認知症の家族と接する際に配慮すべきコトとは? 覚えておきたい4段階の心証変化
今の日本では、65歳以上の約6人に1人が「認知症」有病者と言われています。この割合は今後、寿命が延びることによって“高くなっていく”と思われます。そこで、認知症患者のいる世帯が当たり前になったときに備えて、介護する側の心構えを知っておきましょう。今回は「里村医院」の里村先生が、わかりやすく解説します。
監修医師:
里村 元(里村医院)
「一貫してブレない」妄想への向き合い方
編集部
認知症の人に対して、「否定から入らない」ということをよく聞きます。
里村先生
そうですね。認知症の症状で代表的なのは、“妄想”だと考えています。妄想の定義は「一貫してブレない考え」です。例えば、いったん「まだ朝食を食べていない」という妄想を抱えていたとしたら、他人が何を言ってもブレません。
編集部
それなのに、「さっき、食べたじゃない」という否定はダメということですね?
里村先生
そうですね。認知症患者さんの心理からすると、「食べていないのに、この人は『食べた』と言っている。もしかして、嘘つきなのでは?」と捉えます。誤解の多いところですが、認知症患者さんの“感情”は正常です。とくに、物事に対する「好き・嫌い」や「良い・悪い」という感情は最後まで残ります。嘘つきは「嫌い」ですし、嘘つきが身近にいることも「悪い」ことなので、ご家族であっても遠ざけようとしますよね。
編集部
なるほど。家族を自分の子どもだと理解していない場合もそうなのでしょうか?
里村先生
はい。そして、認知症患者さんは、「どうしてこの人は、嘘をついてまで自分を責めるの?」と考えはじめます。やがて、ご家族と敵対して自分の殻に閉じこもり、周囲からの刺激が少なくなり、ますます認知症を悪化させていくでしょう。この悪循環が、比較的多くみられるパターンですね。
編集部
認知症は「認知」にズレがあるだけで、生理反応は正常なのですか?
里村先生
そうなんです。ですから、ご家族には、上記のような妄想のメカニズムがあることをご理解いただきたいです。認知症患者さんにとっての「自分を責めてくる存在」にはならないようにしてください。悪い言い方かもしれませんが、「認知症の方の訴えを上手に受け流す」形で、ご本人の尊厳を守ってあげましょう。正面からぶつかり合うのはNGです。
家族側に起きる4段階の心証変化
編集部
「否定から入らない」の真意が、やっとわかってきました。
里村先生
認知症の人は自分をなかなか変えられない一方、健常者なら変えようと思えば変えられます。ぜひ、「ご家族の方が変えられる」という視点をもちましょう。具体的には、「さっき、食べたでしょ」ではなく、「ゴメン、忘れてた。食事の用意ができるまで、おせんべいでも食べていてね」です。
編集部
「ああ、この人は嘘つきじゃないな」と信頼してもらうわけですね?
里村先生
はい。健常者が「上」で認知症患者が「下」という対立構図からは、何も生まれません。上の位置にいる者が下の位置にいる者を説き伏せるなどという発想は、ひとまず封印してしまいましょう。加えて、第二段階として知っていただきたいのは、「認知症の人は、自分で物事をうまく処理できないことに、うすうす感づいている」ということです。自分の弱みをさらすことは、例えご家族の前であっても恥ずかしいと思います。
編集部
そこへつい、「さっき頼んだのに、まだできてないの!」と怒ってしまうと逆効果というわけですね。
里村先生
典型的なダメパターンですね。「オマエはノロマだ」と言われたら、誰でも傷付きますよ。しかも、うすうす感づいて、なんとかごまかそうとしているのに、ズバリ指摘されてしまうわけです。ですから、ご家族の期待値を「認知症前」に置くのはNGです。あくまで、今、頼んだらいつくらいにできるのかなという期待をしてください。
編集部
なるほど。ほかにも知っておいた方がいいことはありますか?
里村先生
認知症のご家族の心証には、4段階の変化があると言われています。「否定→怒り→割り切り→受容」です。第1段階の「否定」は、「まさか自分の親が認知症になるはずはない」というご家族側の自己否定です。そして「怒り」が、苦しい時期ピークですね。しかし、医療従事者や介護者から正しい情報を得られるにつれ、必ず「割り切り」ができてきます。そして最後が、全面的な「受容」です。妄想のメカニズムを知ることが、怒りのピークから割り切り以降へ速やかに移れるコツと言えるでしょう。
ケーススタディから学ぶ対処法
編集部
具体的なケーススタディについても知りたいです。
里村先生
わかりました。仮に、認知症患者さんが「お財布を盗まれた」と訴えていたとします。このとき、認知症患者さんはうすうす、「もしかしたら自分でなくしたかもかもしれない」ことに気づいている可能性があります。しかし、「お財布を盗まれた」と言っておけば、自分が責められることはないと考えるでしょう。いわば自己防衛反応なので、否定されると攻撃を受けたと反発してしまいます。ですから、ご家族の人は心当たりを中心に一緒に探してあげてください。ご本人が発見すると、なくしたことを人に非難されませんから、自尊心は守られます。
編集部
極端な例として、「自分の便を食べるような深刻なケース」も耳にしたことがあります。
里村先生
実際、そのようなケースもあります。認知症患者さんが気にしているのは、「お漏らしをして、人から非難されること」です。そこで最も単純な方法として、便を口に入れて、お漏らししなかったことにしようとするのです。必ずしも便を食べたかったわけではなく、人から怒られるのが嫌なんですね。この場合の解決方法は、お漏らしの防止です。総じて、尿を含めた“排せつの問題”が出てきたら、介護サービスや施設入所などの「外部の助け」が必要ですね。ご家族だけでの対策は難しいと思います。
編集部
あとは、徘徊(はいかい)なども問題になっていますよね?
里村先生
そうですね。おそらくご家族が、認知症患者さんにとって「居づらい環境」をつくりだしているのだと思われます。「嘘をつかれる」「強く指摘される」「信頼できない」などが原因として考えられますね。そこで認知症患者さんは、「自分が必要とされる本来の居場所」を探そうと家出するわけです。「居心地のいい場所で安心して暮らしたい」という正常な感情は、最後まで残ります。ですから、地域のケアマネージャーなどへ頻回に相談し、「居心地のいい環境」を整えてあげてください。
編集部
だいぶ方向性が整理されてきました。最後に、読者へのメッセージがあればお願いします。
里村先生
ぜひ、「認知症のご家族を何もなくとも褒める」という行動を取り入れましょう。ドーパミンという快楽ホルモンは、褒められた側にも褒めた側にも分泌されます。具体的な心当たりがなかったとしたら、「いつも、いてくれてありがとう」でも構いません。親が長生きしてくれると、実際に嬉しいですよね。その感謝の気持ちを忘れずに、いち早く怒りの段階から、平和な割り切りや受容の段階へ移行してください。
編集部まとめ
認知症患者でも、感情のような「人の心」は正常で、“嫌なことは嫌”なのですね。しかし、「妄想」によって、健常者との間に認知の差が生じます。それが、認知症の本質のようです。妄想を上手に受け流し、否定や指摘から入らず、「暮らしやすい環境づくり」に注力してみてください。嫌なことは、誰でも嫌なのですから。そして誰もが好きなことが、褒められるという行為です。
医院情報
所在地 | 〒331-0813 埼玉県さいたま市北区植竹町1-157 |
アクセス | 東武アーバンパークライン「北大宮駅」 徒歩6分 |
診療科目 | 内科、小児科、皮膚科 |