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「嘘をつかない」——コロナ禍で病院長に就任した医師が貫く、信頼される医療の原点

 公開日:2026/01/29

2021年1月、緊急事態宣言のさなかに池上総合病院の病院長に就任した繁田明義先生。
未知のウイルスとの闘いの中、クラスター発生や病棟閉鎖という危機を乗り越えてきた。「嘘をつかない」「隠さない」——シンプルだが、実践するには勇気のいるこの信念を軸に、地域医療の最前線で組織を率いる繁田病院長に、リーダーとしての歩みと、地域医療への思いを伺った

繁田 明義

監修医師
繁田 明義(池上総合病院)

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日本整形外科学会整形外科専門医の資格を持ち、肩関節やスポーツ整形外科などを専門としている。1995年東海大学医学部卒業後、東海大学医学部付属病院での研修を経て、整形外科診療をメインに現在の国立病院機構箱根病院やさがみ野中央病院などで診療を行ってきた。2001年から東海大学医学部整形外科学教室にて教鞭を振るい、2011年に池上総合病院整形外科科長、副院長に就任した。2021年からは医療法人社団松和会 池上総合病院で病院長として勤務している。

コロナ禍での就任——「暗中模索」の日々

未曾有のウイルスとの戦いから始まった病院長生活

編集部編集部

病院長に就任された当初、どのような課題に直面されましたか。

繁田病院長繁田病院長

私が病院長になったのは2021年4月、ちょうど新型コロナの緊急事態宣言から1年という時期でした。流行の波はますます大きくなり、第4波、第5波へと向かっていく頃です。新しいウイルスの病態がはっきりわからない中、どう対応すればいいのか暗中模索の状態で、就任早々からスタッフには大きな負担をかけてしまいました。
この時に痛感したのが「情報の共有」の重要性です。方針を決めることは何とかできても、それを末端まで伝達すること、そして事業を継続することが大きな課題でした。そこで各部署を横断する会議体をすぐに立ち上げ、情報共有の場とすると同時に、そのまま意思決定機関としても機能させました。通常であれば幹部会や理事会を通す案件も、コロナ禍ではそんな悠長なことは言っていられなかったのです。
実際には院内でクラスターが発生し、スタッフも多く罹患してしまい、一時的に病棟を閉鎖せざるを得ない事態にもなりました。その病棟を守ってきた看護師たちには大きな負担となり、不満を抱いていた者もいたと思います。こうした決定をする時、リーダーには大きなエネルギーが必要です。私が大切にしたのは「客観性」と「嘘をつかないこと」。現状をありのまま伝え、なぜこの判断に至ったのかを正直に話すことを心がけました。

状況に応じて使い分ける——リーダーシップの在り方

10年以上かけて築いた地域連携が危機対応の土台に

編集部編集部

情報伝達を重要視されていたのですね。では、病院長として組織を率いるうえで、どのようなリーダーシップを意識されているのでしょうか。

繁田病院長繁田病院長

リーダーシップには大きく分けて、統制型と調整型があると思います。私は典型的な調整型で、各幹部の意見を聞いて持ち帰り、噛み砕いた上で方針を決め、また幹部に戻して…というプロセスを大切にしてきました。しかし、コロナ禍ではとてもそれでは間に合いませんでしたボトムアップで意見は受け取りつつも、必要なことはトップダウンで決断する。そう気持ちを切り替えて臨みました。この経験から学んだのは、どちらかに偏るのではなく、時と場所、環境に合わせて両方を使い分ける必要があるということです。多職種が協働する医療現場では、基本的には調整型で情報共有を大切にしながら、スピードが求められる場面ではトップダウンで判断する。ただしその際には、必ず理由をしっかり説明し、相手の納得を得られるよう努めています

「隠さない」という覚悟——医療安全への姿勢

病院機能評価で学んだガバナンスの本質

編集部編集部

混沌とした状況下なので、柔軟性がより一層必要とされたのでしょうね。組織運営の中で、転機となった出来事はありますか。

繁田病院長繁田病院長

病院内でのインシデントやアクシデントは、残念ながら日々起こり得るものです。報道でも医療事故の問題が取り上げられることがありますが、問題の本質は事故そのものだけでなく、「隠す」という姿勢にあると私は考えています。私個人としては、「嘘をつかない」ことが絶対だと思っています。何かあれば、包み隠さず患者さんやご家族に正直にお話しする。もちろん厳しいお叱りを受けることもありますし、許していただけることもあります。いずれにしても、隠したことが後になって発覚した場合、問題ははるかに大きくなってしまいます。判断に迷う場合——これが医療事故に当たるのかどうか難しいケースもあるのですが——そういう時は躊躇なく第三者機関に開示し、客観的な判断を仰ぐようにしています。大切なのは、起きたことから学ぶ姿勢です。一人ひとりのスタッフがそういう気持ちで医療に向き合ってくれるよう、この方針を貫いています。

30年で変わった医療現場——求められる誠実さ

大学病院特有の難しさ——人事権なき組織運営

編集部編集部

先生自身「嘘をつかない」ことをずっと大事にされてきたとのことですが、医療を取り巻く環境は、どのように変化してきたと感じますか。

繁田病院長繁田病院長

私が医師になったのは30数年前、バブルの終わり頃でした。当時は「お医者様」と呼ばれ、正直に言えば、かなり横柄な先生も多い時代でした。患者さんに癌を告げないことが当たり前だったこともあります。
しかし現在、そういった姿勢ではまったく通用しません。インフォームド・コンセント(説明と同意)が重視され、ある意味で患者さんの権利意識も高まっています。この変化の中で私が最も大切だと感じているのは、やはり「嘘をつかない」という姿勢です。何か起きた時、隠したいと思うのは人間として自然な感情です。しかし後になって発覚すれば、問題はさらに大きくなる。だからこそ、最初から正直に向き合うことを、組織全体の文化として根付かせたいと考えています。

地域の命を守る——ハイブリッド手術室とドクターカー

職員の声を聴く「病院長ホットライン」

編集部編集部

医療を取り巻く環境も大きく変化してきたのですね。新たな設備投資にも積極的に取り組まれていると伺いましたが、そのことについてお伺いしても良いでしょうか。

繁田病院長繁田病院長

4年ほど前から、心臓血管外科と循環器内科に非常にアクティブな先生方をお迎えし、当院の診療体制は大きく変わりました。静脈瘤の手術では東京都内で最多の症例数となり、大動脈弁に関する治療でも都内で3番目に多い施設となっています。
こうした重症患者さんの治療をより安全に行うため、現在「ハイブリッド手術室」の整備を進めています。手術室内で直接血管造影ができる設備で、2025年1月中旬から本格稼働の予定です。
また、心臓や血管の疾患は一刻を争う場合が多いため、当院では以前から医師が同乗して患者さんを迎えに行く「ドクターカー」を運用してきました。しかし10年以上使用して老朽化が進んだため、更新が必要になりました。医療経済が厳しい中、クラウドファンディングで地域の皆さんにご支援をお願いしたところ、目標の1,500万円を大きく超えるご支援をいただきました。おかげで車両本体だけでなく、車内に設置する医療機器の購入にも手が届きそうです。先日納車式を終え、まもなく運用を開始します。

「切れ目のない医療」で地域を支える

次世代医療の鍵は「タスクシフト」

編集部編集部

医療が進歩し医療の常識も変わりつつある今ですが、今後、病院としてどのような方向を目指されますか。

繁田病院長繁田病院長

当院はケアミックス病院として、急性期から回復期、療養まで一貫して診る体制を持っています。私が病院長に就任してから掲げているミッションは「切れ目のない医療で地域の生活を支える」ということです。近隣にお住まいの患者さんからは、「年齢とともに病気が変わっても、一つの病院でずっと診てもらいたい」という声を多くいただきます。健診センターでの予防から、付属クリニックでの日常的な診療、急性期の治療、そして回復後のケアまで——そうした切れ目のない医療を実現したいと考えています。
また、大田区内の総合病院同士でアライアンス(連携体制)を構築する話も進められています。それぞれの病院の強みを活かし、弱い部分は補い合う。高齢化が進む中、施設との連携も重要です。独居の方が増え、退院後に帰る家がないケースも多くなっています。病院だけで完結するのではなく、地域全体で患者さんの生活を支えていく仕組みが必要だと感じています。

若い医師へ——2つの問いかけ

コロナ禍で経験した苦悩と葛藤

編集部編集部

組織を率いる立場を目指す若い医師へ、メッセージをお願いします。

繁田病院長繁田病院長

私の場合、病院長に就任する際に地域の医療需要を分析し、今後の予想を自分なりに立てて臨みました。もちろんコロナ禍のように予想を大きく外れることもありますし、思い通りに進まないことは多く経験します。それでも、「このような病院を目指していこう」というビジョンを、機会があるごとに表明し続けることが、組織の一体感を生むために重要だと感じています。
以前、ある先生から「私たちは地域に必要とされているのか、常に自問しています」という言葉をいただき、ハッとしました。私たちはよく「自分の家族を安心して入院させられるか」という問いかけをします。これは安全や信頼の指標になりますが、「地域に必要とされているか」というのは、それとはまた別の厳しい問いかけです。
今後、病院を率いていく皆さんには、この2つの問いかけに立ち返りながら、病院だけでなく地域全体を俯瞰する視点を持っていただきたい。私自身もまだまだできていませんが、これからも努力を続けていきたいと思っています。

編集部まとめ

編集部まとめ

「嘘をつかない」という繁田病院長が繰り返し口にしたこの言葉は、シンプルでありながら、医療現場で実践するには相当の覚悟が必要なものです。コロナ禍という未曽有の危機の中で病院長に就任し、クラスター発生や病棟閉鎖という厳しい局面を乗り越えてこられた背景には、この揺るぎない信念を感じました。ドクターカーのクラウドファンディング成功やハイブリッド手術室の整備など、地域の期待に応え続ける池上総合病院。その根底にあるのは、「地域に必要とされているか」を常に問い続ける謙虚な姿勢でした。

この記事の監修医師