安倍元首相も悩まされた難病・潰瘍性大腸炎への「皮下注療法」が導入時から選択可能に―患者さんへの影響は?

「潰瘍性大腸炎」は、安倍晋三元首相も悩まされ、2度の退陣の遠因ともされた原因不明の指定難病です。近年、さまざまな治療薬が開発され、患者さんのQOL(生活の質)は向上しています。治療薬の一つで、従来は点滴(静注)で開始する必要のあった抗IL-23p19抗体グセルクマブ(商品名:トレムフィア)が、既存治療で効果不十分な潰瘍性大腸炎の寛解導入療法(治療開始時に症状を落ち着かせるための治療)の皮下注製剤として2026年2月19日に一部変更承認されました。同承認に伴い2026年3月23日に東京都内で開催されたプレス向け説明会(Johnson & Johnson主催)では、杏林大学医学部消化器内科学 教授/炎症性腸疾患包括医療センター長の久松理一先生が潰瘍性大腸炎における課題や皮下注製剤の意義を解説しました。説明会の内容を再構成してお届けします。
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潰瘍性大腸炎の現状と課題―新たな治療選択肢登場による期待は?
患者数は31万人―働き盛りの世代を襲う指定難病
潰瘍性大腸炎は、消化管に炎症が起こる「炎症性腸疾患」のうち、原因が特定できない非特異性炎症性腸疾患に分類される指定難病です。下痢や粘血便(便に血が混じる)、激しい腹痛、便切迫感(急に強い便意を催す)といった症状が表れ、重症化すると手術が必要になる場合もあります。現在の日本における推定患者数は約31万人と年々増加しており、そのスピードは世界的に見ても速い傾向にあります。
潰瘍性大腸炎は若年者から高齢者まで発症しますが、発症年齢のピークは20~30代の若年層であり、進学、就職、結婚、出産といった重要なライフイベントにも影響を及ぼします。症状が慢性的に続くという特性上就学・就労に支障をきたすケースも多く、治療を継続するためには環境整備や社会的サポートが欠かせません。
潰瘍性大腸炎の治療目標は、「症状を抑え込んで病気の勢いがない状態(臨床的寛解)に導き、健康な状態と同じような社会生活を送れるようにすること」です。また具体的な治療選択としては歴史的に炎症を抑える5-ASA製剤が用いられており、重症度に応じてステロイドや免疫調整薬も適応となります。さらに、ステロイドが効かない、あるいはステロイドをやめられない難治性の患者さんに対しては、分子標的治療薬や生物学的製剤が用いられます。
トレムフィアは、潰瘍性大腸炎の病態に関与すると考えられている「IL-23(炎症を引き起こすタンパクの一種)」の働きをピンポイントで阻害する抗IL-23p19抗体です。トレムフィアによる導入療法はこれまで、点滴静注でおこなわれていました。しかし今回の承認により、最初から皮下注射で治療を開始する「皮下注導入療法」が選択できるようになりました。
静注と同様の改善結果が示唆―侵襲性や通院負担の軽減に期待
今回の承認の根拠となったのが、中等症~重症の潰瘍性大腸炎の患者さんを対象に、トレムフィア皮下注製剤による導入療法の有効性および安全性を評価した国際共同第Ⅲ相無作為化比較試験ASTROです。同試験において、12週時点の臨床的寛解*割合はプラセボ(偽薬)を投与された対照群(6.5%)と比較して試験群(27.6%)で有意に高い結果でした。また、静注についての臨床試験とほぼ同様の改善結果を示しており、導入療法開始後の経時変化も両試験で同様の推移をたどりました。安全性においても重篤な副作用は確認されませんでした。
両試験は試験背景が異なるため一概にどちらが優れていると述べることはできないものの、皮下注導入療法が点滴静注導入療法と遜色ない結果であることが示されました。
皮下注導入療法のメリットは「患者さんの病院滞在時間を短縮できる点」です。点滴治療は時間がかかり、身体的な負担も伴います。血管が細くて点滴針を刺しにくい患者さんや過去に別の皮下注射製剤を使っていて点滴に戻ることに抵抗がある患者さんにとって、皮下注射という選択肢が増えることは意義があります。また医療現場にとっても、点滴薬の調製作業や専用ベッドの確保、スタッフの業務負担の軽減が見込めます。
*臨床的寛解:ASTRO試験においてはMayoスコアのうち排便回数サブスコアが0または1、直腸出血サブスコアが0および内視鏡サブスコアが0または1で(排便回数サブスコアがベースライン時から増加していない場合)内視鏡検査の所見で脆弱性なしと定義された。
難病を地域医療へ―完治に向けた将来の治療展望
質疑応答では、治療展望、そして地域医療連携における課題について質問があり、久松先生はそれぞれ以下のように回答しました。
Q:潰瘍性大腸炎の治療は大きく発展しています。今後、完治を目指すような進展は期待できるのでしょうか?
久松先生:
潰瘍性大腸炎の治療は大きく進歩し、健康なときと同じような社会生活を維持している方は増えてきていると感じています。しかし、薬をやめても再発しない“完治”の実現にはいまだ至っていません。完治を目指す治療薬の開発には潰瘍性大腸炎の原因そのものの解明や、予防医学的なアプローチが必要です。これが本疾患の治療における課題であり、今後解決していかなければなりません。
Q:一般の医療機関でも使いやすい皮下注製剤の登場により、専門施設から地域医療機関に患者さんを戻した後のフォローアップが重要になると思います。病診連携のポイントを教えてください。
久松先生:
地域連携は潰瘍性大腸炎の治療における大きな課題の一つです。過去の調査の結果、潰瘍性大腸炎の患者さんはご自身の地域にかかりつけ医の存在を望んでいることが明らかにされており、すでに日本炎症性腸疾患学会でも地域連携に向けた取り組みを進めています。この観点では地域の病院や一般内科の先生方でも使いやすい皮下注製剤の登場は非常に有益だと思います。難病である潰瘍性大腸炎の診療経験を有する開業医や総合病院の勤務医は、まだそれほど多くいるわけではないため、潰瘍性大腸炎を専門とする医師と地域の連携は今後も強化していく必要があります。ただし、昔に比べると徐々に進歩してきていると感じます。




