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血液がん治療を塗り替える—CAR-Tで “治るを目指す”時代(1/2ページ)

 公開日:2025/08/04
血液がん治療を塗り替える—CAR‑Tで “治るを目指す”時代

白血病などの血液がんは、かつて“治らない病”とされてきました。しかし近年、遺伝子治療の一種である「CAR-T細胞療法」の登場により、再発・難治例にも持続的な寛解が期待される時代が到来しています。順天堂医院血液内科では、無菌病棟の整備や研究体制の強化を通じて、国内外から多くの患者を受け入れ、治療成績を大きく伸ばしています。今回は順天堂大学医学部附属順天堂医院血液内科教授の安藤美樹医師に、治療の進歩と研究の現場について詳しく伺いました。

桑鶴 良平

監修医師
桑鶴 良平(順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス推進講座・放射線診断学講座特任教授、前順天堂医院長)

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順天堂大学大学院卒業、造影剤の開発と副作用の研究に従事するとともに、画像診断、カテーテル治療、データベース研究を行う。特に、腎血管筋脂肪腫や子宮筋腫のカテーテル治療を多数施行している。データベース研究では、順天堂医院、順天堂静岡病院、順天堂浦安病院、順天堂練馬病院のデータを集積し日本のデータベース研究の推進を行っている。

安藤 美樹

監修医師
安藤 美樹(順天堂大学大学院医学研究科 血液内科学 主任教授)

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順天堂大学血液内科入局後、進行期NK細胞リンパ腫に対する新規治療法の開発をテーマに基礎研究を開始。2005年医学博士取得。2011年より米国ベイラー医科大学でMalcolm K. Brenner教授の博士研究員となり、自殺遺伝子iCaspase9(iC9)によるアポトーシス誘導システムを応用したがん治療の開発に携わる。帰国後は東京大学医科学研究所中内啓光教授のもと、iPS細胞由来CTL療法におけるiC9安全システムを構築。2015年4月より日本学術振興会特別研究員(RPD)、2016年4月より順天堂大学輸血・幹細胞制御学准教授。ウイルス関連腫瘍に対する、iPS細胞由来若返りCTL療法の非臨床試験を開始。2017年12月より順天堂大学医学部血液学講座准教授として研究継続。2021年10月より順天堂大学大学院医学研究科血液内科学主任教授。2025年4月より院長補佐。

若手教授が無菌病棟を刷新――血液内科の“攻め”の体制づくり

若手教授が無菌病棟を刷新――血液内科の“攻め”の体制づくり

編集部編集部

まず、桑鶴院長から安藤教授についてご紹介いただけますか?

桑鶴院長桑鶴院長(インタビュー当時)

安藤教授には、若手ながら血液内科を力強く牽引していただいております。何より、無菌室・無菌病棟を整備したことで、重症患者にも踏み込んだ治療が可能となりました。特にCAR-T療法に秀でており、その実績は全国に知れ渡っています。患者紹介が増えるだけでなく、臨床だけにとどまらず若手医師や大学院生と連携した研究にも精力的です。

最近では、順天堂では初めてとなるファーストインヒューマンの第Ⅰ相臨床試験(子宮頸がん対象)が2025年1月に開始されました。これは始まりにすぎず、今後はほかの疾患などにも広がると期待しております。本日はそのあたりをぜひ伺えればと思います。

編集部編集部

急性白血病・悪性リンパ腫・多発性骨髄腫に代表される血液腫瘍とは何か、簡単にご説明いただけますか?

安藤美樹医師安藤教授

血液がんの中で最も多いのは悪性リンパ腫です。血液がんは大腸がんや肺がんといった固形がんと異なり、薬剤が非常に効きやすい特徴があります。高齢化に伴い患者数は増えていますが、治療法も著しく進歩しており、多くの方が外来通院を続けながら社会復帰されています。新薬が次々に登場しているため、再発しても、治療を継続しながら長期にわたり日常生活を送る患者さんが増えています。

ほかにも、グレードの高い無菌室27床の整備により、白血病患者の受け入れ数も大幅に増えました。それに伴い移植件数も伸びています。当科では血液疾患全体を幅広く診療しておりますが、悪性腫瘍においては、多くの移植治療も無菌室でおこなっています。

また、臍帯血バンク・骨髄バンク・兄弟間移植はもちろん、ハプロ移植(親子間など)まで、すべての造血幹細胞移植が可能です。若手医師には移植専門施設で研修を積んでもらい、臨床に反映させる体制も整えています。

以前は難治とされた白血病、リンパ腫、多発性骨髄腫も、CAR-T療法の登場などで治療成績が大幅に向上しました。当科は国内外の治験にも積極的に参加しており、その信頼から多くの患者さんに来院いただいています。今後、治療成績はさらに向上すると確信しています。

桑鶴院長桑鶴院長

無菌病床の稼働率は常に80%超、今週は90%を上回っています。極めて有効に活用していただいていると感じています。

稼働率90%を維持する無菌室マネジメント――附属病院連携の舞台裏

稼働率90%を維持する無菌室マネジメント――附属病院連携の舞台裏

編集部編集部

素朴な疑問ですが、無菌室を導入・運用するのは難しいのでしょうか?

安藤美樹医師安藤教授

無菌室は確かに有用ですが、高い稼働率を維持するのは簡単ではありません。造血幹細胞移植は日程が厳密に決まっているため、前後の数日間で空室が生じてもほかの患者さんが入院できない場合があります。そこでアイデアを出し合い、医局員が全員参加する附属病院連携会議を毎月開催して、患者さんの治療方針の相談と人材交流のシステムを構築しました。この仕組みが功を奏し、紹介患者さんも増えて、無菌室の稼働率は改善しました。

桑鶴院長桑鶴院長

私も病棟を視察しましたが、病棟担当医と看護師、メディカルスタッフが協力し、適切に患者さんを無菌室・一般病棟・ICUへ振り分けているのが印象的でした。院外からの重症患者も受け入れるため、一定の余裕を持たせつつ病棟を回転させる工夫が機能していますね。

安藤美樹医師安藤教授

当科は医局の雰囲気もよく、ベテランの先生方も病棟運営に積極的に協力してくださいます。私たちも退院の見込みが立つ患者さんと入院を待つ方々の情報を密に共有し、適切なタイミングで入退院できるよう努めています。このような小さな積み重ねが着実に成果につながっていると感じています。

CAR-T細胞療法の原理と威力――抗体療法の壁を破る“持続寛解”

CAR-T細胞療法の原理と威力――抗体療法の壁を破る“持続寛解”

編集部編集部

CAR-T療法について、ご説明いただけますでしょうか?

安藤美樹医師安藤教授

そうですね。CAR‑T療法は遺伝子治療に分類されます。抗体を産生する B細胞と、ウイルスやがん細胞を攻撃する T細胞、この B細胞とT細胞の特性を組み合わせたものがキメラ抗原受容体 T細胞(CAR-T)です。具体的には、B細胞受容体と T細胞受容体を人工的に合成した遺伝子を、患者さんの末梢血から採取した T細胞に導入し、細胞加工施設で増殖させたうえで再び体内へ投与します。

難しく感じられるかもしれませんが、こうした遺伝子治療が登場した背景には、従来の抗体療法の限界があります。抗体療法は固形がんやリンパ腫に用いられてきましたが、がん細胞が目印となる抗原を隠してしまうと効果が落ちてしまいます。

一方、CAR-T細胞は抗原発現が低下した場合でも強力に認識でき、従来治療の不足を補う人工遺伝子合成 T細胞と言えます。受容体は人工ですが、T細胞自体は患者さん由来で、抗原を強力に認識してシグナルを伝え、大量のサイトカインを放出して腫瘍を排除します。そのため効果は抗体療法より強力かつ持続性が高く、持続寛解が得られれば治療を要さない期間が長く続きます。

これは患者さんとご家族にとって非常に大きな意義があります。皆さん安心した表情で外来に通われます。

編集部編集部

なるほど、患者さんにとって大きな救いになりますね。

安藤美樹医師安藤教授

薬価は高額ですが、長期間治療を受けずに済むようになれば、医療経済的にも利点があるかもしれません。そこはまだ結論が出ていませんが。

編集部編集部

今、外来のお話が出ましたが、順天堂医院血液内科の外来にはどのような特色がありますか?

安藤美樹医師安藤教授

満床時を除き、特定の病気だからお断りするということはほぼなく、可能な限りすべての血液疾患を自分たちで診療する点が特色です。

編集部編集部

外来で診る疾患の傾向は変わっていますか?

安藤美樹医師安藤教授

はい。数年前に高齢者の急性骨髄性白血病向けに優れた治療薬が登場し、以前は緩和治療に移行していた高齢の患者さんも積極的に治療を受けるようになりました。

白血病に限らず、リンパ腫や多発性骨髄腫でも、以前は緩和ケアが中心だった方々が長期に外来通院できるようになったため、腫瘍性疾患の外来患者数が大幅に増えています。もちろん、血小板異常や貧血、多血、凝固異常など非腫瘍性疾患の患者さんも多く受診されています。

編集部編集部

白血病治療が改善したのは経口薬の影響でしょうか?

安藤美樹医師安藤教授

この薬の登場で急性骨髄性白血病の治療は大きく変わり、高齢の患者さんも治療を受けられるようになりました。

婦人科連携が生む橋渡し治験——子宮頸がん第Ⅰ相への道

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