日本自傷リストカット支援協会の立ち上げ ~自傷行為に対する誤解や偏見をなくし、自傷に悩む方がいなくなる社会を目指して~
コロナ禍が長引く中、芸能人の自殺に関するニュースも多く報道され、若い世代や女性の自殺者が増加しているというデータもあります。またその中で、自殺未遂やリストカット等、自傷行為そのものも社会問題として再認識されるようになっているといいます。今回は、「自傷で悩む方がいない社会の構築」に寄与することを目的として、「日本自傷リストカット支援協会」を立ち上げた「きずときずあとのクリニック豊洲院」の村松先生に協会立ち上げの経緯や自傷行為の現状、リストカット経験者をとりまく環境について詳しく伺いました。
監修医師:
村松 英之(きずときずあとのクリニック)
自傷行為で悩む人たちの現状
編集部
まず、自傷行為で悩む人たちをとりまく環境や現状について詳しく教えてください。
村松先生
誤解されがちですが、自傷行為は決して特殊な人々だけが行う行為ではありません。調査によると、中高生のおよそ1割に自傷行為の経験が少なくとも1回はあることがわかっています。さらに、その1割の生徒の中の約6割が「自傷行為を10回以上経験したことがある」と答えています。
編集部
そんなに多くの人が自傷行為を行っているのですね。
村松先生
交通事故に遭うのは、全人口の0.2%程度といわれていますから、自傷行為を行う人がいかに多いかということが想像つくのではないかと思います。
編集部
私たちが考えているより多くの若者が自傷行為で悩んでいるという現実に驚きました。なぜ、自傷行為を行ってしまうのでしょうか?
村松先生
まずお話ししたいのが、自傷行為は決して自殺と同じものではないということです。つまり、自傷行為は自分の命を断つことを目的に行われるのではなく、反対に、生き延びることを目的として行われているということです。
編集部
それはどういうことでしょうか?
村松先生
自傷行為を行うことが多いのは、思春期である中高生と言われています。大人がストレスを抱えれば、タバコやお酒などいろいろな解消法がありますが、中高生はそうした手段を持つことが困難。そのため自傷行為に走ってしまうのです。なぜかというと、自傷行為を行うといわゆる脳内麻薬といわれる物質が分泌され、一瞬、ストレスが緩和されて気持ちが楽になるから。だから一度自傷行為を行った人は繰り返しやすくなり、また、SNSなどで「自傷行為を行うと気持ちが楽になる」ということを知った人は、自分も真似してみたくなるのです。
編集部
自傷行為に対する一般的なイメージと異なる印象を受けます。
村松先生
自傷行為をしたことがない人や、あまり知識を持っていない人は、これらの行為に対して「精神的な疾患を抱えている人やメンヘラの人がするもの」「アピール目的」「かまってちゃん」等の解釈をすることも少なくありません。でも考えてみれば、自傷行為は昔から存在していましたし、見方をかえれば体にピアスホールを開けたり、タトゥーを入れたりすることも自傷行為のひとつ。ストレスの多い社会においては、決して特別なものではないのです。
編集部
自傷行為に対する誤解や偏見をなくすには何が必要なのでしょうか?
村松先生
まずは、リストカットをはじめとする自傷行為に対する正しい知識を広く社会に啓蒙することが大事だと考えています。同時に、自傷行為との正しい関わり方や治療方法を広く普及させることで、自傷に対する誤解や偏見がなくなり、いずれは自傷行為で悩む人がいない社会へつながっていくのではないかと思います。
協会設立の背景と活動
編集部
協会設立に至った背景について教えてください。
村松先生
実は私も開業するまでは、リストカットや自傷行為をする患者さんに対して偏ったイメージを持っていました。かつて勤務していた救急外来でも、自傷行為をした患者さんが運ばれてくることがありましたが、「メンタルに問題がある人たち」という印象を持っていました。しかし開業すると、リストカットの傷跡に悩む患者さんが多くいらっしゃるようになったのです。フラクショナルレーザーによる治療を行っていたこともあって、「リストカットの傷跡を消したい」という患者さんも多く訪れるようになりました。
編集部
開業が大きな転機となったのですね。
村松先生
自傷行為を行った患者さんたちと接するうち、彼らは精神疾患を患っておらず、一般の人たちとなんにも変わりなく、むしろ、とてもいい人であることがわかったのです。なかには激しい性分の人もいましたが、ほとんどが“普通”の人で、自傷行為を繰り返してきたこと、そしてその傷跡に深く悩んでいました。
編集部
これまでの偏ったイメージが覆され、自傷行為を行う人は決して特別な人ではない、ということに気づかれたのですね。
村松先生
そうです。「傷跡をもっときれいに治してあげるために良い治療法はないだろうか」と研究するなかで、偶然、戻し植皮®術という治療法を発見。早速治療を行ったところ、患者さんから「傷跡がきれいになって、半袖が着られるようになりました」「堂々と外を歩けるようになりました」など、うれしい感想をいただくようになりました。そんななか、「もっと自傷の患者さんと向き合って、人生を取り戻すサポートをしたい」という思いが募り、今回の協会設立に至ったのです。
編集部
協会では、主にどのような活動をされているのでしょうか?
村松先生
大きく分けて4つのことを行っています。まずは、自傷行為に関する正しい認識を広く普及するための情報発信。それから、精神科、心療内科、形成外科、さらにメイクアップやアートメイクなど「コメディカル」との連携。また、傷跡を治療できる施設の情報提供や、自助グループの形成・支援活動も行っています。
編集部
「登録サポーター」を募集されていますが、その目的についても詳しく教えてください。
村松先生
協会のWEBサイトでは、登録サポーターを随時募集しています。これは、自傷行為の経験者や現在も自傷行為を行っている人に「登録サポーター」となっていただき、現在、自傷行為に悩んでいる人たちとつながっていただくというもの。自傷行為の経験者であれば、まさに今、自傷行為に悩んでいる人の気持ちがよくわかるでしょうし、体験談が何かの役に立つこともあるでしょう。「私も辛かったよ」「同じ気持ちだったよ」と共感してくれることは、大きな励ましになるかもしれません。現在は30〜40代の女性を中心に、40名近くの人たちが登録ボランティアとして協力してくださっていますが、これからもっとたくさんの人に参加していただきたいと考えています。
自傷に悩む人がいなくなる社会とは
編集部
村松先生が目指す社会とは、具体的にどのような社会でしょうか?
村松先生
自傷行為をする人がいない社会、また自傷という行為を選ばない社会を目指したいと考えています。仮に自傷行為をしたとしても、それはおかしいことではないし、誰にでも起きるものだということも、周囲の人に理解して欲しい。誤解や偏見など誤った認識を持つ人々を減らすとともに、自傷行為をせずとも生きることができ、さらに、より良い人生を歩み続けられるような社会を作りたいと思います。
編集部
協会の今後の展望について教えてください。
村松先生
自傷行為で悩んでいたら、まずは日本自傷リストカット支援協会のWEBサイトにアクセスしていただき、そこでさまざまな情報を入手していただけるようになって欲しいです。WEBサイトには精神科や心療内科など、心の問題を相談できる専門機関や傷跡をきれいに治してくれる医療機関の紹介ページも現在作成中です。また先ほどお話ししたように自助グループや登録サポーターも大きな支えになるはずです。できる限り早く自傷から脱却してもらえるような一助になりたいと考えています。
※日本自傷リストカット支援協会
https://jswsa.jp/
編集部
最後に、読者へのメッセージがあればお願いいたします。
村松先生
何より大事なことは、自傷行為自体は決して特別なものではなく、誰にでも起こりうる、ということ。そのことを、多くの方に知っていただきたいと思います。自傷行為に悩んでいる方はぜひ一度、日本自傷リストカット支援協会のWEBサイトにアクセスしていただき、役立つ情報を入手して欲しいと思いますし、また、過去に悩んでいた方はサポーターとして協力していただきたい。自傷で悩む人や、自傷行為を誤った理解で捉える人をひとりでも減らすために、これからも協会の活動を進めていきたいと考えています。
編集部まとめ
「自傷行為と自殺はまったく意味が違う」ということは、意外と知られていませんし、多くの人が「自傷行為はメンタルを病んでいる人が行うものだ」という誤った認識を持っています。自傷行為のない社会を作るには、まず自傷行為に対する誤解を正すとともに、自傷行為に悩んでいる人たちが助けを求められる場を作ること。もし今、誰にも相談できず自傷行為に悩んでいる場合は、ぜひ、協会のWEBサイトを訪れてみてほしいと思います。