ジェンダー差別に苦しみ生きるのが辛かった「男か女でなく人として見てほしい」
LGBTQ+についての報道や支援の声がますます大きくなる昨今、私たちはどれだけ理解ができているでしょうか。今回はミスインターナショナルクイーン2024日本代表の土屋凜さんと、一般社団法人gid.jp日本性同一性障害と共に生きる人々の会(以下、一社)gid.jp)から代表理事の永沼利一さんと、臨床心理士の西野明樹さんをお招きし対談していただきました。それぞれがどのように自分の人生を生きるようになったのか、その中で直面した現実なども語っていただきました。
オピニオンリーダー:
土屋 凜(ミスインターナショナルクイーン2024・日本代表)
ミスインターナショナルクイーン2024・日本代表。日本人の父とフィリピン人の母の間に男児として生まれる。現在はトランスウーマンのインフルエンサーでありダンサーとしても活躍。これまで人種と性別による二重の差別に苦しんできたことから「世の中から差別を無くしたい」と同大会に出場し、日本代表に選出される。
支援者:
永沼 利一(一社)gid.jp・代表理事)
一社)gid.jp・代表理事
個人事業主(行政書士)。1985年生まれで東京都出身。10代後半に性同一性障害という存在を知り、ブログなどから情報を集め、20代前半から治療を受け始めた。2017年に一社)gid.jpの東京支部長就任し、2022年に同法人3代目の代表に就任。
医療者:
西野 明樹(公認心理師・臨床心理士・博士(心理学))
公認心理師・臨床心理士・博士(心理学)。一社)gid.jp・前代表理事。1980年代に女児として生まれる。10代で「性同一性障害」という言葉に出会い、それまで抱いていた「人とは違う」という感覚が性別違和によるものだと認識。大学在学中に性別移行を模索し始め、その後、同じ困難に悩む人々に寄り添いながら、臨床心理的援助活動や援助の質を高めるための研究活動などを行う。著書の「子どもの性同一性障害に向き合う~成長を見守り支えるための本」(日東書院本社)が高い評価を得ている。
「カミングアウトって難しい」殻に閉じこもるか、生きたいように生きるか
永沼さん
土屋さん、ミスインターナショナルクイーン日本大会2024のグランプリおめでとうございます。
土屋さん
ありがとうございます。ミスインターナショナルクイーンは、トランスウーマンのオピニオンリーダーを輩出する大会です。私はトランスウーマンだけでなく、日本とフィリピンのハーフとしての思いも発信したくて出場しましたが、まさかグランプリを取れるとは思っていなかったので自分でも驚いています。
西野さん
ハーフであることと性別、両方のマイノリティとしてのオピニオンリーダーなのですね。
土屋さん
そうですね。永沼さんが代表を務められている、一社)gid.jpはどんな会ですか?
永沼さん
主に性別に違和感を持つ人、私たちも当事者ですが、そういった人を支援する団体です。
当事者やその家族への支援や情報共有のほか、必要に応じて法的な相談に応じたり政府へ働きかけたりしています。
土屋さん
どういった思いで始められたのですか?
西野さん
活動を始めた当時は性別違和という言葉もなく、身体的性別と性自認が一致しない人は、社会から理解されない存在で、私自身も「自分だけがおかしいのでは?」という孤独を感じました。そこをなんとかしたいという思いが活動のきっかけです。
土屋さんは、いつから自分の性別違和感を自覚したのですか?
土屋さん
6歳くらいだったと思います。同い年の従姉妹のスカートが履きたいと思うようになり、8歳で憧れた相手が男の子だった時に、自分は人と違うのかなと思うようになりました。お二人はどうですか?
永沼さん
私の場合は、物心ついた頃からすでに自分の性別に違和感がありました。
西野さん
私も物心ついた頃から「いつか立ってトイレができるようになるのでは」と思っていました。それがあり得ない考えで、自分は男にはなれないと悩み始めたのは小学校5、6年の頃です。土屋さんはご自身の性別違和に気づいた時、誰かにお話ししましたか?
土屋さん
いじめられてしまうのではないかと思い、しばらくは話せませんでした。逆に男っぽい服装をして低い声を出すようにしていた時期がありました。
西野さん
私も隠そうとしました。スカートを履いたりお化粧をしてみたこともありましたね。
永沼さん
確かにそういう時期はありました。みんな通る道ですね。
西野さん
最初は誰にカミングアウトをしましたか?
土屋さん
母に女性として人生を歩みたいと泣きながら伝えました。最初は反対されてしまったので、家族と離れて一人暮らしをしながら仕事を見つけて自立しました。
西野さん
私も大学時代に父に話しましたが、頭がおかしいと言われて絶縁し、必死にアルバイトをして生きていた時期がありました。永沼さんは?
永沼さん
私は直接伝える勇気がなく、母に手紙を書きました。渡した直後、家にいるのが怖くて外出してしまったのですが、母から「すぐには受け入れられないけど、伝えるのに勇気がいったよね。頑張ったね」とメールがきました。あの日のことを思い出すと今でも涙が出ます。この人が母親で良かったなと思いました。私たちのコミュニティでは親との関係に悩んでいる人が本当に多いので、自分は恵まれていたと思います。
土屋さん
理解のあるお母様ですね。羨ましいです。
永沼さん
ありがとうございます。母に伝えておきます(笑)。土屋さんはお母様と離れた後どうされたのですか?
土屋さん
女性ホルモンの治療を早く受けたかったので治療費のためにお仕事をものすごく頑張りました。
母と仲直りをしたのは2年後くらいです。生きていて良かったと思いました。
西野さん
カミングアウトは1回で終わらないですよね。私自身も親や友達、同僚と何度も勇気を出して伝えて、否定されたり受け入れられなかったりした一方で、認めてくれる人や応援してくれる人もいて少しずつ生きやすくなりました。それまでは自分で勝手に諦めていた部分もありましたが、自分がアクションを起こすことでこんなに変わるんだと気づきました。親とも時間をかけて和解することができました。
永沼さん
カミングアウトはすごく難しいと思います。
土屋さん
難しいですが、シンプルでもありますよね。殻に閉じこもった自分でいるか、幸せな自分でいるか。自分の人生を生きるために、親と離れるという選択肢しかない時期もあるかもしれないですよね。
永沼さん
その通りですね。苦しい思いをして隠し続けるか、自分の生きたいように生きるか。これに尽きると思います。少しの勇気が必要ですが、やはり誰もが自分の人生を生きたいのではないでしょうか。
「自分で自分を差別していた」追い詰めていた当時の私に伝えたいこと
西野さん
カミングアウトした後、差別や偏見を感じることはありましたか?
土屋さん
すごくありました。私はフィリピンのハーフでもあるので、仕事上での差別も多く苦労しました。永沼さんはどうでしたか?
永沼さん
差別もありましたが、親しい友人からは意外と「分かっていたよ」「お前はそうだよな」と、あっさり受け入れてもらえて、今思うと「こんな自分は変だ」と決めつけていたのは自分自身だったような気がします。自分が自分を差別していました。
西野さん
日本の研究で、当事者の過半数が自殺企図や自殺未遂などの死に関わる危機を体験したという報告があります。私自身も死を選ぼうとした時期がありました。土屋さんはいかがですか?
土屋さん
私は死のうとしたことはありません。親からもらった命なので、そこは大切にしようと思っていました。日本では差別によるいじめは多いですか?
西野さん
以前に比べるとすごく改善されていますし少しずつ法律も変わってきました。ただ、頭で理解している人は増えても、本当の意味で受け入れている人はまだ少ないかもしれません。悪気のないちょっとした一言で傷つく当事者はまだ多いと思います。
永沼さん
履歴書や何かに登録するだけでも性別記入が必要なことが多く、システムもまだ変えきれていないと感じます。
西野さん
システムを変えていく時に起こりうる問題もあります。近年「身体的性別が女性(男性)でも、性自認が男性(女性)であれば男子(女子)トイレを使っていい」と認める動きと「それは嫌」「女性が安心して暮らす権利を脅かす」と反発する声の両方を感じます。こうした反発も「自分の使うトイレに当事者がいるかもしれない」と思ってくれているからで、当事者の存在が身近に認知され始めたからこそだと考えています。必要な議論ですから、当事者も「なんでダメなんだ!」と対抗せず、双方が共生していくために必要な化学変化として前向きに捉えることを提案したいと思います。お互いが歩み寄ることが大事ですよね。これが正解というものはありません。我々も「当事者」「当事者性のない周囲の人」「社会」三方に対して働きかけていきたいと思っています。土屋さんは苦しくなった時、どう対処していますか?
土屋さん
お仕事がショーパブなので、ダンスに打ち込むことでストレス発散をしています。ほかには、同じ境遇の人と話したり、先輩からのアドバイスが心の支えになったりしています。今日転んでも明日には立ち上がれるような自分になってきました。
西野さん
自分が安心していられるコミュニティや仲間は大事ですね。
永沼さんはコミュニティを作っている側ですが、どんな思いでやっているのですか?
永沼さん
私は体を治療しようと思った時、誰にも聞けずに1人で情報を集めるしかありませんでした。
でもある時、当事者と会う機会があり、なんの気兼ねもなく話ができました。思いが共有できてすごく安心できました。そういう場をほかの人にも提供したいと思って続けています。
西野さん
土屋さんがアライに求めることはありますか?
※アライ(Ally):LGBTQ+をはじめとする性的マイノリティの理解者を表す言葉。英語で「同盟」や「同志」を意味するAllianceが語源。
土屋さん
普通に接してほしいというだけですよね。
永沼さん
男か女かということでなく、人として見てもらえたらと思います。私は「仕事ではちょっと敬意を払われる立場にいるけれど、実は飲んだくれの人(笑)」それでいいんです。
土屋さん
「ここにいて良いんだ」と思えたらそれで充分ですよね。今苦しんでいるLGBTQ+の人も、自分を責めず幸せになる道を選んでほしいです。
永沼さん
人生には選択肢がたくさんありますからね。
西野さん
自分が幸せになれる道を選択してほしいですよね。今辛い思いをしている人も、いつか自信を持って「幸せです」と言える人生を歩んでほしいと思います。土屋さん、世界大会頑張ってください!
土屋さん
ありがとうございます!
結果につながるように全力を尽くしますので応援よろしくお願いします。今日はありがとうございました。
編集部まとめ
トランスジェンダー当事者でありながら、オピニオンリーダーの土屋さん、支援者の永沼さん、医療者の西野さん、それぞれの立場から、LGBTQ+とそれを受け入れる社会について語っていただきました。対談でもあったように正解はないのかもしれません。それでも考えること、議論することを放棄せず、誰もが安心して生きられる社会を目指せたらと思います。