黄斑(おうはん)疾患は投薬治療以外でも治せるの? レーザー治療は安全?
「イナガキ眼科」の稲垣先生によると、ヒトは、必ずしも網膜の全てでモノを見ていないそうです。むしろ、ごく一部の重要な網膜領域が視力を左右するとのこと。それが「黄斑」です。そんな黄斑を“壊さない”レーザーがあるというのですが、本当でしょうか。あるとしても、治療に効き目がないほど弱くはないのでしょうか。さまざまな疑問を投げかけてみました。
監修医師:
稲垣 圭司(イナガキ眼科 院長)
順天堂大学医学部卒業。聖路加国際病院眼科でフェローを経た後に順天堂大学医学部・大学院医学研究科眼科学修了。聖路加国際病院眼科にて、医局長や副医長などを歴任。2020年、千葉県浦安市に位置する「イナガキ眼科」の院長を父親より継承。レーザーを中心とした「安全で丁寧な手術」に努めている。医学博士。日本眼科学会眼科専門医。日本網膜硝子体学会会員。
視細胞のラミネートが剥がれるかのような黄斑浮腫
編集部
まず、よく耳にする「黄斑」ってなんですか?
稲垣先生
黄斑は、網膜の中でも特に視細胞が集中している部位のことです。黄斑“以外”の網膜には、「視界の隅」程度の情報しか映っていません。つまり、モノを意識して見るときには、視野の中で最も解像度のよい黄斑からの情報が欠かせません。また、難治性視力障害の多くは、黄斑の異常によるものが原因です。
編集部
黄斑疾患の典型症例はなんでしょう?
稲垣先生
レーザー治療の適応となる代表的な黄斑疾患は、「黄斑浮腫(おうはんふしゅ)」です。浮腫とは、“むくみ”のような症状のことです。眼の血管に出血があったり、毛細血管が詰まって血管にコブなどができたりすると、血液中の成分が網膜内にしみ出し、むくみが起こります。ほか、糖尿病が原因で起こる黄斑浮腫を、「糖尿病黄斑浮腫」と呼びます。
編集部
黄斑が浮きでてくると、ピントを合わせにくくなるということですか?
稲垣先生
そうですね。網膜は、カメラではフィルムに相当する場所です。フィルムが正しく機能しなければ、ピント合わせは難しくなり、モノのゆがみや視力低下につながります。「ピント合わせ」の原理というより、視細胞そのものがダメージを受けます。網膜は多層構造になっており、このうち視細胞が位置するのは外層です。その上を、ほかの層が覆っています。この層の間に血液成分や水分がたまると、浮腫を起こします。
編集部
なるほど。黄斑浮腫の自覚はあるのですか?
稲垣先生
かすみ目、視力の低下、視界のゆがみなどです。かすみ目、視力の低下は「白内障」、視界のゆがみは「ほかの黄斑疾患(加齢黄斑変性症、黄斑前膜など)」でも同様の症状が認められるものの、とくに糖尿病の方は、黄斑浮腫を疑ってみるべきです。いずれにしても、見え方がおかしくなったら、眼科で原因を調べましょう。
ファーストチョイスである投薬治療の問題点
編集部
黄斑浮腫は、眼底写真の「色の差」で判別するのですか?
稲垣先生
眼底写真の色調だけで黄斑浮腫があるかどうか判断することは難しいですね。また、眼底写真では、立体的に網膜の状態を評価することが難しいため、黄斑浮腫に気づけないことがあります。そのため、黄斑浮腫の有無を評価するためには、「眼底三次元画像解析(OCT)検査」をおこないます。OCTなら、網膜の層構造を詳細に評価できるために黄斑浮腫があるかどうか一目瞭然です。
編集部
自覚がない段階でも、治療の必要性はあるのでしょうか?
稲垣先生
病気としての浮腫が起きているものの、見え方の不都合を感じていない場合のことですね。自覚が伴うほど黄斑部近くまで浮腫が進行していくようであれば、早期にリスクを取り除いておいたほうがいいでしょう。
編集部
具体的な治療方法を教えてください。
稲垣先生
第一選択は、むくみの炎症を抑える「抗VEGF薬治療(硝子体内注射)」でしょう。ただし、年間で8回前後の注射が必要で、1施術あたり、保険の3割負担でも5万5000円前後します。また、薬に耐性ができており、治療に反応しない患者さんもいます。
編集部
つまり、別の選択肢があるわけですか?
稲垣先生
そこで眼科用レーザーを併用します。ただし、従来のレーザー方法でも、黄斑浮腫への効果は期待できますが、照射した範囲のレーザーによる網膜組織の熱破壊を伴うために、暗点の出現や視力低下などの合併症が生じる可能性がありました。その点、マイクロパルス閾値下(いきちか)レーザーは、「組織を壊さずに刺激する」ことで、合併症を起こさずに、同等の治療効果が得られます。
マイクロパルスレーザーは、なぜ効果的なのか
編集部
マイクロパルスレーザーについて、詳しく教えてください。
稲垣先生
従来のレーザーは、照射時間中に連続してレーザーが発振され、組織の温度を段階的に上昇させます。それに対してマイクロパルスは、レーザーのONとOFFを交互に繰り返すことで照射時間を短縮し、網膜色素上皮に限局して熱を伝えます。また、照射部位の温度上昇をコントロールし、組織破壊をもたらさないレーザーとされています。
編集部
自然治癒を促進する刺激療法のようなイメージでしょうか?
稲垣先生
傷んだ細胞を修復する「ヒートショックプロテイン」が活性化するという説もありますが、なぜマイクロパルス閾値下レーザーが黄斑浮腫に効くのか詳しい奏功機序はまだわかっていません。ただし、「効果がある」ことは、臨床結果から明らかになっています。
編集部
卵に例えると、従来のレーザーはもとに戻せない「ゆで卵」になってしまうが、マイクロパルスレーザーは「生卵」のまま治療ができるというイメージでしょうか?
稲垣先生
黄斑浮腫に対するマイクロパルスレーザーは、ゆで卵にならない、ギリギリの生卵状態をねらいます。このギリギリラインを「閾値(いきち)」といいます。黄斑浮腫へのマイクロパルスレーザーは、閾値より弱いエネルギーでレーザーをおこなうため、「マイクロパルス閾値下レーザー」と呼ばれています。他方、マイクロパルスレーザーはわずかに組織にダメージを与える閾値レーザーとしても使用されることがあります。例えば、血管にできたコブなどを網膜組織に影響を与えないようにピンポイントで照射する場合には、閾値下よりもエネルギーの強い閾値レーザーを使用します。
編集部
マイクロパルスレーザーの治療費についてもお願いします。
稲垣先生
1施術あたり、保険の3割負担だとして、約5万5000円です。抗VEGF治療単独を年8回おこなうと「44万円」。他方、マイクロパルスレーザーと抗VEGF治療5回の併用では「32万円」になります。もちろん細かな回数はケース・バイ・ケースですが、総じて治療効果を維持もしくは高めつつ、費用負担の軽減につながっています。
編集部
最後に、読者へのメッセージがあれば。
稲垣先生
黄斑浮腫を放置していると、視機能が低下してゆき、なおかつ元に戻せなくなるかもしれません。「注射が効かない」、「治療法がない」と言われた方は、マイクロパルスレーザーによる治療を再検討してみてください。ここ最近になって取り扱っている医療機関が多くなってきましたので、「黄斑浮腫 マイクロパルス」などで検索してみるといいでしょう。
編集部まとめ
網膜の層の間に水分などがしみこんで生じる黄斑浮腫。従来のレーザー治療は、その原因となる患部を熱で壊すことが目的でした。したがって、黄斑そのものを壊すリスクが内在していたようです。しかし、マイクロパルスレーザーなら、壊さない治療が可能とのこと。加えて、治療費の低減につながることも、大きなメリットです。
医院情報
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診療科目 | 眼科 |