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〜実録・闘病体験記〜 2つの難病、多発性硬化症と潰瘍性大腸炎を抱えながら強く生きる

公開日:2022/04/23  更新日:2022/04/22
〜実録・闘病体験記〜 2つの難病、多発性硬化症と潰瘍性大腸炎を抱えながら強く生きる

大学生のときに、根治治療ができない指定難病の多発性硬化症の診断を受け、就職活動にも影響したという池田竜太さん。現在では、所属している患者会「M-N Smile」のオンライン食事会や、難病を取り上げるメディアなどに出演をして、病気の認知、理解を広げるために活動をしているという。そんな池田竜太さんに、発症当時から現在について話を聞きました。

※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2022年1月取材。

池田竜太さん

体験者プロフィール
池田 竜太

プロフィールをもっと見る

東京在住。1993年生まれ。母親と祖父母の4人暮らし。趣味は食べ歩き。発症時は、大学生で就職活動が始まる直前。第一希望の企業にはインターンシップに行けずに断念。その後、新たに働きたい会社を見つけ内定をもらう。さまざまな活動を通して、難治性疾患を複数持っている人同士で話せる場を作ってみたいと思っている。

村上 友太

記事監修医師
村上 友太
※先生は記事を監修した医師であり、闘病者の担当医ではありません。

はじめは違う診断名を受ける

はじめは違う診断名を受ける

編集部編集部

病気が判明した経緯について教えてください。

池田竜太さん池田さん

2013年、成人の祝いとして旅行に連れて行ってもらっていました。旅行から帰ると、突然左足首が上に上がらなくなり、整形外科を受診したのです。このときは、飛行機の席が狭かったので、「腓骨神経麻痺」を起こしているとの診断でした。そのときは就職活動がはじまる直前でした。

編集部編集部

では、そこからどのようにして「多発性硬化症」が発覚するのですか?

池田竜太さん池田さん

最初の整形外科では「時間が経てば治る」との診断でしたが、1週間も経つと足首だけではなく、左足全体を持ち上げられなくなっていました。それから、セカンドオピニオンを受けて、はじめて多発性硬化症疑いとの診断を受けました。

編集部編集部

疑いということは確定ではなかったのですね。

池田竜太さん池田さん

そうですね。そこから父が多発性硬化症で有名な病院を探してくれました。「息子がこの病気かもしれない。検査をしてください。お願いします」と相談に行ってくれたのです。

編集部編集部

その病院で診断をもらえたということですか?

池田竜太さん池田さん

はい。転院をして、その病院で造影剤を使ったMRI検査を受けました。脳の炎症や出ている症状、またステロイドパルスがよく効いたこと、検査結果からみて、多発性硬化症の確定診断をされました。

病気の症状と治療方法

病気の症状と治療方法

編集部編集部

多発性硬化症とはどのような病気ですか?

池田竜太さん池田さん

多発性硬化症は自己免疫疾患です。自分の免疫が、本来守るはずの自分を攻撃してしまう病気で、「再発」と「寛解(症状が治まっている状態)」を繰り返します。再発を防ぐために薬を使います。一般的に使われているのは自己注射。現在は内服薬も出ていますが、患者の状態や個人の状態によって使えない薬もあるようです。

編集部編集部

多発性硬化症以外にも病気を患っていると聞きました。

池田竜太さん池田さん

はい。2018年11月頃、お腹を壊したので総合病院を受診しました。この時、血便が出まして、便器を真っ赤にしています。そこで消化器内科を受診するように言われ、現在通院している病院の消化器内科に受診し、精密検査を受けました。結果、「潰瘍性大腸炎」の確定診断となりました。

編集部編集部

どのように治療を進めていくと医師から説明がありましたか?

池田竜太さん池田さん

多発性硬化症に関しては、「症状が出ているときは入院をして、ステロイドパルス療法をおこない、症状が治まったら、アボネックスという自己注射をしてもらうことになる」と言われました。また「薬が効いて安定すれば、日常を普通に過ごせる」「もちろん再発した際は、適宜入院や通院をして治療する必要がある」とも。潰瘍性大腸炎については、「服薬を継続する必要がある」とのことでした。

編集部編集部

病気が判明したときの心境について教えてください。

池田竜太さん池田さん

「なぜ俺が。悪いことしていないのに……。人生これからなのに。意味がわからない」と。でも、検査を受けて病名がはっきりと分かったときは、安心しました。そして2つも難病を持ったときは「親父も潰瘍性大腸炎を患っているし、今後は悪化させないために気を付けていこう。絶対、治してやる」と前向きに、気合を入れました。

編集部編集部

潰瘍性大腸炎では、どのような流れで入院したのですか?

池田竜太さん池田さん

主に検査のための入院という形でした。この時人生で初めて身体にカメラを入れられています。

編集部編集部

お薬についても教えてください。

池田竜太さん池田さん

多発性硬化症で最初に使用していたのは、アボネックスです。アボネックスという注射は、週に一度の筋肉注射です。もう1つは、注射製剤のコパキソンという薬ですが、こちらは1日1回、皮下注射します。私が使用した注射製剤は以上の2つです。しかし、私はどちらも効果が弱かったので中止となりました。3つ目の薬として内服薬の、テクフィデラを使用しましたが、これもあまり効果がありませんでした。次に使用した薬は、今も使用している、タイサブリになります。タイサブリは点滴薬です。通常は4週間に1度ですが、進行性多巣性白質脳症(PML)の副作用が怖いため、薬の導入期間を終えてからは、副作用が出ていないとされる5週間に1度使っています。潰瘍性大腸炎はアサコールという飲み薬を毎食後飲んでいます。

病気が分かってからは身体を気遣うようになった

病気が分かってからは身体を気遣うようになった

編集部編集部

発症後、生活にどのような変化がありましたか?

池田竜太さん池田さん

それまでは、徹夜をする日もありましたが、体調を考えて、リズムの良い生活をするようになりました。睡眠時間は7時間取っています。栄養面も気にするようになりました。バランスの良い食事を心掛けて、アルコールを控えています。発症時は未成年だったため、アルコールは飲んでいませんでしたが、成人してからも飲み方には、気を付けています。

編集部編集部

治療中の心の支えはなんでしたか?

池田竜太さん池田さん

友人、恋人、家族です。自分がこんな状態になっても、以前と変わらない態度で接してくれました。すべてが変わらないというわけではありませんが、救われています。「身体、大丈夫?」や「無理してないか?」と聞いてくれるので、優しさを感じます。また入院したときは、毎日連絡をくれる恋人と会話をするだけで笑えていました。待っていてくれる人がいるだけで、心の支えとなっていました。またそれとは別に、同じ病気で友人になった人達も、入院のタイミングが重なると、会話が止まりません。

編集部編集部

闘病時期からすると、就職活動などはどうしたのですか?

池田竜太さん池田さん

就職活動は、応募企業や志望している業界等のインターンシップに参加してから、本選考に応募するのが、私たち世代の就職活動の流れでした。ですが、インターンシップに応募する時に入院と治療をしていたため、インターンシップには参加できず、第一志望であった会社は諦めざるをえませんでした。その他の企業でまだ選考をしている会社から、働きたい会社を見つけ応募したのです。やがて、無事内定をもらえました。

自身の経験を知ってもらって早期発見を希望

自身の経験を知ってもらって早期発見を希望

編集部編集部

もし昔の自分に声をかけられたら、どんな助言をしますか?

池田竜太さん池田さん

「もう少し食生活を考えようね」と言いたいです(笑)。「今後、新たに出会う人がたくさんいるよ。みんないい人ばかりだから大丈夫。気持ちを分かってくれる方ばかり。ご縁を大切にね」とも。

編集部編集部

現在の体調や生活などの様子について教えてください。

池田竜太さん池田さん

現在は、タイサブリのおかげか体調が安定しています。ただ先日、身体に不調を感じ、記憶力などが弱った状態でした。高次脳機能障害であるとわかり、障がい者手帳を取得しました。そういった制度があることに感謝しています。

編集部編集部

高次脳機能障害が生活に影響することは?

池田竜太さん池田さん

一応日々しなければならないことや、忘れてはならないことはメモを取ることでなんとか対処はできています。ときどき、歩行がおかしくなるときや、階段が怖いときがありますが、日常はなんとか送ることができています。

編集部編集部

あなたの病気を意識していない人に一言お願いします。

池田竜太さん池田さん

健康に見えても、そうでない人はたくさんいます。そのことを知ってください。

編集部編集部

医療従事者に望むことはありますか?

池田竜太さん池田さん

どうか根治方法を見つけてください。お願いします。こんな訳のわからない病気はいりません。ただ、主治医の先生にも看護師さんにも大変感謝しています。どうかお身体を壊さないようにしてください。

編集部編集部

最後に読者に向けてのメッセージをお願いします。

池田竜太さん池田さん

少しでも病気に対して認知や理解が広がれば、私としても嬉しい限りです。難病も300種類を超えており、その全てを理解するのは無理だと思います。これを読んでくれている方々の状況は、私にはわかりません。ただ、私に起きた状況が、いつ皆さんに起きてもおかしくないのです。その時、周りを見てください。きっと助けてくれる方々がいます。今の皆さんも周りを見ていただけると嬉しいです。今は、健康に日常が過ごせている人も、自分の身体に敏感になってください。処置が早ければなんとかなるはずです。こんな病気にならないでください。

編集部まとめ

池田竜太さんは、人生において就職活動という大切な時期に、病気の発覚や入退院をおこなっていたため、精神的にもつらい時期だったと思われます。しかし、現在では同じような病気で悩む方の力になれるように、さまざまな活動をされています。「病気や難病は、誰でも発症する可能性があるので自分をよく理解していることが大切。皆さんが健康でありますように」と話されていました。難病の診断を受けても頑張っている方がいて、共感や助け合いができる社会ができるといいですね。