「くすぶり型多発性骨髄腫」、進展を遅らせる新薬登場でさらに進む治療戦略

血液がんの一つである「多発性骨髄腫」はこれまで、がん細胞が増えても症状が出ていない「くすぶり型」と呼ばれる段階では積極的な治療を行わず、悪化するまで経過観察をするのが一般的な方針でした。「ダラツムマブ(商品名:ダラキューロ)」は、高リスクのくすぶり型多発性骨髄腫の進展を遅らせる初めての治療薬として2025年11月承認されました。2026年2月25日に東京都内で開かれたくすぶり型多発性骨髄腫に関するプレスセミナーから、多発性骨髄腫治療進展の歩みやこれからの治療戦略、臨床試験の結果などについて、日本赤十字社医療センター 骨髄腫アミロイドーシスセンター 顧問の鈴木憲史先生の講演を再構成してご紹介します。
「多発性骨髄腫はやっつけられる」―高まる期待
多発性骨髄腫は、免疫の働きを担う形質細胞ががん化し、異常なタンパク質を作り出してしまう病気です。この病気は、進展するにつれてがん細胞の性質が変化していくという特徴を持ちます。初期の段階では形質細胞としての本来の性格を残したおとなしい状態ですが、経過とともに増殖力が強く悪性度の高いがん細胞へと“顔つき”が変わっていくのです。
かつての医療現場では、多発性骨髄腫を制圧しようにも治療には高い壁が立ちはだかり、発病から3年ほどで患者さんは重篤な状態に陥ることもある非常に厳しい状況でした。
しかし、新薬の登場によって少しずつ状況は変わってきました。ボルテゾミブ(2006年承認)の登場によって治療の敷居が一段低くなり、その後レナリドミド(2010年承認)やカルフィルゾミブ(2016年承認)といった薬剤が加わることで治療成績は着実に向上しました。そしてダラツムマブの登場でさらに良くなりました。現在ではCAR-T細胞療法や二重特異性抗体なども開発され、医療現場では「この病気をやっつけられるのではないか」という期待が高まっています。
進展・死亡リスクが51%低下―日本人はさらに良好
病気がある程度進んでしてしまうと、どんなに良い薬があっても治療は難しくなります。そのため、早い段階できちんと病気を抑えることで進展を遅らせる、あるいは予防することが重要と考えられるようになりました。ダラツムマブは2017年に、再発・難治性の多発性骨髄腫を適応として承認された薬ですが、2025年11月に高リスクのくすぶり型多発性骨髄腫に対しても進展遅延が期待できるとして適応が拡大されました。それまでは、くすぶり型多発性骨髄腫の患者さんから「私にはこういう病気があるのに、悪くなるまで待っているのですか?」と問われ、「悪くなるまで待つんです」と答えざるを得ない、非常にもどかしい経験を重ねてきました。
高リスクのくすぶり型多発性骨髄腫に対するダラツムマブの効果を確認するために実施されたのが「AQUILA(アキーラ)試験」と呼ばれる国際共同第3相試験です。
アキーラ試験では、高リスクのくすぶり型多発性骨髄腫の患者さんをダラツムマブ群と薬を使わずに経過を見る観察群に1対1で無作為に分け、有効性の評価が行われました。ダラツムマブの投与は、最初は週1回から始まり、その後2週間に1回、1年経過後は月1回に減らし、最終的に3年間で治療を完了して休薬するという、患者さんの負担に配慮したスケジュールが組まれました。
多発性骨髄腫への進展または死亡までの期間(無増悪生存期間:PFS)をみると、ダラツムマブ投与群は観察群と比較し、多発性骨髄腫への進展または死亡のリスクを51%低下させることが証明されました。病気が進展して臓器障害が出るのを未然に防ぐことにより、患者さんは治療期間中も普段に近い生活や仕事を継続しやすくなるなどQOL(生活の質)を高く保つことが期待できます。さらに万が一、将来的に病気が進展して次の治療が必要になった際にも、選択肢は豊富に用意されています。
アキーラ試験における日本人集団のサブ解析データでは、ダラツムマブ投与群の多発性骨髄腫への進展または死亡リスクが75%低下していました。グローバル全体のデータと比較して高い有効性が示された理由の一つに、体重の違いがあるのではないかと思います。海外のデータでは体重85kg以上の肥満患者(肥満は治療抵抗性のリスクとなる)が28%含まれていたのに対し、日本人集団は該当者が0でした。ダラツムマブの皮下注射は体重に関わらず1回1.8gという固定用量を投与するため、体重が少ない日本人の方が体内に十分な薬の濃度が行き渡り、より高い効果が発揮されたのではないかと考えられます。
必要な「介入タイミング」の基準作り
次の重要な課題として「くすぶり型のどの段階で介入すべきか」という基準作りが必要になります。現在、いくつかの基準が存在していますが、今後はまずアキーラ試験を基準としたうえでさらに検討していくべきだと思います。ダラツムマブによるくすぶり型多発性骨髄腫の治療を3年間続けることで、その後数年間は進展せずに普通の生活を送れる可能性が出てきます。
ただし、良い点ばかりではありません。アキーラ試験全体のデータにおいて、入院治療や手厚い処置が必要となるような重い副作用(グレード3、4の重篤な有害事象)の出現割合はダラツムマブ群で40%、観察群で30%であり、日本人もほぼ同じ傾向でした。ダラツムマブの安全性はおおむね担保されているものの、副作用が全くないわけではない点には十分な理解が必要です。
みんなで進んだから来られた治療の“現在地”
高リスクのくすぶり型骨髄腫に対してダラツムマブが承認されて新たな患者群に治療介入を検討することができるようになり、悪くなるまで待たなくても良くなりました。ただし副作用のリスクもあります。この薬での治療を検討するにあたり、これまで見てきたさまざまな結果を正しく理解し、医師と患者さんが一緒に意思決定する「Shared Decision Making(SDM:共同意思決定)」を行っていくことが重要です。
私たちは、約50年、多発性骨髄腫を何とかしたいと努めてきました。そうしているうちに新薬が登場し、治癒も期待できるようになってきました。そしてさらに、進展の遅延が期待できるところまで進んできました。私の好きな言葉に、「早く行きたかったら一人で行け。遠くに行きたかったらみんなで行け(If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together.)」というアフリカのことわざがあります。医師、患者さん、製薬業界、みんなで進んだからここまで来られた――そう思います。
*本稿には特定の医薬品についての記述がありますが、情報提供のみを目的としたものであり、医療上の助言や販売促進などを目的とするものではありません。



