マイクロパルスってほかのレーザー治療となにが違うの? 痛みが少ないって本当?
眼科のレーザー治療に対して、「痛い」というイメージをもっている方は少なくないでしょう。そこで昨今、話題になっているのが、「低侵襲レーザー」と呼ばれる医療機器です。現在、低侵襲レーザーは、糖尿病の眼合併症である視力低下、モノのゆがみを生じる黄斑浮腫(おうはんふしゅ)などの網膜疾患、緑内障治療などに幅広く用いられており、広く普及しつつあります。その一例として、「マイクロパルスレーザー」の仕組みや効果を、「イナガキ眼科」の稲垣先生に解説していただきました。
監修医師:
稲垣 圭司(イナガキ眼科 院長)
順天堂大学医学部卒業。聖路加国際病院眼科でフェローを経た後に順天堂大学医学部・大学院医学研究科眼科学修了。聖路加国際病院眼科にて、医局長や副医長などを歴任。2020年、千葉県浦安市に位置する「イナガキ眼科」の院長を父親より継承。レーザーを中心とした「安全で丁寧な手術」に努めている。医学博士。日本眼科学会眼科専門医。日本網膜硝子体学会会員。
「過ぎたるは及ばざるがごとし」 従来のレーザー
編集部
先生は目の治療に対して、「低侵襲レーザー」を用いていると伺いました。
稲垣先生
はい。「低侵襲」とは、「治療による影響が少ない」という意味です。具体的な名称でいうと、「マイクロパルスレーザー」という機器を導入しています。熱破壊を伴わず、痛みの少ないことが特徴です。
編集部
つまり、レーザーの「威力が弱い」と受け取っても構わないでしょうか?
稲垣先生
レーザーの威力は弱くても、「効果は十分」と言えます。どちらかというと、威力が強すぎて照射部の網膜組織がレーザーによる熱で破壊され、透明な網膜組織が白色に変化していました。レーザー治療で症状が改善したとしても、その後レーザーによる障害で視機能が低下してしまっては意味がありません。
編集部
他方、マイクロパルスレーザーの侵襲度が低い理由は?
稲垣先生
連続したレーザーではなく、“断続した細切れ”で照射できるからです。細切れにした分、時間当たりの照射量を少なくできますから、侵襲度は低くなります。当然、麻酔が切れた後に感じる痛みなども軽減することができます。
編集部
そもそも、眼科レーザーを用いているクリニックが少ない印象はあります。
稲垣先生
そうですね。ヒトは網膜の一部である「黄斑(おうはん)」で、主にモノを見ています。この黄斑をレーザーで壊してしまうと、視力が下がってしまうのです。このリスクが怖かったため、日本国内においては、レーザー治療よりも薬物療法が中心でした。
編集部
マイクロパルスレーザーの仕組みはわかりましたが、本当に治るのかどうか心配です。
稲垣先生
海外では四半世紀以上前から、マイクロパルスレーザーによる治療が積極的におこなわれていました。エビデンスも臨床例も、十分に積み重ねられています。一方、日本国内においては「黄斑の損傷リスク」という観点からか、遠ざけられていたようですね。しかし、「非破壊レーザーでも治せる」ことが周知されるにつれ、再び注目されています。
焼いたステーキは生の状態に戻せない
編集部
一般的なレーザーの用途は、主に目の組織を「切断」するものですか?
稲垣先生
従来のレーザーでも「切断」まで強い熱は網膜組織に与えませんが、熱で組織が破壊され白色に変化します。レーザー治療は、網膜内に水がたまったことによる“むくみ”、専門用語で言うと「浮腫(ふしゅ)」の場面で活躍します。レーザーの照射部では、破壊された網膜組織の酸素の消費が減少します。そして、酸素が網膜の内側に到達しやすくなり、酸素不足が解消されます。酸素不足が解消されると、黄斑浮腫の主な原因となる「血管内皮増殖因子(VEGF)」の眼内の産出が減少し、浮腫が改善するわけです。
編集部
一方のマイクロパルスレーザーは、熱で固めないんですよね?
稲垣先生
はい。熱で網膜組織を破壊しなくても、熱で刺激を与える程度で十分な治療効果を発揮すると考えています。実際に、多くの黄斑浮腫に対してマイクロパルスレーザーおこなってきましたが、従来のレーザー治療と比較して同等、もしくはそれ以上の浮腫改善、視力回復効果を報告してきました。
編集部
殺さずに「生かす」ようなイメージでしょうか?
稲垣先生
その通りです。組織は壊したら、元に戻りません。また、仮に浮腫が改善したとしても視力が戻るかどうかは別問題です。医師の自己満足で「浮腫をなくしました」と言ったところで、視力が改善されなかったら意味ないですよね。実際に、このようなケースは、従来のレーザー治療で散見されていました。
編集部
同じレーザーでも、従来のレーザーとは考え方が違うのですね。
稲垣先生
殺さずに生かす、壊すのではなく刺激する。それがマイクロパルスレーザー治療の基本的な考え方なので、施術時の痛みも劇的に低減されています。やけどを負わない程度の温泉に入っているようなイメージでしょうか。
網膜全体でモノを見ているわけではない
編集部
じつは、網膜の仕組みがよくわかっていません。
稲垣先生
カメラのフィルムに例えられる網膜は、10層構造でできています。いわゆるフィルムの部分は、網膜の外の層が相当します。他方、モノを見る視神経は、外側の層に沿って並んでいるのです。よって、層の間に浮腫が生じると、モノが見えづらくなります。
編集部
モノは「黄斑で見ている」ということでしたが?
稲垣先生
網膜の一部に視細胞の集まっている部分があり、これを「黄斑」と呼んでいます。ほかの網膜の部分で見ている部分は、一言で言うと「視界の隅」ですね。モノを意識的に見る視力の1.0とか1.2とかは、黄斑の働きを示しています。
編集部
なぜ、黄斑の疾患が多いのでしょう?
稲垣先生
多いと言うより、ほかの網膜の部分が異変を起こしても、視力低下などの患者さんの自覚症状として現れることが少なく、問題になることが少ないからです。黄斑に向かって拡大しつつある患部の治療は、優先しておこなう必要があります。
編集部
最後に、読者へのメッセージがあれば。
稲垣先生
今まで「レーザーを適用できない」、「お薬しか治療方法がない」と言われた方は、改めて、マイクロパルスレーザーでの治療を検討してみてください。
編集部まとめ
従来のレーザーが「実線(-)」だとしたら、マイクロパルスレーザーは「点線(・・・)」といえるでしょうか。線の濃さがそのまま熱量を表すといってもいいため、マイクロパルスレーザーは低侵襲で、痛みも少ないそうです。気になる効き目についても、十分な臨床例が出ているとのこと。どうやら、かつての日本には、「誤射に対して怖がりすぎ」のような側面があったのかもしれません。今、マイクロパルスレーザーのような非破壊レーザー治療の価値が、改めて見直されています。
医院情報
所在地 | 〒279-0011 千葉県浦安市美浜1丁目9−2浦安ブライトンビル7F |
アクセス | JR京葉線・武蔵野線「新浦安駅」 徒歩3分 |
診療科目 | 眼科 |