嚥下障害のリハビリはどんなことをする? リハビリの内容と注意点を言語聴覚士が解説
加齢や脳の病気のあとに起こりやすい「嚥下障害」。嚥下障害になると栄養が摂れない、好きな食べ物が食べられないなどの問題が起こり、食事が苦痛になってしまいます。そのため、嚥下障害の方はリハビリをおこなうのですが、実際にどのようなことをしているのでしょうか。今回は、嚥下障害のリハビリや食事の注意点について、言語聴覚士の大井さんを取材しました。
監修言語聴覚士:
大井 純子(言語聴覚士)
目次 -INDEX-
嚥下障害とは? 症状と主な3つの原因を紹介
編集部
はじめに、嚥下障害とはどのような障害ですか?
大井さん
嚥下(えんげ)障害は、うまく飲み込めなくなる障害のことです。医療の現場では、飲みこむだけではなく、「食べ物を認識する」「口にとりこむ」段階の障害を含む、「摂食嚥下(せっしょくえんげ)障害」という意味で用いられる場合もあります。嚥下障害で問題になるのは、栄養が十分に摂れないことや、誤嚥(ごえん)です。誤嚥とは、食道に入るはずの飲食物が誤って気管に入ることで、誤嚥性肺炎(誤嚥が原因でなる肺炎)や窒息の原因になります。
編集部
嚥下障害ではどのような症状が出るのでしょうか?
大井さん
・食事中によくむせる
・食事以外の時間や夜間などによくむせる
・飲み込んだあとに、食べかすや薬が口の中に残る
・食事のあとに、がらがらした声になる、咳こむ
・飲み込みにくい食べ物がある
・よく痰がからむ
また、摂食嚥下障害では、「食べ物に興味関心を示さない」「食べ物を口につけても反応しない」などの症状も問題になります。
編集部
嚥下障害の原因について教えてください。
大井さん
・器質的原因
・機能的な原因
・心理的原因
編集部
それぞれの原因について詳しく教えてください。まずは器質的原因からお願いします。
大井さん
器質的原因は、口、のど、食道などの、嚥下するのに必要な器官の、形態的な異常によって、食べ物の通路が通りにくい状態になることです。具体的には口、のどにできた腫瘍の術後や炎症、歯の欠損、口蓋裂などが挙げられます。
編集部
機能的原因・心理的原因についてはいかがでしょうか?
大井さん
機能的原因は、神経や筋肉の働きの低下によるもので、代表的なものに脳卒中、パーキンソン病、筋ジストロフィー、脳性麻痺、薬剤の副作用などがあります。心理的原因は、言葉の通り精神疾患が原因によるもので、拒食症やうつ病、心身症などになると発症するタイプです。
編集部
嚥下障害は回復することができるのでしょうか?
大井さん
原因となる病気や年齢など、さまざまな要因によって異なります。脳卒中直後などで自然に回復する方、リハビリで改善する方、十分に改善しない方などさまざまです。もともとの病気が進行性の場合には、回復が難しいことも多くあります。リハビリで改善しなくても効果が見込まれる場合には、外科的手術を検討することもあります。
嚥下障害のリハビリ内容まとめ 食べ物を使った方法と使わない方法に分けられる?
編集部
嚥下障害に対するリハビリテーションでは何をするのでしょうか?
大井さん
嚥下障害に対するリハビリは、食べるための機能の維持や向上のためにおこない、「間接訓練」と「直接訓練」の2種類に分けられます。間接訓練とは食べ物を使わない訓練のことで、嚥下に関わる基礎的な力を向上させることが目的の訓練になります。全身の状態が整っていればどのような人にもおこなえます。直接訓練は食べ物を用いる訓練で、安全に飲み込む方法を身につけたり、食べること自体で飲み込む機能を改善させたりする目的でおこないます。
編集部
食べ物を使わないリハビリについて教えてください。
大井さん
・口の体操(舌や唇、顎の体操など)
・頭部挙上訓練(飲み込みに必要な首の前側の筋力トレーニング)
・のどのアイスマッサージと空嚥下(唾を飲み込む)
・呼吸訓練
・首のストレッチ
障害された部位の筋肉トレーニングにくわえて、飲み込みの反射が起きにくい場合には、のどの奥を冷たく刺激する「アイスマッサージ」などもおこないます。誤嚥した時にしっかり吐き出せるように呼吸練習も重要です。予防、改善などを目的に自宅でおこないたい人向けの嚥下リハビリ体操もあるので、気になる場合には調べてみてください。
編集部
食べ物を使うリハビリはどのような内容でしょうか?
大井さん
・食べ物の形態
・一口の量
・姿勢(ベッドのギャッジアップで上体を倒すなど)
・首の向き(首を左右に向けて食べる)
上記の項目を変えながら、最初はゼリーなどの飲み込みやすい形態から始めて、段階的に目標の食事に近づけていきます。
編集部
食べ物を使うリハビリの際、注意点があれば教えてください。
大井さん
・全身状態や呼吸状態が安定している
・意識がはっきりしている
・ある程度嚥下機能(飲み込みの機能)が保たれていて、工夫すれば食べられそう
編集部
食べられない時の栄養管理方法はどうするのでしょうか?
大井さん
・経静脈栄養法
・経腸栄養
経静脈栄養法は、消化機能が低下している際などに用いられ、血液中に水分や栄養を入れる方法です。経腸栄養は、鼻や口から入れたチューブを、食道や胃まで入れて、栄養を流し込む方法です。経鼻経管栄養(鼻から入れたチューブを胃まで入れて栄養を流し込む)、胃ろう(胃に孔を開けてお腹の外から挿入したチューブから栄養を流し込む)などがあります。どちらの栄養方法も、口から食べるのと並行できて、嚥下機能が改善して口から栄養が摂れるようになったら、チューブを取り外すことができます。
リハビリ・食事中の注意点を紹介 食べ物の大きさ・事前に知っておくべきこととは
編集部
嚥下障害のリハビリや食事で注意することはありますか?
大井さん
嚥下障害のリハビリや食事で注意するのは、口腔ケアや誤嚥です。口の中の衛生状態は、誤嚥性肺炎の発症リスクに大きく関係します。嚥下障害があると睡眠中に唾液を誤嚥しやすくなり、口腔内が汚れていると、誤嚥性肺炎の発症リスクが大きく高まります。そのため、食事のあとはもちろん、食事を食べていない方にとっても、定期的な口腔ケアが大切です。また、食べ物を用いた訓練や普段の食事では誤嚥のリスクがあります。窒息や誤嚥性肺炎を予防するためにも、全身状態や呼吸の変化、飲みこみの状況などをよく観察して誤嚥の兆候に気を配る必要があるのです。
編集部
食べ物の大きさはどのように選ぶのでしょうか?
大井さん
0. ゼリーやとろみ状
1. ゼリー状の嚥下食
2. なめらかなミキサー食やペースト食
3. ざらつきのあるミキサー食やペースト食
4. 舌でつぶせるやわらかさでまとまりやすい食事
5. 箸やスプーンで簡単に切れるやわらかさでまとまりやすい食事
番号が小さい方が一般的に飲み込みやすい食事で、重度の嚥下障害の方は段階0から始めることが多いのですが、事前の検査で飲み込みの機能が良いと判断されたら、もう少し上の段階からスタートすることもあります。
※参照:日本摂食嚥下リハビリテーション学会「嚥下調整食分類 2021」
https://www.jsdr.or.jp/wp-content/uploads/file/doc/classification2021-manual.pdf
編集部
飲み物にもとろみをつけると聞いたことがあるのですが、なぜでしょう?
大井さん
・薄いとろみ……スプーンを傾けるとすっと流れ落ちる
・中間のとろみ……スプーンを傾けるととろとろと流れる
・濃いとろみ……スプーンを傾けてもある程度性状が保たれ、流れにくい
重度の方は濃いとろみから始めて、段階的に薄いとろみ、とろみなしを目指します。
編集部
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
大井さん
嚥下障害はさまざまな原因で起こります。栄養状態や全身状態にも関わるので、症状が疑われたら医療機関を受診しましょう。リハビリテーションでは、飲み込みの機能の維持や向上などを目指して、その方に最適なプログラムを組みます。専門家に相談したうえで取り組まれるとよいでしょう。
編集部まとめ
嚥下障害になると、栄養不足や誤嚥が問題になります。気になる症状があれば、まずは医療機関を受診しましょう。治療や、適切な食事の形態、リハビリなどついても相談できるでしょう。