前立腺がんは「治療しない」選択肢も?ロボット手術から放射線まで専門医が解説

公益財団法人がん研究会有明病院は2025年11月27日、報道関係者向けセミナー「前立腺がんを知る~疾患の特徴と最新の治療選択肢~」を開催。同院泌尿器科担当部長の沼尾昇医師が、前立腺がんの多様な治療選択肢について講演しました。
沼尾医師はその中で、「前立腺がんは、とにかく最大限の治療をすべきだというわけではなく、生活の質を落とさないことも重要」と強調します。前立腺がんには「治療しない」という選択肢も存在し、患者一人ひとりの状況に応じた判断が求められます。
前立腺がんの治療法は、積極的監視療法、放射線治療、手術、薬物療法と多岐にわたります。特に手術は、現在ほぼ全例がロボット支援手術で行われるようになり、合併症や後遺症の軽減が進んでいます。本稿では、前立腺がんと診断された方やそのご家族に向けて、治療選択の考え方から最新のロボット手術まで、沼尾医師の講演内容をもとに解説します。
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登壇者プロフィール:
沼尾 昇(ぬまお のぼる)
公益財団法人がん研究会有明病院 泌尿器科担当部長。東京医科歯科大学を卒業後、埼玉県立がんセンターや帝京大学医学部附属溝口病院などで研さんを積む。東京医科歯科大学腎泌尿器外科助教および講師、低侵襲医学研究センター特任講師、東京医科歯科大学医学部附属病院保険医療管理部 講師/副部長を経て、現職。主な専門は泌尿器がん治療および低侵襲手術。日本泌尿器科学会専門医・指導医、日本泌尿器内視鏡・ロボティクス学会ロボット支援手術プロクター。
前立腺がんは「治療しない」選択肢もある
積極的監視療法とは
前立腺がんには、他のがんにはない特徴的な治療選択肢があります。それが「積極的監視療法」、すなわち治療しないで様子を見るという方法です。
積極的監視療法では、定期的にPSA(前立腺特異抗原)を測定したり、MRI検査を行ったりしながら経過を観察します。低リスクの前立腺がんや、高齢で余命が限られている場合などに選択されることがあります。ガイドラインによると、「ベリーローリスク」に分類されるがんであれば、余命10年以上では積極的監視療法、10年未満では経過観察(がんとうまく付き合いながら苦痛が出た段階で緩和治療を行う)が推奨されています。
日本では継続が難しい現状
しかし、日本では積極的監視療法を継続することが難しいという現状があります。日本の研究データ(PRIAS-JAPAN)によると、継続率は1年で79.3%、5年で39.8%、10年ではわずか17.4%まで低下しています。
沼尾医師はその理由について「がんがあるのに放っておくのか、という心理的な負担が大きい」と分析します。また日本特有の事情として、米国などと比べて圧倒的に低コストで治療介入が可能なため、経済的な障壁が低く治療を選択しやすいことも挙げられました。
治療するかどうかの判断基準
リスク分類と余命で異なる治療方針
前立腺がんの治療方針は、がんのリスク分類と患者の余命によって大きく異なります。
ベリーローリスクでは積極的監視療法が第一選択となります。ローリスクや中間リスクの良好群では、監視療法に加えて放射線治療や手術も選択肢に入ります。中間リスクの不良群以上になると、放射線治療とホルモン療法の併用や手術が推奨され、積極的監視療法は選択肢から外れます。
また、前立腺がんの治療では「平均余命10年」が一つの目安となります。沼尾医師は「75歳から80歳ぐらいで平均余命が10年になってきますので、このあたりが積極的治療をするかしないかの分かれ目になります」と説明しました。
放射線治療の多様な選択肢
外から照射するIMRT
前立腺がんの放射線治療には多くの種類があります。外照射の主流となっているのがIMRT(強度変調放射線治療)です。技術の進歩により前立腺にフォーカスを絞る精度が上がっており、直腸などの周囲組織を避けながら、がんに集中的に放射線を当てることが可能になっています。
中から照射する小線源治療
体の中から放射線を照射する方法もあります。小線源治療(LDR)は、放射線を出す小さなカプセル状の線源を前立腺内に埋め込み、内部から継続的にがんを攻撃します。低リスクや、悪性度の比較的低い中間リスクの前立腺がんに対しては、手術や外照射と同等の治療効果があります。
また、小線源治療と外照射、ホルモン療法を組み合わせた「トリモダリティ」という治療法もあり、ハイリスクの前立腺がんに対して有効性が示されています。
わずか5回で終わるSBRT
近年急速に普及しているのがSBRT(体幹部定位放射線治療:小さながん病変に対していろいろな方向から放射線を正確に照射する技術)です。従来の放射線治療では30回から40回の通院が必要でしたが、SBRTではわずか5回、約1~2週間で治療が完了します。
沼尾医師は「何回がいいですかと聞くと、皆さん5回と言います。従来の放射線治療と成績が変わらないとも言われていますので、今後主流になると思います」と述べました。
どの放射線治療を選ぶべきか
多くの選択肢がある中で、どれを選ぶべきでしょうか。沼尾医師によると、IMRT、小線源治療、トリモダリティなど、どの治療法も成績に大きな優劣はついていないとのことです。そのため、通院回数や費用、生活状況などを考慮して選択することになります。
ロボット支援手術で変わる前立腺がん治療
ほぼ全例がロボット手術の時代に
前立腺がんの手術は、現在ではほぼ全例がロボット支援手術で行われています。以前は開腹手術なども行われていましたが、ロボットの方が安全性が高く、術後のQOL低下も少ないためです。
ロボット手術の最大のメリットは、拡大視野で精密な操作ができることです。沼尾医師はデモンストレーションの中で「拡大視野で、肉眼で見るよりきれいに見えますので手術の精度が上がり、術後の合併症軽減と機能向上につながっています」と述べました。
傷が小さいシングルポート手術
現在使用されているロボットには、「マルチポート」と「シングルポート」の2種類があります。
マルチポート(ダビンチXi)は腹部に5~6カ所の穴を開けて手術を行います。一方、シングルポート(ダビンチSP)はおへその下と右下腹部の計2カ所のみで手術が完了します。シングルポートは腹腔を経由しないため、腹腔内臓器の損傷リスクが少ないというメリットもあります。
前立腺全摘術の流れ
前立腺がんの手術は「前立腺全摘術」と呼ばれ、前立腺を丸ごと摘出し、膀胱と尿道をつなぎ合わせる術式です。模式図で見るとシンプルですが、実際には繊細な技術が求められます。
ロボット手術では、術者はコンソールと呼ばれる操作台に座り、3Dの拡大映像を見ながら複数のロボットアームを操作します。直接人間の手で行うよりも精緻(せいち)な動きが可能です。
尿失禁と性機能への影響
前立腺全摘術の主な合併症は尿失禁と性機能障害(射精障害、勃起障害)です。
尿失禁については、手術直後が最も漏れやすく、その後徐々に改善していきます。半年から1年後には、尿漏れパッドが不要になるか、念のため1枚程度という状態になる方が9割から9割5分程度です。ただし高齢の方や体重の重い方は漏れやすい傾向があります。
性機能については、前立腺周囲の性機能にかかわる神経(神経血管束)を温存できるかどうかで結果が異なります。両側温存で6割から8割、片側温存で3割程度、ある程度の勃起機能が保たれるとされています。
薬物療法と最新の遺伝子治療
ホルモン療法の効果と限界
前立腺がんは男性ホルモン(アンドロゲン)に依存して増殖する特性があります。そのため、男性ホルモンの働きを抑えるホルモン療法が重要な治療法となっています。
ただし、ホルモン療法には限界があります。沼尾医師は「完全にがんを殺すことはできません。途中で男性ホルモンに依存しないがん細胞が増えてしまいますので、あくまでも一時的に有効な治療です」と説明しました。ホルモン療法が効かなくなった状態を「去勢抵抗性前立腺がん」といい、化学療法や新規ホルモン薬などの治療が行われます。
BRCA変異陽性への新しい治療薬
近年、遺伝子検査に基づいた新しい治療法も登場しています。BRCA遺伝子変異を持つ前立腺がんに対しては、オラパリブ(リムパーザ)などのPARP阻害薬(損傷したDNAを修復する働きをもつPARPというタンパクの働きを阻害することでがん細胞の増殖を抑制する薬)が使用可能です。転移性前立腺がんではBRCA変異の割合が高くなる傾向があり、この分野の治療は急速に進歩しています。
後悔しない治療選択のために
質疑応答では「治療後に後悔しないために、どのような点を確認すべきか」という質問がありました。沼尾医師は「(手術の場合)やはり尿失禁と性機能です。この2つが後遺症ですので、(医療者側は)しっかり説明して、他の治療と対比させてあげることが大事です」と回答しました。
手術と放射線治療の選択については、どちらも合併症のレベルは同程度で、質が異なると説明されています。手術は尿失禁のリスクが放射線より高い一方、放射線では数年後にぼうこう・直腸障害が生じることがあります。
沼尾医師は治療法の選択を「りんごと梨のどちらがおいしいかと聞かれるようなもの」と表現します。明確な優劣がつけられないため、患者自身が情報を理解した上で判断することが重要です。自分で決められない場合は、医師に「先生だったらどうしますか」と尋ねることも一つの方法だと述べています。
編集部まとめ
前立腺がんの治療は、積極的監視療法から放射線治療、ロボット支援手術、薬物療法まで多岐にわたります。沼尾医師が繰り返し強調したように、「がんを見つけたら最大限の治療をすればいい」というわけではなく、患者一人ひとりの状況に応じた治療選択が求められます。
特にロボット支援手術の普及により、手術の安全性は向上し、尿失禁や性機能障害といった後遺症も軽減されてきています。放射線治療でも短期間で完了する治療法が登場するなど、患者の負担を減らす方向で進歩が続いています。
治療後に後悔しないためには、自分のがんの状態を正しく理解し、それぞれの治療法のメリット・デメリットを把握した上で、主治医とよく相談して決めることが大切です。
関連情報
主催:公益財団法人がん研究会有明病院
セミナー名:報道関係者向けセミナー「前立腺がんを知る~疾患の特徴と最新の治療選択肢~」
講師:沼尾昇 医師(がん研有明病院 泌尿器科 担当部長)




