「1日の安静で2歳分老化する」ベッド安静の危険性と運動の重要性を専門医が解説

「運動が体に良い」ことは誰もが知っていると思いますが、「安静にしていることの危険性」についてはあまり知られていません。実は、3週間のベッド安静は40年分の老化に相当するという衝撃的な研究結果があります。今回、心臓リハビリの第一人者であり山形県立保健医療大学理事長の上月正博先生に、ベッド安静の危険性と適切な運動方法について解説していただきました。

監修医師:
上月 正博(山形県立保健医療大学 理事長)
3週間のベッド安静で40年分老化する科学的根拠

編集部
運動不足が体に悪いことはわかりますが、「安静の危険性」とは具体的にどのようなものでしょうか?
上月先生
「運動するとさらに健康になる」と考える人は多いですが、「運動しなくても大丈夫」と思っている方が実は少なくありません。しかし、安静にしていることは想像以上に危険なのです。アメリカでおこなわれた有名な『Dallas Bed Rest and Training Study』という研究があります。1966年に20歳の健康な男性5人を対象に、3週間の完全なベッド安静をおこない、その後30年、40年と追跡調査したものです。
編集部
どのような結果が出たのでしょうか?
上月先生
驚くべきことに、20歳のときに3週間のベッド安静後には、同じ人が40年後、つまり60歳になったときの運動能力とほぼ同じレベルまで低下していたのです。つまり、3週間寝たきりになると40年分老化するということです。私はこれを「1日2歳老化する」という言葉で表現しています。
編集部
1日で2歳も老化するとは衝撃的ですね。なぜこのような現象が起きるのでしょうか?
上月先生
人間の体は使わないと急速に機能が低下します。筋力だけでなく、心肺機能や血管機能、代謝機能など、あらゆる生理機能が低下します。特に高齢者の場合、入院などで数日安静にしただけで歩けなくなることもあります。だからこそ、「運動が良い」というより「安静が危険」という認識を持つことが重要なのです。
心臓病患者でも“4000歩”歩くことで腎機能が改善する理由

編集部
心臓に病気がある方は、無理せず運動を控えた方が良いのではないでしょうか?
上月先生
それは大きな誤解です。私たちの研究では、心筋梗塞を経験した患者さんの日常歩数と腎機能の関係を調査しました。その結果、1日平均4112歩を境に大きな違いが見られたのです。4112歩未満の方は腎機能が悪化していく一方、それ以上歩く方は腎機能が維持、あるいは改善されていました。
編集部
心臓病なのに腎臓の機能が改善するのはなぜでしょうか?
上月先生
運動は全身の血流を改善し、血管内皮機能を向上させます。これにより、心臓だけでなく腎臓への血流も改善されるのです。実際、心臓病で腎機能が悪化するということは、全身の動脈硬化が進行しているサインでもあります。適度な運動は、この進行を抑制する効果があるのです。
編集部
4000歩というのは、どの程度の運動量なのでしょうか?
上月先生
日常生活の中で意識的に歩けば達成できる歩数です。一度に歩く必要はなく、朝昼晩と分けても構いません。重要なのは、息切れするほど激しく歩く必要はないということです。「ちょっときつい」と感じる程度、つまり息切れするかしないかぐらいの強度が最も効果的です。
膝が痛い人のための効果的な運動方法

編集部
運動の重要性は理解できましたが、たとえば膝が痛くて歩けない方はどうすれば良いでしょうか?
上月先生
膝が痛い方向けの運動方法は確立されています。まず、椅子に座ったままできる運動があります。椅子に座って膝を伸ばし、足先を前に突き出す運動です。これを10秒から15秒間キープし、右足左足交互に何回か繰り返します。この運動により、膝関節周囲の筋肉や腱が強化され、痛みが軽減していきます。
編集部
ほかにも膝に負担をかけない運動方法はありますか?
上月先生
プールでの水中歩行も非常に効果的です。泳ぐのではなく、プールの中を歩くだけです。水の浮力により膝関節への負担が大幅に軽減されます。さらに、水の粘性により歩く際に抵抗が生じるため、陸上よりも効果的な筋力トレーニングになります。膝が痛い方でも、水中なら痛みなく運動できるのです。
編集部
運動を継続するコツがあれば教えてください。
上月先生
習慣化が最も重要です。5〜6ヶ月続けられた運動習慣は、その後も継続されるという報告もあります。逆に、2〜3ヶ月で止めてしまうと定着しません。最初は軽い運動から始めて、徐々に強度や時間を増やしていく「FITT-VP」という考え方があります。これは頻度(Frequency)、強度(Intensity)、時間(Time)、種類(Type)に加え、総運動量(Volume)と段階的な増加(Progression)を重視する運動処方の概念です。無理せず、しかし確実に運動量を増やしていくことが、長期的な継続につながります。
編集部まとめ
今回の取材で最も印象的だったのは、「1日2歳老化する」という衝撃的な事実でした。運動の効果を強調するよりも、安静の危険性を訴える方が行動変容を促しやすいという上月先生の指摘は、非常に説得力がありました。また、心臓病患者でも適切な運動により腎機能まで改善するという研究結果は、運動が単一の臓器だけでなく全身に良い影響を与えることを示しています。膝痛がある方でも実践できる具体的な運動方法も教えていただき、多くの読者の参考になると思います。「わかっちゃいるけど、できない」という運動への抵抗感を、科学的根拠と実践的なアドバイスで乗り越えていただければ幸いです。
引用論文:
Jonathan M McGavock et al. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2009 Feb;64(2):293-9.
Toshimi Sato et al. PLoS One. 2019 Feb 19;14(2):e0212100.






