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保険適用された「性転換手術」が、実際ほとんど実施されていないのはなぜ?

 更新日:2023/03/27

「性別適合手術」の保険適用が認められたのは、比較的最近といえる2018年の4月からです。ところが、実際に保険が適用された症例の割合は、ほぼ1割にとどまっています。どうして自費診療の割合が高いのでしょう。「麹町皮ふ科・形成外科クリニック」の苅部先生に、詳しい事情を伺いました。

※この記事は2019年10月時点の取材データをもとに作成しております。

苅部 淳

監修医師
苅部 淳(麹町皮ふ科・形成外科クリニック 院長)

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順天堂大学医学部卒業。東京大学附属病院形成外科入局後、埼玉医大総合医療センター形成外科・美容外科助教、福島県立医大付属病院形成外科、寿泉堂総合病院形成外科、山梨大学附属病院形成外科助教・医局長などを歴任。2019年、東京都千代田区にて「麹町皮ふ科・形成外科クリニック」を継承・リニューアルオープン。皮膚科、形成外科疾患の一般治療ほか、リンパ浮腫治療や性同一性障害の治療なども手がけている。日本形成外科学会専門医、日本抗加齢学会専門医、日本医師会認定産業医。日本美容外科学会、日本美容皮膚科学会、日本顔面神経学会、日本東洋医学学会などの各会員。

【理由1】国内で4院のみという立地上の問題

【理由1】国内で4院のみという立地上の問題

編集部編集部

2018年から保険適用となった「性別適合手術」ですが、どのような医院でも費用負担してもらえるのでしょうか?

苅部先生苅部先生

いいえ。岡山県の岡山大学病院と光生病院、北海道の札幌医科大学病院、山梨県の山梨大学病院の4院のみです。GID(性同一性障害)学会が「安全に手術できる施設」として認定し、国もこの4院のみに対し保険の適用を認めています。

編集部編集部

国内ではたった4院だけなのですか?

苅部先生苅部先生

しかも、保険適用を受けた手術例すら、いまだ4件(※)しかありません。ちなみに2018年の4月からこの4院が扱った性別適合手術は約40件です。ですから、保険適用の割合自体が、約1割にとどまっています。

※2019年11月現在

編集部編集部

交通費を考えると、最寄りの医院で自費というパターンもありえますね?

苅部先生苅部先生

簡単な手術であれば、保険による費用負担のメリットが薄くなるでしょう。最初のカウンセリングから手術を経て経過観察するとなると、複数回通院することが前提になりますからね。しかしながら、これが現状です。

【理由2】混合診療という制度上の問題

【理由2】混合診療という制度上の問題

編集部編集部

先ほど、保険適用の割合が1割とのことでしたが?

苅部先生苅部先生

外科手術と並行して自費のホルモン療法を用いることが多く、そうなると、制度上、保険を適用できません。ホルモン療法そのものは有効で、かつ、早くヒゲを生やしたいなど、患者さん側から望まれることもあります。問題なのは、詳しい説明がなされないまま、先行してホルモン療法を用いるケースです。ホルモン療法を1回でもおこなってしまったら、続く性別適合手術は自費になってしまうのです。

編集部編集部

どういうことでしょう?

苅部先生苅部先生

保険診療には「保険の枠組みの中だけでおこなう」という原則があります。不必要な自費診療が上積みされると、患者さんの金銭負担を拡大させてしまいますよね。また、安全性・有効性の確認されていない医療行為を横行させかねないでしょう。よって、「保険診療+自費診療」は認めず、すべてひっくるめて自費にしますよという、混合診療ルールが存在しているのです。

編集部編集部

今回の場合、自費のホルモン療法が関わってくるわけですね?

苅部先生苅部先生

そのとおりです。ホルモン療法の場合、1回3000円程度ですから、比較的、負担を感じないと思います。しかし、十分な説明を受けないまま治療すると、混合診療ルールに抵触してしまうのです。

編集部編集部

その一方、ホルモン療法が不要だったケースも1割あったのですよね?

苅部先生苅部先生

事実そうなのですが、過去40例の結果からすると、併用を前提に考えておいたほうがいいでしょう。たしかに、国の周知不足や医師の説明不足は否めません。しかし、国内の法整備が追いついていない現状では、後で「自費なの?」と気づかされるより、先に「自費もやむなし」と覚悟しておいたほうが無難だと思われます。

【理由3】複雑ないきさつをはらむ歴史上の問題

【理由3】複雑ないきさつをはらむ歴史上の問題

編集部編集部

認定医院以外でおこなう性別適合手術は、合法に認められているのですか?

苅部先生苅部先生

はい。複雑な経過の末、2004年に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(特例法)」が施行されました。法律の中身としては、性別変更の手続きに関するものです。ただしその要件に、性別適合手術を前提とする表記が含まれています(※)。私たち医師は、この表記をよりどころとして、「正当な医療行為として認められた」と理解しています。

(※)特例法3条の一部抜粋

4 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
5 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。

編集部編集部

複雑な経過の末というと、反対意見などが多かったのでしょうか?

苅部先生苅部先生

別途、「優生保護法」の第28条に「故なく、生殖を不能にすることを目的として手術又はレントゲン照射を行ってはならない」という定めがあったからです。この縛りのために、「性別適合手術は違法」とみなされてきました。

編集部編集部

それが、2004年の特例法を機に、ガラリと変わったと?

苅部先生苅部先生

そういうことですね。しかし、医師として人道的にどうかという疑問は残ります。概念的な定義が先行して、現実の運用を置き去りにしていないでしょうか。何より、医療行為の是非には触れていないのですから。本来なら、枠組みと運用を同時に煮詰めていくべきであり、「急ごしらえ」の感が否めません。

編集部編集部

こうした社会的背景も、実施の障害になっているのでしょうか?

苅部先生苅部先生

まず、手術を受けたとしても、戸籍変更が認められるかどうかはわかりません。治療の結果を受けて、別個に審査されます。次に、親権や相続の問題など、整備の行き届かない法律の壁が、まだまだ大きく立ちはだかっています。安心して手術が受けられる環境とはいえないでしょう。

編集部編集部

最後に、読者へのメッセージがあれば。

苅部先生苅部先生

多くの方が情報不足でお悩みだと思います。私自身、保険の適用が認められている山梨大学病院で手術を受けもっておりました。関東近郊の方なら、私が院長を務めている「麹町皮ふ科・形成外科クリニック」へ直接、ご相談ください。カウンセリングやアドバイス目的だけでも、全く構いません。

編集部まとめ

国内に4院という「立地上の問題」、安全性を求めた結果として縛りが裏目に出た「制度上の問題」、法整備が時代に追いついていない「歴史上の問題」。少なくともこの3点が、性別適合手術の保険適用を阻んでいるようです。ほか、取材時にはありませんでしたが、世間の目や親の理解といった要因もあるでしょう。私たちの世論は、こうした障害をはねのける力になりえます。正しい理解の元、誰にとっても生きやすい社会を築いていきましょう。

医院情報

麹町皮ふ科・形成外科クリニック

麹町皮ふ科・形成外科クリニック
所在地 〒102-0093 東京都千代田区平河町1-4-5 平和第一ビル地下1階
アクセス 東京メトロ有楽町線 麹町駅 徒歩1分
東京メトロ半蔵門線 半蔵門駅 徒歩4分、永田町駅 徒歩5分
診療科目 美容外科、美容皮膚科、形成外科

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