「うつ病は誰でもなり得る病気」心や体の強さとの関係を医師が解説
身体のタフネスと精神のタフネスは関係ないのでしょうか。トップアスリートの成績がメンタルで左右されることを考えると、全く無関係とも言えなさそうです。そこで今回は、フィジカルとメンタルの関係について「医療法人社団こころみ」理事長の大澤先生を取材しました。
監修医師:
大澤 亮太(医療法人社団こころみ)
「心や体が弱い」からうつ病になるわけではない
編集部
今回は、「うつ病」とフィジカルの関係について伺っていきたいと思います。
大澤先生
「うつ病は身体機能にかかわらず、誰でもなり得る病気」なのですが、うつ病に悩むアスリートも少なくありません。うつ病には「なりやすい気質」があって、アスリートの人たちにも通じるものがあります。例えば、「目の前のことに執着して黙々と取り組む」といった執着気質と呼ばれる性格ですね。
編集部
なるほど。「肉体が強い人ほど、うつ病になりやすい」かもしれないということですか?
大澤先生
そこまでは言いきれませんが、トレーニングをしている状況や完璧主義のような志向が、うつ病患者さんの環境と“結構”重なるということです。うつ病になりやすい傾向としては「執着気質」、「熱しやすく冷めにくい性格」、規則を尊重する「メランコリー親和型」というタイプなどです。どちらもいい部分の裏側として、融通が利かずに柔軟に対応できない側面があり、ストレスを内に抱えやすいと言われています。
編集部
では、「肉体が強くてもうつ病になる」となら言えそうですか?
大澤先生
肉体の強さとうつ病のなりやすさは本来、無関係です。海外ではプロアスリートにメンタルコーチがつくことは一般的ですが、メンタルによってパフォーマンスも大きく変わってきますので、肉体の強さと心の強さは別々のものです。成績と収入や将来が直結するアスリートは、ストレスやプレッシャーも相当のものですし、肉体が強くてもうつ病になることは、当然あります。
うつ病の原因とは
編集部
そもそも、「うつ病」という病気には診断基準がありますよね?
大澤先生
海外ではガイドラインを用いて症状から診断基準の項目に基づいて、画一的に診断をつけています。その一方で日本は、原因を重視するところがあって、「外因性」「内因性」「心因性」という原因を大きく分けて考えながら、うつ“状態”として治療を開始していることが多いですね。
編集部
3つの原因について、もう少し詳しくお願いします。
大澤先生
心因性は、様々な「ストレス」による心理的負荷が原因となっていることです。「外因性」は、外傷や身体の病気が脳の働きに影響している場合です。「内因性」は、性格傾向や物事の捉え方が要因として大きい場合です。これらの原因によって脳の機能異常が起きていることをうつ病と考えていますが、原因によって治療アプローチを変えていく傾向が、伝統的に日本の臨床医にはあると思います。
編集部
うつ病は、脳の病気なのでしょうか?
大澤先生
「脳のネットワークに異常をきたしている状態」だと考えられています。脳はたくさんの機能を担っていますが、様々な領域がネットワークを作っていて、非常に複雑な働きをしています。うつ病では何らかの脳のネットワーク異常が起こっていて、それによって症状が現れていると考えられています。
編集部
だとすると、うつ病の治療の目的は「ネットワークの回復」ですか?
大澤先生
症状がひどいときは、状態の回復が大切です。標準的な治療法としては、抗うつ剤による薬物療法になります。認知行動療法などの心理療法も知られていますが、あまりに調子が良くないときは、言葉の力では難しいことが一般的です。また近年は、「rTMS療法」という、磁気の力を介して、脳内にピンポイントで電気刺激をして神経の働きを調整する新しい治療もあります。
「うつ病」に限らず、心や体が疲れたら受診を
編集部
それにしても、うつ病の患者から「聞き取り」をおこなうって難しくないのですか?
大澤先生
患者さんの状態によっても様々です。症状が重たい人は、ゆっくり話さないと頭に入ってこない状態であることもあります。うつ病の症状によって本来の認知が歪んでしまいますので、ときには病気を正しく認識ないこともあります。そのため、「まずは自分のことを相談しても大丈夫そう」と思っていただく関係性づくりを大切にします。ちなみに、専門的には「ラポールの形成」と言います。
編集部
うつ病の治療に使用する薬は“強い”と聞いていて心配です。
大澤先生
うつ病に使われる抗うつ剤は、比較的安全性の高い薬も増えてきています。抗うつ剤は、慢性腰痛などの痛み止めや生理前に不安定な月経前不快気分障害、過敏性腸症候群などにも使われることがあります。もちろん、休養をとることで回復もしていくのですが、脳の機能異常がある場合は回復に時間がかかってしまいます。うつ病の症状がある場合や休養をとってもすぐに良くならない場合は、抗うつ剤の治療も検討いただいた方がいいと思います。
編集部
うつ病の一歩手前でも、受診はしていいのでしょうか?
大澤先生
もちろんです。いつもの自分と違うと感じたり、生活に支障があったりする場合は、一度ご相談いただくことをおすすめします。薬を服用するかも含めて、ご自身の選択ですから専門家にご相談ください。また、心療内科や精神科は、治療に相性も関係するところが大きいのです。相性がいい方が治療成績もいいというのは当たり前でもありますが、研究でも明らかにされています。相談して快方に向かいそうと思える医師と出会ったら、あまり名医探しをせずに信頼してご相談いただければと思います。
編集部
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
大澤先生
誰もが多少なりともストレスを抱えているでしょう。そのため、「いつもの自分と違うな」と感じたら、今は精神科の受診のハードルが低くなっていますので、お気軽にご相談ください。また、心の問題は周囲に隠してしまいがちです。どんなに健康そうな人や明るく生き生きした人でも、うつ病になる可能性があります。うつ病では視野が狭くなってしまい、ときには「死んだ方がいい」と思い至ってしまうこともあります。周囲がいつもとおかしいと感じることがあれば、ぜひ受診を勧めていただき、抵抗される場合は「私が心配だから相談してみてほしい」などと伝えていただきたいです。
編集部まとめ
うつ病は誰もがなり得る病気とのことで、「肉体が強ければうつ病にはならない」というわけではないということがわかりました。また、心の弱い人がうつ病になるというわけでもないことが分かりました。そもそも、「心や体の強さでうつ病になりやすいかを考えていること自体が、病気に対する偏見なのかもしれない」とのことで、改めて考えさせられました。「いつもと違う」と感じることがあれば、専門家にご相談いただくことが大切ですね。
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診療科目 | 心療内科、精神科 |