ワクチンの「副反応」と「有害事象」の違いをご存じですか? ワクチン専門家が語る真実【Meiji Seikaファルマ×峰宗太郎医師】

「ワクチンを打ったら熱が出た」「ワクチンを打ったところが腫れて痛い」こんな話を聞いたことはありませんか? これらは「副反応」と呼ばれることが多いですが、実はもっと複雑で、多くの人に正しく理解されていない話があるようです。今回は、ワクチンの開発・製造・販売をおこなう製薬会社「Meiji Seikaファルマ」の成瀬毅志氏と、感染症・ワクチン研究に携わる医師であり、薬剤師でもある峰宗太郎氏に、あまり知られていないワクチンに関わる事実と誤解されやすいポイントを伺いました。

対談者:
成瀬 毅志(Meiji Seikaファルマ株式会社 常務執行役員研究開発本部長)

対談者:
峰 宗太郎(医師・薬剤師)
目次 -INDEX-
お二人の経歴とワクチンとの関わり

編集部
はじめに、お二人のご経歴を教えてください。
成瀬氏
Meiji Seikaファルマ株式会社の常務執行役員研究開発本部長の成瀬毅志(なるせ たけし)です。2008年頃からワクチン開発に携わり、2009年の新型インフルエンザ(H1N1)パンデミックウイルス流行の際、細胞培養法を用いた国産ワクチン開発に携わったのが、ワクチン研究のスタートでした。当時、日本は海外メーカー2社から新型インフルエンザワクチンを緊急輸入せざるを得ない状況にあり、「次のパンデミック発生時には国産のワクチンで対応しなければ」という思いで、国の助成を受けながら各種ワクチンの開発を続けています。
峰氏
私は少し変わった経歴なのですが、京都大学薬学部を出て、最初は小児科の門前薬局で臨床薬剤師をしていました。その後、名古屋大学医学部に編入して医師となったのち、国立国際医療研究センター病院で病理医として、特にエイズ患者さんの血液がんの診断を専門にしていました。それらの血液がんをおこすEBウイルス(ヘルペスウイルス科に属すウイルスの一種)に興味を持ち、国立感染症研究所でウイルス研究に取り組むことになりました。米国国立衛生研究所(NIH)では、アンソニー・ファウチ博士がトップの組織内で新型コロナウイルス研究・対策にも携わりました。帰国後もウイルスとワクチンの研究に携わり、厚生労働省の感染症危機管理対策の医療専門職などに従事しました。現在は厚生労働省を退職し、研究と開発に携わりながら、SNSでの情報発信にも力を入れています。
「副反応」と「有害事象」は全然違う?

編集部
よく聞く「副反応」と「有害事象」の違いについて教えてください。
成瀬氏
副反応とは、ワクチンが「原因」で起きる症状(つまり因果関係が確実にあるもの)のことです。熱が出たり、注射した部位が赤く腫れたりするのは、実は身体が「体外から侵入した異物に対して戦っている」サインであり、ほとんどの場合は数日以内に自然に治る軽度なものです。
峰氏
一方、有害事象はもっと広い概念です。極端な話、ワクチンを打った後に隕石が頭に当たっても「有害事象」として報告するのです。交通事故も同じで、ワクチンと関係あるかどうかわからないものも全部含み、「ワクチン接種後に起こった望ましくない事象をすべてあげる」ものなのです。
成瀬氏
一般的な報道では、不十分または不正確な説明により、この有害事象をすべて「ワクチンの副反応」であるかのように伝わってしまうことが多く、それが様々な誤解の元にもなってしまうのです。
編集部
なぜそのような仕組みになっているのですか?
峰氏
有害事象を報告する目的が「安全性を徹底的に検討・監視するため」だからです。ワクチン接種との因果関係がその時点でわからなくても、「よくないことが起こったら」とにかく全部を報告して検証する。研究のデザイン・仕組みからも重要なことですし、透明性を保つための重要な考え方なのです。
健康な人に打つ薬だからこその難しさ

編集部
ワクチンは健康な人に打つという点が特殊ですね。
成瀬氏
そこが最も難しいところです。抗がん剤なら、がんを治すために副作用もある程度許容されます。しかし、ワクチンは「健康な人に、わざわざリスクを負わせるのか」という厳しい視点で見られる。だから安全性への要求は桁違いに高いのです。
峰氏
ワクチンは一般的なほかの薬とは大きく違う部分があります。ワクチンは「薬」の成分自体が体の中から消えた後も効果が続くのです。免疫という体のシステムを「刺激」かつ「教育」して、その「記憶」を免疫の機能として残す。あえて言えば世の中で「『免疫力』を高める」と科学的に証明されているのは、実はワクチンだけなのです。
編集部
なるほど。
峰氏
「薬を飲んで病気が治った」ならある程度効果は実感でき明白ですが、「ワクチンを打って病気にかからなかった」は、本当にワクチンのおかげなのか、実感としてわかりにくいものです。病気にならないわけですから。しかし、天然痘が地球から消えたのも、ポリオが日本からなくなったのも、ワクチンの力です。
コロナワクチン開発の舞台裏

編集部
新型コロナウイルスワクチンは流行が始まってから1年で承認されました。早すぎたという意見もあるようですが、どうお考えでしょうか?
成瀬氏
通常なら何年もかかる臨床試験が、前例のない様々な方策を尽くし急ピッチで実行されました。後から「安全性の確認が不十分では?」という声も出ましたが、実用化までにあらゆる懸念・リスクを解消できる完璧なデータを待っていたら、その間に多くの命が失われる。これは本当に難しい選択・判断だったと思います。
峰氏
世界的に著名な免疫学者との会議でも「安全性と効果にどの程度確証が持てる?」という議論が常に延々とされていました。データがまだ出てきていないということも多かった。ウイルスの正体もまだよくわからない。ワクチンの効果もまだ実証がなされていない。それでも開発と導入を決断していかなければならなかったのです。
峰氏
たとえ1万人規模の大きな臨床試験をしても、0.001%未満の副反応は見つけられません。イスラエルのように国を挙げて接種して、その情報を詳細に収集・分析して初めて見えてくるデータもある。だからワクチンが展開されて、接種した後も研究と監視を続けるのです。
製造現場の知られざる苦労

編集部
ワクチン製造の難しさはどのような点にあるのですか?
成瀬氏
パンデミックの時はワクチンの需要が一気に高まり世界中から注文が殺到しますが、流行が収まると需要は急速に激減します。しかし、安定供給のためには工場や人員は維持しなければならない。しかも、ワクチンは原材料確保などの準備期間や品質評価期間を含めて製造期間は長いですが有効期限が短く、温度管理も厳密です。需要と供給、市場流通のバランスで未使用返品や期限切れ廃棄のリスクも大きいといった難しさがあります。
峰氏
日本はかつてワクチン先進国でした。しかし、今回のパンデミックでは完全に海外頼みとなりました。ワクチン産業は国のインフラです。企業だけでなく、国民の理解と国の支援も不可欠なのです。
SNS時代の情報との向き合い方

編集部
ワクチンに対する日本人の向き合い方にはどのような特徴があるのでしょうか?
峰氏
※The Lancet Volume 396, Issue 10255p898-908September 26, 2020
成瀬氏
SNSでは正確性に欠けても刺激的でネガティブな誇張された情報ほど拡散されやすい面もあると思います。「接種後に○○が起きた」という投稿のみが一人歩きして、ワクチン接種との因果関係の検証なしに短絡的に「○○ワクチンは危険だ」と決めつけ、その偏った情報だけが広まりやすい傾向が強いと言えます。
編集部
ワクチン接種の啓発に関して海外で何か特徴的な事例はありますか?
成瀬氏
ワクチンの接種を促す仕組みが色々あります。アメリカでは薬局で気軽に接種できますし、接種したらハンバーガー無料券がもらえたり、香港では高級マンションの抽選があったり、タイの農村部では牛一頭がもらえるなんてこともあります。
峰氏
アメリカの保健省は、バスにラッピング広告を出したり、子ども向け絵本を作ったり、攻めの啓発活動をしていました。日本ももっと積極的になってもいいのかもしれません。
ワクチンが守るものとは

編集部
ワクチン接種は、医療費の面ではどのような影響があるのでしょうか?
峰氏
たとえば感染症で重症化してICUに入った場合、1日100万円といった多額の費用が発生します。それを、ワクチン数千円で防げることがあるわけです。しかも、新型コロナウイルス感染症の患者が増えて医療が逼迫すると、がんの診断が遅れたり、救急車が足りなくなったりと、ほかの傷病に対する医療にも大きく影響する。ワクチンは医療システム全体を守るのです。
成瀬氏
ワクチンは「命を守る社会の盾」です。みんなで接種することで、自分自身だけでなく、ワクチンを打てない赤ちゃんや免疫が弱い人など感染症に対してリスクの高い周囲の人々も含めて、社会全体を感染症リスクから守れるのです。これを集団免疫やコクーン効果といいます。
読者へのメッセージ

編集部
ワクチンに対して様々な情報がある中で、どのように判断すればいいでしょうか?
峰氏
簡単に「これが正解」といえることは世の中、そうはありません。様々な情報を見て、かかりつけ医にも相談して、正しい情報や考え方を知った上で考え、最終的には自分で判断することが大切です。強く断言していたり、向こうからやってきたりする情報ほど疑ってください。世の中は複雑ですし、難しいことも多いのです。
成瀬氏
一つの情報だけで判断せず、家族や友人とも話してみてください。厚生労働省や日本ワクチン学会、日本感染症学会等学会のサイトを読むのはなかなか難しいかもしれませんが、正確な情報が載っています。信頼できる情報源から正確な情報を得て、慎重に判断することを心掛けてください。
峰氏
天然痘の予防に、牛痘という牛由来のワクチンを用いた200年前には、すぐに「(接種者は)牛になる」という噂が流れたそうです。現在も、同レベルの分かりやすいものから一見複雑に見えるレベルのワクチンへの誤解や攻撃を解消すべく、正確で分かりやすい情報の発信を続けることで闘っています。それだけ難しい問題ですが、だからこそ一緒に考え続けていきましょう。
編集部まとめ
副反応と有害事象の違いをご存知でしたか?ワクチンは健康な人に打つからこその責任の重さ、パンデミック時の選択――ワクチンを取り巻く現実は、想像以上に複雑です。しかし、だからこそ正しく理解することが大切だということを、改めて認識しました。この記事が、あなたの判断の一助になりましたら幸いです。

