伝えたいです。私は看護師として10数年働いてきましたが、患者さんの立場になってみて、医療従事者の言葉や態度がどれほど弱っている患者さんの心に響くかがわかりました。医療従事者はたくさんの患者さんを相手に本当に大変だと思います。でも、患者に寄り添う気持ちを忘れないでください。ほんの少し、患者さんと関わっている時間だけは、目の前の患者さんの現在や、未来を想像して話を聞いてください。「自分がこの患者さんの立場だったら」と想像することが患者に寄り添うことにつながると思います。そしてもうひとつ、医療従事者も一人の人間です。仕事以外の時間は自分の心や体を労ってあげてください。
編集部
最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。
髙橋さん
脳動静脈奇形は10万人に1人の病気と言われています。「私は10万人に1人の逸材だから病気になったのだ、だから乗り越えられる」と思うことにしました。それはほかの病気と闘っている人もにも当てはまると思います。私の体験が誰かの役に立つことを願っています。
編集部まとめ
髙橋さん(仮称)の経験は、同じ病気と向き合う人にとって大きな示唆となるはずです。そして、目に見えない高次脳機能障害や心の不調についても、より多くの人に理解が広がることを願っています。また、医療従事者も自分の健康を後回しにせず、心身を大切にしてほしいという想いも語っていました。彼女の言葉が、少しでも多くの人の助けになればと思います。
なお、メディカルドックでは病気の認知拡大や定期検診の重要性を伝えるため、闘病者の方の声を募集しております。皆さまからのご応募お待ちしております。



