治療の進歩で新たな問題も―小児・AYA世代のがんサバイバーが直面する「三つの壁」と解決策

小児やAYA(思春期・若年成人)世代のがんは、治療の進歩によって長く生きられる人が増えています。一方で、治療後の人生をどう生きるかという問題が新たに生じるようになりました。第23回日本臨床腫瘍学会学術集会(JSMO 2026)で、国立健康危機管理研究機構 国立国際医療センター 乳腺・腫瘍内科 診療科長/医長・がん総合診療センター センター長の清水千佳子氏が「PAP特別企画 小児がん・AYAがんの移行期支援を考える」の演題で、小児・AYA世代のがんサバイバーが抱える問題と解決策などについて講演しました。講演の概要をご紹介します。
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がんになっても「その後の人生」を考えられる時代に
小児やAYA世代のがん患者さんは、がん患者全体から見ると非常に数が少なく、腫瘍内科医であっても必ずしも詳しいわけではない領域です。私は先日まで「AYAがんの医療と支援のあり方研究会」の理事長を務めておりましたので、その経験も踏まえて皆様と課題を共有できればと思います。
国の第4期がん対策推進基本計画では「誰一人取り残さないがん対策」が掲げられており、小児・AYA世代のがん患者さんについても明記されています。とくにサバイバーシップ(治療後の生活)の観点から、がんになった後にお子さんを持ちたいと希望する人に向けた「がん・生殖医療」に対する国の後押しも進み、妊孕性<にんようせい>温存療法の効果と安全性に関する研究に参加する患者さんへの費用助成などの研究推進事業も動き出しています。
このように、治療後の人生に焦点が当たるようになった背景には、ここ数十年の著しい医療の進歩があります。私が生まれた頃、小児やAYA世代のがんは5年生存できる割合が半分にも満たない状況でしたが、2010年頃には8割にまで伸びました。さらに国立がん研究センターの新しいデータによれば、小児がんの多くの患者さんは10年生きられる可能性がかなり高くなっています。AYA世代のがんに関しても、甲状腺がんや胚細胞性腫瘍などでは10年生存率が9割を超えるものもあります。個人差があるとはいえ、がんになったとしても「その後の人生」を積極的に考えられる時代になってきているのは間違いありません。
小児・AYA世代に特有の「三つの壁」
しかし、その後の長い人生を生きていく上で、この世代ならではの大きな“壁”が存在します。
一つは「治療の場」と「生活の場」の不一致です。小児がんは医療の集約化が進んでおり、東京や宮城などの都市圏に、周囲の県から患者さんが集まって治療を受ける傾向があります。ご家族全員で病院のそばに引っ越して治療を受けるなど大変な思いをした人も少なくありませんが、治療が終われば地元へ帰っていくことになります。さらに、進学や就職、転勤などによって生活圏が動くことが多いのもこの世代の特徴です。そのため、移動後の地域でも健康管理を継続できるシステムが必要不可欠です。
二つ目は経済的な負担です。国の対策上、AYA世代は15~39歳と定義されています。40歳までは介護保険料を納めていないため、制度上、介護が必要になっても介護保険を利用できないという問題があります。小児がんの場合は18歳未満(引き続き治療が必要な場合は20歳未満まで)であれば小児慢性特定疾病の医療費助成が受けられますが、成人するとその助成がなくなり、一般の3割負担へと切り替わるため医療費の負担が重くのしかかります。
三つ目は教育とキャリアへの影響です。15歳で義務教育が終わると、そこから先は自分の意思で学業や社会的な活動を選択し、人格や社会・経済的な自立を目指していくことになります。そのような流動的で柔らかい時期に病気になり、体が動かない、お金がかかるといった問題に直面することは、就労や働き方に直結します。したがって、医療者が健康管理を支援することは、彼らのキャリア支援という側面も持っているのです。
「晩期合併症」と長期的な健康管理の重要性
長期生存が可能になるにつれ、「晩期合併症」と呼ばれる、がん治療の影響で後から生じる健康問題が重要になってきます。米国の大規模調査によれば、15歳未満でがんにかかった人が30代から50代になった時、健康なきょうだいと比べて内分泌系の疾患や、脳腫瘍などの神経系の問題、そして心血管疾患(循環器の病気)などのリスクが高いことが分かっています。
AYA世代においても、小児がんほどの多様性や複雑さはないものの、感染症や腎疾患、心血管疾患、さらには自殺・自傷や周産期合併症などのリスクが上がることが報告されています。メンタルヘルスや、妊孕性温存後の安全な出産に向けた健康管理も重要です。治療後のライフスタイルもその後の健康に影響します。1970~99年の間に北米で治療を受けた3万人の小児がんサバイバーのデータでは、アルコールや身体活動、体重管理といったライフスタイルが「ヘルシー」な人は心臓や呼吸器などの晩期合併症リスクが低く、「アンヘルシー」な人はリスクが高くなることが示されました。いかに長期的な健康管理が重要であるかが分かるかと思います。
整備が進まない小児医療から成人医療への「移行」
長期的な健康管理で直面するのが、小児科と成人診療科のシステムの違いです。小児科では医師が全人的に何でも診てくれて、チーム医療も完結しやすく、医療の同意も保護者が行います。しかし、成人の医療は「消化器内科」「呼吸器外科」のように臓器・疾患別に専門分化されており、原則として治療方針については患者さん本人の同意と、自身の健康管理に対する主体的な参加が求められます。小児期から成人期へ移る際、患者さん自身がヘルスリテラシーを獲得し、家族中心から患者中心へと医療システムを移行していく包括的なプロセスを「トランジション(移行)」と呼びます。
日本小児科学会も成人移行支援を推進する提言を出していますが、移行支援の仕組みはまだできていません。これは日本だけの問題ではなく、米国の調査でもすべてのプロセスを満たしている施設はゼロであるなど、世界的に見ても成人の医療現場において包括的な移行プログラムを提供できる施設の整備が追いついていない状況です。
私たちが国立国際医療センターで試みているのが、成人診療の中に設けた「移行支援外来プログラム」です。小児科から成人医療へ移る際、最初の受診で総合診療科の医師やAYA世代支援の多職種チームが関わり、「移行ポリシー」というパンフレットを渡して、成人医療の仕組みや地域連携の必要性などを分かりやすく説明します。さらに、小児科の先生方と合同カンファレンスを開き、どのような晩期合併症のリスクがあるのか情報を共有した上で、誰が何をやるかを明確にした「健康管理計画書」を作成し渡しています。
実際に移行してきた患者さんを診て驚かされるのは、若くても骨密度が著しく低下しているなど高齢者以上にたくさんの病気を抱えていたり、成長の過程でさまざまな大変な思いをしてきた事実です。このプログラムに参加した患者さんからは「自分の病気や体調を改めて考える機会になった」「相談してよかった」という声をもらっています。
社会全体で支える仕組みを目指して
もちろん、医療機関・地域によって資源も違うので、一つのモデルですべてが解決できるわけではなく、患者さんの状態や地域の実情に合わせて柔軟に対応していく必要があります。結婚、出産、転勤などAYA世代の患者さんのライフステージが変化していく中で、ニーズに合わせて対応できるようにするには、どんな体制を作ればよいか、考える必要があります。
小児・AYA世代のがん患者さんの長期的な健康管理を支えるシステムは、決して医療だけで完結するものではありません。教育、就労、福祉といったさまざまな分野と連携し、地域社会全体で支えていく仕組みが不可欠です。患者さんご自身が主体的にご自身の健康管理に参加できるよう、ヘルスリテラシーを高めるための支援も重要になります。
そのためには、医療者が患者さんの声にしっかりと耳を傾け、彼らが何を必要としているのかを理解しようとする姿勢が求められます。そして何より、私たち医療者自身が小児がんやAYA世代のがんについてさらに学び、専門性を高めていく努力を続けていかなければならないと強く感じています。


