~実録・闘病体験記~ 「乳房の全摘と再建手術の後に待っていた生活とは、ステージⅢの乳がん」
乳がんによって乳房の全摘手術を受けた場合、その後の選択肢は、「手術後そのままの形を保つ」、「乳房の形をほかの物質(人工物)で形成する」、「自分の体の他部位から生きた組織を胸に移植する」です。今回の体験者である正美さんは、生きた組織をほかの場所から移植する「腹直筋皮弁法」で手術を進めました。腹直筋は、よくシックスパックと呼ばれているお腹の真ん中にある筋肉です。この筋肉は、両端の2箇所で体にくっついているのですが、この付着部の片端だけを切り離して別の箇所にくっつけ、乳房の形を整える方法が腹直筋皮弁法です。傷跡はどの程度残ったのか、手術を受けたことによる仕事や生活への支障はあったのか。あまり耳にする機会の少ない“術後の暮らし”に焦点を当てたインタビューです。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2021年3月取材。
体験者プロフィール:
正美さん(仮称)
長野県在住、1973年生まれ。結婚し、夫と長男の3人暮らし。乳がんと診断されたのは2019年7月で、その後、左乳房の全摘と再建手術を受ける。現在、通院によるホルモン治療を受けつつ、罹患前と変わらないパート勤めが可能なまでに回復。また、主にインスタグラムで、がん復帰後の日常について発信している。
記事監修医師:
楯 直晃(宮本内科小児科医院 副院長)
※先生は記事を監修した医師であり、闘病者の担当医ではありません。
良性のしこりと思われた病変が、まさかの「がん」
編集部
最初に、乳がんと診断された経緯から伺わせてください。
正美さん
毎年、特定健診のお知らせが来るので、主要ながんの検診を積極的に受けていました。じつは、乳がん検診の結果として、「線維腺腫(せんいせんしゅ)」が見つかっていたのです。しかし、担当の医師から「悪い病気ではないので、様子を見ましょう」との説明を受けていたこともあり、すっかり安心しきっていました。
編集部
ところが、実際には乳がんだったと?
正美さん
はい。線維腺腫の診断が下された半年後くらいでしょうか。左乳房の形だけ変わってきたんですね。しかし、「悪い病気ではない」と言われたこともあり、「また、半年後に乳がん検診を受けるから、そのときに調べてもらおう」と考えていました。そしたら、翌年の特定健診で、線維腺腫ではなく乳がんの疑いがあると発覚したのです。
編集部
当時、痛みや違和感などの自覚はあったのでしょうか?
正美さん
とくになかったですね。ただ、父親をがんで亡くしており、姉もがんの手術を受けていました。なので、「がん家系なのかな」という認識はあり、特定健診を欠かさず受けるようにはしていました。
編集部
診断時、医師からはどのような説明を?
正美さん
正式な診断は、特定健診を受けたところとは別の病院でつきました。別途、針でおこなう組織の精密検査を受けることになったのです。なお、その病院では、精密検査の結果を自分から確認するという進め方でした。そこで約2週間後に電話したところ、「悪いものが見つかった」と知らされました。
摘出手術をしてから、真相が判明することもある
編集部
進行度としては、すでにステージⅢだったのですよね?
正美さん
そうですね。ただ、針生検での診断は、「ステージⅠかⅡくらいかもね」ということでした。カルテ上なら、2018年より前にはなんともなかったわけですから、最近になって生じた初期の乳がんだろうと。ただし、がんが細かく飛び散っている可能性があるため、主治医の判断で左乳房の全摘、そして再建手術を提案されました。どうしようか悩んだものの、手術すれば抗がん剤が不要ということもあり、全摘と再建で進めようと決めました。
編集部
ステージⅢが判明したのは、全摘手術後だったのですか?
正美さん
そうなります。がん組織が左ワキにも転移していたようです。てっきり初期のがんだと思っていましたし、結果として抗がん剤が“必要”とのことだったので、ショックでしたよね。また、やはり気になるのは薬の影響による脱毛で、なかなか受けいれることができませんでした。それから数日間は、なにも考えられなかったくらいです。
編集部
しかし、最終的には抗がん剤の治療を受ける決断をされたということですね?
正美さん
はい。夫から言われた、「どんな姿でも正美は正美、今までと変わらず好きでいられるよ」という一言が大きかったですね。夫はもともと、人に指図するようなことをしない性格です。にもかかわらず、抗がん剤治療を“熱心に”勧めてきたので、「そうするべきなのかな」と背中を押されました。
編集部
ちなみに、セカンドオピニオンは受けられましたか?
正美さん
受けていません。夫がいろいろと調べてくれたものの、近場に「抗がん剤なしで進められる病院」は見当たりませんでした。もし、長野県内にあったら、セカンドオピニオンを受けていたかもしれません。
編集部
話を少し戻します。乳房の再建手術についても伺わせてください。
正美さん
人工の乳房もあるようですが、私の場合は、腹部の生きた組織を移植する形で進めました。この方法のメリットとしては、見た目が自然な状態に近いので「喪失感が少ないこと」です。デメリットとしては、腹部の組織が血流不良などの問題で生着せず、移植した組織が死んでしまう「壊死(えし)の可能性があること」です。また、社会保険3割負担になるということで、やはり悩みましたよね。ちなみに、乳腺外科と形成外科の手術費用は別会計です。しかし、担当医から「今、人工の乳房を使った手術には問題が起きている」との説明があり、最終的に決心しました。※
※すべての人工の乳房を使用した手術に問題があるわけではありません。
編集部
治療時、気になったことはありましたか?
正美さん
得られる情報として、手術方法や病気の説明はたくさんあるものの、「傷跡は消えるのか」、「日常生活に支障は出ないのか」など、“手術後にどうなったのか”という話題が少なかったことです。医療従事者側だけではなく、一般人側に立った情報提供も必要だなと思い、この記事の趣旨に賛同しました。実際の生活や仕事のことって、患者からしか伝えられないですよね。
乳がん患者だったから言える「リアルな実態」
編集部
闘病体験者として最も伝えたいことは?
正美さん
いろいろありますが、乳房側の腕の動きや乳房の手術跡、組織を取った腹部の様子に絞ってみます。当然、腕が上がりにくくなりますが、その際「痛くなるまで動かしてはダメ」とする先生と、「痛くなるまで動かさないと機能障害が残る」と言う先生がいらっしゃいます。症状にもよるのでしょうが、“受ける指示は画一的でなく、その時々で異なる”ということを知っていただきたいですね。また、腕の違和感は出たり治まったりで、その状態がずっと続きます。
編集部
続けて、乳房や腹部のその後についてもお願いします。
正美さん
乳房の手術跡はどうしても残りますが、次第によくなります。私には帝王切開の跡があるのですが、それより目立たないくらいに回復しました。また、傷を隠す専用の医療テープというものがあります。一方の腹部については、筋肉の一部を失ったため、布団からベッド生活に移る必要がありました。寝起きがつらいですし、布団の上げ下げにも影響してくるからです。なお、現在は、寝起きに苦労しなくなってきています。
編集部
一般の人に向けて言うことがあるとしたら?
正美さん
闘病後の復職についてでしょうか。がんは2人に1人がかかる病気です。仮にすべてのがん患者さんが復職できないとしたら、日本の経済は回っていきませんよね。私の場合、幸いにも復職できたことで、むしろ気付かされるところがありました。病気に罪はないので、妊婦さんや障がい者の方への配慮と同様、“受け入れる気持ち、思いやる気持ち”をもっていただきたいです。そのためには、国の仕組みや制度を整えるというよりも、個人の意識が問われるのだと思います。
編集部
病気で、個人の人格や特性が大きく変わったわけではないと?
正美さん
身体能力的な制限は、もしかしたら生じるでしょう。そのとき、「もう、仕事に来なくていいですよ」なのか「この仕事ならできそうだね」なのかで、患者の人生が二分します。その判断をした会社の人事も“50%の確率”でがんになる計算ですから、他人事ではありません。誰もが一緒に働ける社会になることを願います。
編集部
医療従事者に対して望むことは?
正美さん
私の場合、やはり線維腺腫のいきさつが悔やまれます。もし、担当医のご家族が同じ状況だったら、どういう説明をして、どんな対処をされていたのか。それと同じことをしていただきたかったです。もちろん私にも過信はありましたが、医師から「1年一度は必ず検診受けてくだいね」と言われると、「この先も、ずっと大丈夫」と捉えてしまいます。しかし、実際には乳がんが進行していました。
編集部
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
正美さん
自分の体を一番よく知っているのは自分です。例え医師が「大丈夫です」と言ったとしても、自分で「おかしいな」と感じたら、自分の感覚を優先してみてはいかがでしょうか。とくにがんの場合、疲れやすさや体重減少といった症状が、予兆として表れやすい印象です。そのとき、たった一度の「大丈夫です」で楽観視せず、場合によっては他院の診断を“納得がいくまで”受けて続けてみてください。自分で大丈夫と確信したら後悔しないでしょうし、仮に治療を受けるとしても納得できていれば安心できます。
編集部まとめ
正美さんが伝えたかった“術後の生活”。闘病後に社会生活に復帰される方が増加している日本では「復職の受け皿」を整えていく必要があります。早期発見の大きなポイントは、寿命の延長した現代社会において、健康寿命を長くしていくこと。闘病しながら、または闘病後にも体の調子をみながら社会生活も無理なく送れるように努めていく必要があります。また、検査には100%の精度のものがありません。検査をする側・される側もこのことをしっかりと認識し、異常を感じたら相談する、再度検査をする、ということを徹底するべきでしょう。