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災害時に発揮された漢方医学の力 医師が被災地で経験したその有効性

 公開日:2024/08/04
災害時にこそ光った漢方医学の力 医師が被災地で経験した漢方医学の有効性

東日本大震災が発生したとき、災害の被災地では漢方医学が被災者の救助に対し、大きく貢献した(※)ことを知っていますか? 鍼治療、マッサージ、漢方などは被災者の身体的・精神的な苦痛を減らし、復興への歩みを進める原動力になったのです。災害被災地における漢方医学の有効性について、あゆみ野クリニックの岩崎先生に教えていただきました。

※東日本大震災における東洋医学による医療活動
http://www.ctc.med.tohoku.ac.jp/

岩崎 鋼

監修医師
岩崎 鋼(あゆみ野クリニック)

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宮城県石巻市あゆみ野クリニック院長。体調に合わせた保険診療内での煎じ薬治療を実践。元東北大学附属病院漢方内科臨床教授。元日本東洋医学会東北地区専門医制度委員長。元日本老年医学会評議員。東北大学医学部出身、老年内科で医学博士取得。その後漢方内科に移籍。

漢方医学を用いた、災害被災地での医療支援

漢方医学を用いた、災害被災地での医療支援

編集部編集部

東日本大震災が発生したとき、被災地では漢方医学が活用したと聞きました。

岩崎 鋼先生岩崎先生

実は私自身、当時東北大学漢方内科の准教授を務めていましたが、漢方が災害医療に役立つなどとは夢にも思いませんでした。東北大学が沿岸津波被災地に派遣した医療救護班第一便のバスに飛び乗る直前、突然私の頭に「葛根湯(かっこんとう)など風邪の漢方薬や、五苓散(ごれいさん)など下痢の漢方薬はきっと有効だ」とひらめいたのです。それでバスに乗る直前、東北大学病院前にあり、いつも漢方内科の処方箋を一番多く受けてくれる薬局さんに入って、「悪いけれどこれから被災地に行くからもらっていくよ」と言って、葛根湯や五苓散など、急性疾患に使えそうな漢方薬を棚から鞄にごっそり詰め込みました。もちろんその時の薬代は後から請求書が来まして、私が自分で支払っていますが、ああいう時はなんでも「臨機応変」でやるしかありませんでした。

編集部編集部

なぜ、被災地で漢方医学を活用したのですか?

岩崎 鋼先生岩崎先生

たぶん風邪や胃腸炎が流行るだろうから、「とりあえずそういう病気に効く薬は使えるだろう」と思ったのです。私が参加した第一便は診療もしましたが、主な目的は状況把握でした。石巻赤十字病院から衛星を使ったテレビ電話で状況は伝えられてはいましたが、やはり自分たちで直接現地に行ってみなければ分からないので、まずは行ってみたわけです。

編集部編集部

現地を訪れてみて、まず、どんな状況に気づいたのですか?

岩崎 鋼先生岩崎先生

当たり前ですが、まず気づいたのは停電しているということでした。東北大学病院はかなり強力な自家発電装置を供えていたので、数日はそれで持ちこたえました。しかし、津波で流されてしまった現地では、一切電気が使えない。当然、我々が日頃当たり前に使っているほとんどの医療機器は使えません。電気がなくても使える医療機器というのは、手動の血圧計と体温計と聴診器ぐらいでした。心電図だろうとレントゲンだろうと採血検査の測定器だろうと、電気がなければ使えません。

編集部編集部

現代医学は立ち往生してしまうということですね。

岩崎 鋼先生岩崎先生

そうです。ところが、漢方医学では医師が患者さんの脈を触れたり舌を見たり、症状を聞いたりお腹を触ったりして、つまり自分の五感で得られる情報で診断します。なので、電気が要らないのです。これは、大きな発見でした。自分自身漢方医でありながら、まさに「目からうろこ」でした。

編集部編集部

具体的に、被災直後にはどのような健康問題が発生していたのですか?

岩崎 鋼先生岩崎先生

まず、その災害がいつ、何処で起きるかによって被災地の健康問題は変わります。東日本大震災は3月11日、非常に寒い春に、東北地方を中心に甚大な被害を生みました。ちなみに、今年の年初に起きた能登(石川県)の大地震も元日、つまり真冬に能登半島という寒冷地で起きています。一方、熊本大地震は4月14日に熊本で起きた、つまり春もたけなわの頃、熊本という温かい地方で起きています。いずれも何ヶ月から何年にもわたる健康被害を引き起こしましたが、当然寒冷地で冬に起きた震災と、春から夏にかけて温かい地方で起きた震災とでは、生じる健康被害も違います。

編集部編集部

震災が起きてからしばらくすると、健康問題も変化するのですか?

岩崎 鋼先生岩崎先生

はい。東日本大震災の時は被災直後には風邪、下痢などの感染症と低体温症が問題となり、2週間が経過した頃にはアレルギー症状が増加しました。さらに1ヶ月が経過すると精神症状や慢性疼痛などを訴える人が多くなりました。一方、熊本大地震の被害は夏の間も続いたために熱中症や脱水、食中毒など夏の感染症が起きています。

東日本大震災のとき、時系列でどのような治療が行われたのか?

東日本大震災のとき、時系列でどのような治療が行われたのか?

編集部編集部

東日本大震災の災害被災地では、具体的にどんな治療が行われたのですか?

岩崎 鋼先生岩崎先生

まず、被災直後には風邪や低体温症、胃腸炎などの症状を訴える人が多かったので、葛根湯、麻黄湯(まおうとう)、桂枝湯(けいしとう)など風邪やインフルエンザに使う漢方薬による治療が行われました。また、低体温となった症例には当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)と人参湯(にんじんとう)が用いられました。また、清潔な水が手に入らなければ下痢や嘔吐を伴う胃腸炎が起こります。それには経口補水液を使用しながら五苓散が処方されました。

編集部編集部

その後は?

岩崎 鋼先生岩崎先生

震災後2~4週間までの間は咳、咽頭痛、鼻汁、目のかゆみなどのアレルギー症状を訴える人が多かったので、小青竜湯(しょうせいりゅうとう)越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)が用いられました。その後8週間までには苛立ち、不安感、不眠などの精神症状を訴える人が増えました。これには抑肝散(よくかんさん)加味帰脾湯(かみきひとう)などを使いました。

編集部編集部

時期によって出現する症状が異なるのですね。

岩崎 鋼先生岩崎先生

風邪や胃腸炎、低体温症が問題になったのは、寒冷地でしかも低温が続いた3月、震災直後は避難所で暖房もなく、十分な毛布や布団なども不足し、また手を洗おうにも水道が使えなかったからです。その後にアレルギー症状が増えたのは、津波により運ばれた泥や土砂などが乾燥して空気中に粉塵として広がったことと、花粉症の時期が重なったことが原因として考えらえます。さらにそのあとは、長びく避難生活による疲れや不安、ストレスなどから精神症状を訴える人が多くなりました。

編集部編集部

健康問題は非常に多種多彩なのですね。

岩崎 鋼先生岩崎先生

はい。そのほか、便秘で苦しんだ被災者はたくさんいました。こういうときは「たかが便秘」ではありません。その便秘には麻子仁丸(ましにんがん)が非常に役立ちました。

編集部編集部

主に漢方薬が用いられたのですか?

岩崎 鋼先生岩崎先生

漢方薬のほか、たとえば長期の避難所生活によって体の痛みやこりなどを訴える人が増えたときには、マッサージや鍼治療などの物理療法を用いることもありました。能登の大地震の現場にも、たくさんの鍼灸師が入ってそういう施術を行っています。

編集部編集部

いろいろな治療法が用いられたのですね。

岩崎 鋼先生岩崎先生

はい。以前に起きた新潟中越地震などの経験から、避難所生活では深部静脈血栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)の発症リスクが高まることがわかっていました。これは心理的ストレスや水分の摂取制限のほか、足を折り曲げた姿勢を長く継続することが原因とされています。東日本大震災のとき、こうした病態を防ぐために鍼灸・マッサージが極めて有効であることが判明したのです。

漢方医学の有効性

漢方医学の有効性

編集部編集部

被災地の被災者支援において、漢方医学は有効なのですね。

岩崎 鋼先生岩崎先生

はい、漢方医学の源流である中国伝統医学には2000年の歴史があり、現在のように医療機器が十分そろっていない時代から人々を治療してきました。その治療で重要な役割を果たしていたのが、「四診」です。

編集部編集部

四診とはなんですか?

岩崎 鋼先生岩崎先生

「望診」「聞診」「問診」「切診」の4つのこと。望診とは動作や歩き方、顔色や表情、皮膚や爪、頭髪、唇など患者さんの様子を観察して情報を集めること。聞診とは患者さんの声、咳、呼吸音、腸の蠕動音などを聞くこと。問診とは患者さんから直接症状や経過などを聞き取ること。切診とは患者さんの体に直接触れ、脈をとったり、お腹を触れたり押したりして圧痛などを調べることをいいます。

編集部編集部

すべて、現代のように高度な医療機器を使わずにできることですか?

岩崎 鋼先生岩崎先生

はい。だからこそ、被災地では漢方医学が有効なのです。災害時の医療現場で行う診察や治療には限界がありますが、漢方薬を処方したり、鍼治療を行ったり、マッサージをしたりすることは十分可能です。そのことが、あの東日本大震災の時初めて判明し、それ以後の大きな災害では必ず漢方医や鍼灸師が現地に入って活躍するようになりました。実はそのことは中国で四川大地震が起きたとき、中医学が非常に有用だったという話として伝わっていましたが、我々日本の医療関係者はその情報に注目していませんでした。

編集部編集部

最後に、読者へのメッセージをお願いします。

岩崎 鋼先生岩崎先生

そもそも日本の漢方医学もその源流の中国伝統医学も最大の課題は疫病、つまり大流行する感染症でした。かつては疫病の原因すら分かっていませんでした。突然大流行する病気だから何か共通の原因で起きるのだろうということは分かっていましたが、それが何かと言うことは分からなかったのです。疫病の原因が細菌やウイルスだと分かってきたのは19世紀以降、とくにウイルスに至っては1938年、電子顕微鏡が発明されて初めて発見されたのです。原因が分からないのですから、患者の病状を詳細に観察し、その共通性を見いだし、また時間経過と共にどのように病状が変化していくかという法則性を発見して、それを基に治療をしたのです。この原理がまさに災害医療には役立つのです。

編集部まとめ

被災地支援には漢方医学が有効ということは、すでに過去の災害によって証明されています。地震などの災害が起きたとき、災害医療のスペシャリストとして現地に出向く災害医療派遣チームをDMATと呼びますが、現在はまだ、DMATに漢方医学の専門家は含まれていません。しかし近い将来、漢方医学の有効性が認められればDMATと漢方医学の連携が見られるようになるかもしれません。

医院情報

あゆみ野クリニック

あゆみ野クリニック
所在地 〒986-0850 宮城県石巻市あゆみ野2丁目14-1
アクセス JR「石巻あゆみ野」駅より徒歩1分
診療科目 漢方内科・老年内科・心療内科・一般内科

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