「治験」と「臨床試験」はどう違う?―がんで治験を受ける前に知っておきたい医学研究の基礎

がんになったとき、ガイドラインに基づいて「標準治療」を受けるのが一般的な手順です。個人差もあって標準治療で十分な効果が得られなかったり、再発などで承認済みの治療法を一通り終わってしまったりした場合、承認前の薬などの治験に活路を見出そうとする患者さんもいます。医学の研究では「治験」のほかに「臨床試験」「観察研究」などさまざまな言葉が登場しますが、一般の人には区別が難しいかもしれません。第23回日本臨床腫瘍学会学術集会(JSMO 2026)で、北里大学医学部附属新世紀医療開発センター 横断的医療領域開発部門 臨床腫瘍学 教授の佐々木治一郎氏が「PAP応用講座 治験に参加する前に知っておいて欲しいこと」の演題で、医学研究で使われる用語の意味や、研究がどのように行われるかなどについてわかりやすく解説しました。講演の概要をご紹介します。
「臨床」と「研究」の違い
「臨床」と「研究」の違いをご存知でしょうか。大前提として、「臨床」は目の前の患者さんの利益を基に行われるものですが、「研究」はあくまで知識の獲得を目的として行われます。たとえば、まだ承認されていない治療を行う場合、倫理的な判断が強く求められます。そうした未承認治療を行うべきかどうかは、特定機能病院などに設置されている「未承認・新規医療等に関する審査委員会」などで審査、判断されます。
臨床試験には大きく分けて、「説明的な試験」と「実用的な試験」が存在します。説明的な試験とは、なぜその薬や治療が効くのかを証明する、科学性がより重視される試験です。一方で実用的な試験は、実際の日常診療の中で今行っている治療が本当に正しいのか、あるいは予期していない副作用などが起きていないかを調べる目的で行われます。研究のタイトルには「第〇相試験」や「観察研究」などさまざまな名前がつけられており、患者さんご自身が参加を検討される際には、それがどちらの目的に当てはまる研究なのかを理解する必要があります。
よい臨床研究の条件「FINER」とは
臨床研究法では、医薬品などを人に用いることで有効性や安全性を明らかにする研究を「臨床研究」と定義しています。臨床的な疑問に基づいた「よい臨床研究」とは、科学的に正しい方法で実施可能であり、倫理的に問題がなく、将来によい影響を与える可能性がある研究です。私たちは「ファイナー(FINER)」という5つの頭文字で表しています。
- Feasible(実施可能性):研究対象者が適切か、適切な専門性の裏打ちがあるか、かかる時間や費用が適切か
- Interesting(科学的興味):科学的に興味深いか
- Novel(新規性):患者さんをある意味で“実験台”にする以上、新しい発見というプラスアルファが必要
- Ethical(倫理的妥当性):対象者に対する倫理的配慮がなされていること
- Relevant(必要性・重要性):将来の医療にとって必要不可欠であること
治験の目的は「薬の承認」
臨床現場で患者さんを対象に行われる研究には、「観察研究」と「介入研究」の2種類があります。
観察研究とは、日常診療の中で行われている治療が本当に効いているのか、あるいはその治療を受けた人がその後どうなっていくのかを観察する研究デザインで、「要因」と「結果」が出てきます。出てきた要因と結果の因果関係が強いか弱いかは統計学的手法で測ることができても、完全に証明・検証することはできません。たとえば、2024年に診断された肺がん患者さんのうち、二次治療でAという分子標的治療薬の効果があった人を調べたとします。そこで「非喫煙者が75%」「腺がんが55%」というデータが出た場合、非喫煙者で腺がんの人に効く傾向があることは分かりますが、効果を証明したことにはなりません。あくまで次の研究のためのヒントや仮説を得るために行われることが多いのです。また観察研究には、条件を満たす過去の症例を見ていく「後ろ向き研究」と、同意を取って情報をこれから解析していくコホート研究や横断研究などの「前向き研究」があります。
一方、介入研究(臨床試験)は、実験的に治療などの介入を行うもので、過去への介入はできないため、全て未来に向かって介入していく前向きの観察となります。例えば未治療で非喫煙者の肺腺がん患者さんを集めて、Aという薬あるいはプラチナ併用療法を受ける群に分け、Aが効くかどうかを見るようなものが該当します。
では介入研究の中でも「治験」とは一体何を指すのでしょうか。薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)という法律において、最終的に「国の承認」を得るための成績を集める臨床試験のみを「治験」と呼び、「臨床研究」と区別しています。つまり、治験には「薬の承認」という明確な目的が備わっていることが最大のポイントです。治験には、製薬企業が中心となる企業主導治験と、医師が中心となる医師主導治験があり、PMDA(医薬品医療機器総合機構)や独立した効果・安全評価委員会などが厳しく監査します。
治験の「フェーズ」とは
治験のプロセスは第I相から第III相まで進んでいきます。例えば三浦海岸の海藻から抽出した物質などががん細胞を死なせると分かると、まずはマウスや犬、猿などで効果や副作用をみます。細胞や動物による試験を通過した物質が薬の候補となり、初めて人に使われる「ファースト・イン・ヒューマン」から治験が始まります。
第I相試験(フェーズ1)では、安全性をみます。抗がん剤の場合、多くはがん種を限定せずに、いろいろな治療を受けてほかに治療法がない患者さんを対象に行われます。少ない量から開始して徐々に量を増やしていき、副作用が出そうな量の少し手前を、次の試験の量として決定します。
第II相試験(フェーズ2)では、有効性をみます。第I相試験で決めた量を、ある程度の患者さんに投与してどれくらいの割合で効くか、つまり奏効率(ORR)などを見ます。ここでたとえば50人や100人という規模で効いている人がいれば、見込みがありそうだということで第III相試験(フェーズ3)へと進みます。
第III相試験は、標準治療に対する優越性、つまり新しい薬が従来の治療よりも優れた効果を示すか、あるいは同等かを見る試験です。新しい薬を上乗せする場合と、プラセボ(偽薬)と比較する場合があります。有望な薬だと分かっていれば、新しい薬を受けたい人が多くなるため、プラセボを使う場合は医師も患者さんもどちらを使っているかわからない「二重盲検」で行われます。ここで予定された効果以上を認めた場合に初めて、標準治療として認められ、保険で使えるようになります。
最近の動向として、国際共同試験(グローバル試験)や、組織を出して遺伝子を調べる付随研究が増えています。しかし、グローバル試験に日本が入っていない状況、いわゆるドラッグ・ラグやドラッグ・ロス(海外で承認されている薬が日本では承認までに長い時間がかかったり、承認されなかったりする問題)も起きており、注意が必要です。第III相試験の評価項目(エンドポイント)としては、全生存期間(OS)や無増悪生存期間(PFS)、ORRなどが見られ、「カプランマイヤー曲線」というグラフを使って期間を比較します。そして、統計学的な手法を用いて、見た目だけでなく本当に有意差があるかを厳密に検証します。
第III相ランダム化比較試験で患者さんをグループ(群)に分ける際、我々医師が意図的に分けることはありません。独立した関係のない人がソフトウェアを使ってランダムに分けるため、医師にもどちらに割り当てられたかは分かりません。また、計画された人数が集まらない治験は多くの場合、中止になります。
治験参加の際に確認すべきこと
プロトコル(実施計画書)通りに完遂したかどうかは、成果物を見るとき非常に重要です。治験中に発生した健康被害に対する保証制度が定められています。救急車でほかの病院を受診する際も、必ず治験薬を使っていることを医師に伝えてください。薬の承認のためにも行われているため、間違った薬が処方されると大変なことになります。
最後に、65歳以上の高齢者が治験の対象外になりやすい理由は、年齢によって予測できない副作用などのリスクが起こる可能性があり、慎重に見極める必要があるからです。もちろん、年齢制限をなくしている治験も増えてきており、そうした臨床的疑問を研究に当てはめていくことで医学は進歩してきています。
治験に参加される際は、「どのフェーズの試験か」、「どういう比較が行われるか」、そして「どんなリスクとベネフィットがあるか」をしっかり理解することが何よりも重要です。



