【体験談】「10万人に1人」の病と「数千人に1人」の病を乗り越えて
「網膜色素変性症」と「悪性黒色腫」、この2つの病名を聞いたことがある人はどのくらいいるでしょうか。今回話を聴かせてもらったのは、この2つの病を経験し、現在も視野狭窄と付き合いながら生活するMAKIさん(仮称)。目が見えにくくなり、視覚障害者向けの白杖を使用する生活でも、「以前より出歩くことは少なくなりましたが、毎日散歩には一人で出掛けています」と語ります。名前からはどんな病気なのかイメージしにくい網膜色素変性症と悪性黒色腫について、実際の体験談から教わっていきます。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2021年12月取材。
体験者プロフィール:
MAKIさん(仮称)
千葉県在住、1970年生まれ。妻と2人暮らしで、病気の発覚時は映像編集業務に管理職として従事していた。2008年5月に左目の見えづらさを感じたことから病院を受診し、網膜色素変性症の診断を受ける。2019年には皮膚科を受診したところ、右手親指の爪に悪性黒色腫の可能性を指摘される。徐々に進行する視野狭窄とも付き合いながら、現在も免疫療法を継続中。病気との日々についてもインスタグラムで発信中→@inajidas
記事監修医師:
後藤 和哉(京都大学医学部附属病院)
※先生は記事を監修した医師であり、闘病者の担当医ではありません。
記事監修医師:
和田 伊織
※先生は記事を監修した医師であり、闘病者の担当医ではありません。
「妻は私といて幸せなのか」精神的に不安定になったことも
編集部
網膜色素変性症と悪性黒色腫を発症されたそうですが、どのような病気なのですか?
MAKIさん
網膜色素変性症は視野が極端に狭くなっていく、両眼進行性で遺伝性の病気です。発症率は4000~8000人に1人程度で、現在も治療法が確立されていない難病になります。症状には個人差があるらしく、徐々に視野が狭まる視野狭窄、夜に目が見えにくくなる夜盲、光を異常にまぶしく感じる羞明などを伴います。悪性黒色腫は10万人に1~2人程度に発症する皮膚がんの一種です。日本人の場合は足の裏、手、爪などの皮膚に刺激を受けやすい所にできやすいそうです。私の場合も右手親指の爪に発症していました。
編集部
病気が発症したときのショックはやはり大きかったのでしょうか?
MAKIさん
2008年に網膜色素変性症を発症した時は、まだ見えづらさをあまり感じていなかったので実はピンと来ていませんでした。しかし、進行性の病で将来的に見えなくなるとわかったときには、仕事はどうするのか、何より妻にも負担をかけることが頭をよぎりました。自分と一緒にいて妻は幸せなのかと考えて、精神的に不安定になった時期もあります。
編集部
発症してから生活を変えたことはありますか?
MAKIさん
すぐに白杖を買いました。今までの自分とは変わってしまうことを認めることなので、最初は非常に勇気がいりました。今では、すっかり身体の一部だと思っていますけどね。それと視力が矯正で0.1にまで落ちたので、免許は返納しました。発症後は運転していなかったのですが、もう完全に運転はできないと思うと残念ですね。
編集部
2つの病の治療はどのように進められたのですか?
MAKIさん
網膜色素変性症は現代でも有効な治療法がないため、経過観察をするしかないと言われました。悪性黒色腫は手術で取り除くことには成功したのですが、手術の2年後に肺に転移がありました。現在はオプジーボという薬で免疫療法を行っていて、先日のCT検査で肺の影が消失したのでこのまま寛解(ここでは治療に反応してがんの徴候・症状が完全に消失すること。完治とは区別されている)してくれればと期待しています。
編集部
ご自身で治験にも参加を希望されたとのことですね。
MAKIさん
網膜色素変性症の発症初期は、名前は忘れたのですけど赤い薬を飲んでいたのですが、効果がなくてやめました。その後、大学病院で緑内障の目薬の治験で、網膜色素変性症への効果を確かめていると知りました。主治医に処方を頼んで、効果は微妙なところですが、今も継続して処方してもらっています。
生活で不自由さもあるが、助けてくれる人々に感謝
編集部
元々映像編集の仕事されていたそうですが、現在はどうされているのですか?
MAKIさん
網膜色素変性症の進行とともに、PCの画面がどれだけ工夫しても見えづらくなってきたので、今年退職しました。それでも同じ会社に再雇用していただき、今は社員の相談やサポート、アドバイザーのような仕事をさせてもらっています。
編集部
それまでは通常通りの業務をされていたのですか?
MAKIさん
そうですね。ただ、映像編集は無理なので、業務を変更して続けていました。悪性黒色腫で右手親指の爪がなくなり、2年経過しても痺れがあるなどの不便さもあります。そうした点をよく考えて、対応していただけたので、会社には本当に感謝しています。
編集部
闘病において奥様や会社の支えは大きかったのですね。
MAKIさん
妻からの支えはとても大きく、妻のおかげで頑張れるのだと思います。網膜色素変性症とわかった時は、重荷になりたくないので離婚を切り出したこともあります。もし別れていたら今頃どうなっていたかとゾッとします。また会社の同僚も気軽に「なんでも言ってね!」と言ってくれたので、気持ちが明るくなれました。
編集部
悪性黒色腫を見つけてくれた先生にはとても感謝しているそうですね。
MAKIさん
はい。もともと顔の吹き出物で受診したのに、手の異常を指摘してくださった先生には本当に感謝しかありません。全く手の親指のことなど話していないのに、そこを発見するとは、やはりプロだなと感じました。もちろんですが先生だけでなく、医療従事者の方全員に感謝しています。
身体の衰えは仕方がない、でも心はいつも健康に
編集部
現在もオプジーボを続けながらの生活ですが、普段の体調はどうですか?
MAKIさん
(夜盲や羞明があるため)網膜色素変性症では毎日時間帯によって見え方が違いますから、疲れるときは酷く疲れることがあります。「これ以上見えづらくならなければいいのだけど……」という不安は、常に持っています。悪性黒色腫の免疫療法の副作用は軽くて身体の調子は良いです。肺の影も消失して、嬉しい気持ちで過ごしています。
編集部
今後MAKIさんと同じように病で苦しむ人や、周囲の人に向けて伝えたい言葉はありますか?
MAKIさん
網膜色素変性症も悪性黒色腫も、よく知られた病ではないので意識されないのは当然だろうと思います。私から言えることは、仕事も遊びも若いうちから思い切りやってほしいということです。私も若いころは病気知らずで、仕事も遊びも全力でできたので幸せでした。
編集部
それでは最後に読者に向けてメッセージをお願いできますか?
MAKIさん
何でもない時は健康について考えもしないですが、いざ病気になると、身体だけでなく精神も病んでしまうことがあります。年齢と共に身体の衰えはあるので仕方がないですが、心はいつでも健康で過ごしてください。定期健診はしっかり受けるのが大事です。
編集部まとめ
網膜色素変性症は暗闇で見えにくい、視野が狭くなるなどの初期症状が見られます。ただし、視野障害は周辺から進み、一般的に病状の進行は緩徐であり、視力は末期まで保たれることが多いようです。QOL(生活の質)は残存視野によることが多く、最近ではメガネ型補助器具の開発・販売も行われていますので、気になる症状がありましたら早めの受診が大切になります。また悪性黒色腫は通常のほくろと見分けにくいですが、足の裏や手のひら、爪などの普段できない場所に、6㎜以上のまだらなほくろのようなものが出来たら要注意です。なお、6mmは一つの基準ですが、徐々に拡大することは異常なサインなので、次第に大きくなるほくろには早めに気がつくことが重要です。どちらも初期に対応することが大切な病気ですから、定期的な検診、セルフチェックを大事にしましょう。