健忘症とは?原因・症状・種類を解説
健忘症は記憶障害の1種で、思い出すという機能が何らかの原因で失われる症状です。症状によっては思い出すことだけでなく、新しいことを覚える機能にも影響を与え、日常生活に支障が出ることも珍しくありません。
また記憶に関連するほかの症状と間違われるケースも多く存在するため、病名の確定には専門機関での検査が重要になります。
今回は健忘症を発症する原因や、症状・種類について解説していきます。参考になれば幸いです。
監修医師:
勝木 将人(医師)
目次 -INDEX-
健忘症とは
健忘症とは、ある一定の期間に起きたできごとを思い出せない状態を指します。
認知症や物忘れにも似た症状がありますが、健忘症の場合は思い出せない状況のみ発生するのが特徴です。
人間が記憶する情報は、起きたできごとの近い順から3つに分類されます。
数秒前から数分前の記憶が即時記憶・数分から数ヶ月前の記憶が近時記憶・数年から数十年前の記憶が遠隔記憶の3つです。
健忘症で思い出せなくなる期間は症状によって異なりますが、健忘症の多くは遠隔記憶に関しては思い出せるが、即時・近時記憶は思い出せないことが多いです。
健忘症にかかる原因
健忘症の原因は外傷や医薬品の副作用による一過性の症状と、病気などで脳の機能に影響を与える不可逆性・進行性の症状に分類されます。
多くは脳に何らかの悪影響を与えた場合に発症しますが、精神的ストレスのようにメンタル面でも発症するのが特徴です。
またアルツハイマー病やアルコール依存症といった症状も、健忘に関わっていることが研究でわかっています。
記憶に関して違和感を覚えた場合は、一度脳神経外科に相談してみましょう。
ここからは健忘症になる原因について解説しきます。
外傷によるもの
外傷による健忘症として代表的なものは、交通事故・運動などによる脳震盪・脳損傷です。
衝撃で頭部にダメージが入ることで、脳に負荷が掛かることで記憶を司る部分に悪影響が起きることが、外傷による健忘症の原因です。
外傷による記憶障害は大きく二種類に分かれます。
1つは外傷を受ける前の記憶を思い出すことができない逆行性健忘、もう1つは外傷を受けた後新しい情報を思い出せなくなる順行後健忘です。
外傷による逆行性健忘は時間経過により回復する場合が多いですが、前向性健忘の場合予後が悪いという特徴があります。
脳の手術によるもの
くも膜下出血や重度のてんかんを発症し、治療のために脳の手術を行った後、健忘症の発症が確認されたケースは多く報告されています。
手術による健忘症が発症する要因として代表的なものは、手術が必要になった箇所の治療で負担が掛かった場合や、治療のために止むを得ず切除を行った場合です。
脳の手術により発症した健忘症は症状の改善が認められたケースは多いものの、完治に至らないことが多いです。そのため、日常生活を送るには病院・周囲のサポートが重要となります。
薬の副作用によるもの
服用する薬の副作用により、健忘症の症状が現れるケースが確認されています。
代表的な成分は、睡眠薬・抗不安薬に含まれているベンゾジアゼピン系です。
ゼンゾジアゼピン作用による健忘は、服用後眠りにつくまでの行動が記憶に残らない前向性健忘が多く確認されています。
具体例として、目を覚ますと食べた記憶のない食品がテーブルに散乱していたり、身に覚えのない着信履歴やオンラインショップの購入があったりするなどがあげられます。
薬による健忘症は、正しい服用方法や適切な薬の服用で軽減できるため、医師と相談して体質に合った薬を探しましょう。
心因ストレスによるもの
ストレス・心的外傷に起因する心因ストレスが、健忘症を発症する原因となる場合があります。
現在も何故心因ストレスが健忘症に繋がるかについては、はっきりとしたメカニズムは解明されていません。
現在有力な説として考えられているのは、一過性・長期にわたるトラブルが原因による心因ストレスによるダメージを軽減するため、精神を守る防衛反応として健忘症が発症するという説です。
心因ストレスによる健忘は解離性健忘と呼ばれ、原因となったできごととその時期に近い記憶を無くします。
記憶が戻るまでの期間は個人差があり、深刻な場合は長期間持続する場合もあります。
健忘症の症状は
健忘症の症状は個人によって異なりますが、一定の傾向があるのが特徴です。
症状の悪化を防ぐためには早い段階で周囲が気づき、診察を受けられるかどうかが重要となります。
加齢に伴う物忘れは良性健忘と呼ばれ、老化現象として避けては通れません。
良性健忘は健忘症とは異なり本来は忘れていませんが、即時・近時記憶が思い出しにくくなるため健忘症と勘違いされやすい症状です。
健忘症は自己判断が難しいため、これから解説する症状を指摘された場合、速やかに脳外科・精神科・物忘れ外来などで検査を受けましょう。
生活に支障をきたす物忘れがある
健忘症を発症すると見聞きした情報を脳内にインプットできず、日常生活に支障をきたします。
例として食事に必要な動作は行えるが、食事を終えた数分後には何を食べていたのか忘れてしまうというのが健忘症の症状です。
思い出せなくなる範囲は人によってさまざまなため、個人に応じて対策を考える必要があります。
また脳震盪・心因ストレスの場合、時間経過で症状が回復することもあります。
健忘症を発症した場合、メモを取り現在の考えを書き留めておくことが重要です。
自分がメモを取ったことを忘れていても、そのメモを誰かが読むことでやるべきことを指摘できます。
金銭管理に関しては信頼できる人間に任せるか、成年後見制度を活用しましょう。
昔のことはよく覚えている
上記で解説した通り、健忘症は発症した原因となるできごとを前後して記憶を思い出すことができなくなる症状です。
その範囲は人それぞれですが、数年から数十年前の記憶に関しては思い出せるケースが多いです。
これは昔の記憶を保存する遠隔記憶を司る部分は、数秒前から数分前の直近・近時記憶とは異なるためだからと考えられています。
昔の情報を記憶している部分に異常が見られない場合、直近・近時記憶に問題が発生していても思い出せるのはこのためです。
短期記憶があいまい
前向性健忘と呼ばれる事故後の記憶に支障が出る健忘症の場合、短期記憶があいまいとなります。
短期記憶とは直近・近時・遠隔記憶の内、近時記憶に該当する部分です。
直近記憶は記憶と名前に入っていますが、視野・聴覚に入った情報を脳内に結び付ける機能のため、分類としては注意力に含まれることがあります。
近時記憶があいまいになるため指示を受けて何かを行っていても、指示されたことを忘れてしまい自分が行っていることに疑問を持ち中断してしまう、といったトラブルが頻発するようになります。
新しいことが覚えられない
健忘症は同じ発言を繰り返したり、やり方を何度も繰り返したりするのが典型的な症状です。
この症状は発言・行動は行えるが、どちらも直近記憶で覚えられないことが原因だと考えられています。
既に行ったことは何かが思い出せないため、以前やったことを繰り返し行ってしまうのです。
この症状のため周囲にストレスをため、人間関係のトラブルに繋がるケースは少なくありません。
そのため健忘症と診断された場合に重要となってくるのは、周囲の人間に対する周知と健忘症に対する理解です。
同じことの繰り返しが起きないための工夫を考え、円滑なコミュニケーションが取れるような環境作りを行いましょう。
健忘症の種類
健忘症によって思い出せない記憶の範囲は大きく2種類に分かれます。
健忘症の原因となったできごとを起点として、起点となったできごとより以前の記憶が思い出せないか、起点となった後が思い出せないからです。
どちらに分かれるかは健忘症を発症した原因によって異なる場合が多く、範囲によって必要な対策が大きく異なります。
ここからは起点となるできごとから以後が思い出せない前向性健忘と、以前が思い出せない逆行性健忘について解説します。
前向性健忘
前向性健忘は、起点となるできごと以降の記憶が思い出せない症状を指します。
起点となるできごと以前の人間関係を思い出したり、既に身に着けている動作も問題なく行えたりしますが、新しく何かを覚えることが非常に困難です。
覚えられない範囲は人によってさまざまです。数分前のことも覚えていられないケースから、数時間先までなら覚えていられるケースも存在します。
外傷や手術による前向性健忘は根本的治療が難しく、反復動作による汎化(はんか)が重要です。
汎化に至るまで繰り返し行うことで、長期記憶を司る部分に新しい記憶を増やすことが健忘症後の生活では必要になります。
逆行性健忘
逆行性記憶は、起点となるできごと以前の記憶が思い出せない状態を指します。
脳への外傷や心因ストレスによる発症が中心で、創作などでも登場する症状です。
食事の方法や車の運転といった行動に関する記憶や、知識に関する記憶まで失われるかどうかは個人差があります。
逆行性健忘によって失われた記憶が取り戻せるかどうかは、脳の状態だけでなく精神的なきっかけが重要です。
医師によるカウンセリングではなく、普段の生活に戻り刺激を受けることで記憶を取り戻したケースも少なくありません。
しかし切っ掛けの特定は当人を含めても困難なため、思い出させる効率的な手法は現在の所発見されていません。
健忘症とそのほかの症状との違いはどこ?
ここまで健忘症の原因・症状について解説してきました。健忘症は記憶するために必要な要素が、何らかの原因で行えないために発症する症状です。
健忘症は不可逆性を伴うものもありますが、適切な治療を行えば症状が回復する場合があります。
この点が発症したら進行を緩やかにするしかない認知症や、加齢で起きることが避けられない物忘れとの違いです。
ほかにも健忘症とそのほかの症状には異なる点が存在します。
正しい認識を持つことが、いち早く症状に気づくことに重要です。
認知症
認知症はアルツハイマー・脳血管障害・前頭葉の萎縮などによって発症する症状です。
認知症も健忘症と同じく、近時記憶が思い出せないケースが多く確認されています。
認知症と健忘症の違いとして、健忘症の場合忘れていることに自覚がありますが、認知症の場合は忘れていることも思い出せないという点が健忘症と異なる点です。
また認知症の場合、ほかの脳に関する機能も低下し、性格の変化・幻覚・幻聴といった症状が現れるのが特徴です。
記憶が思い出せない点だけでなく、ほかの変化が起きていないか注目することが、認知症の初期症状を発見するために重要といえます。
せん妄
せん妄は炎症・薬剤・代謝異常などにより発症が確認されています。
症状は現在の場所や日時がわからなくなる・注意力が落ちる・幻覚・幻聴などです。
せん妄を発症するメカニズムは海馬・偏桃体と呼ばれる脳の奥にある領域が関係していると考えられています。
炎症・薬剤などでこの領域に負担が掛かることで、さまざまな症状を引き起こします。
治療は症状の原因を特定し、原疾患を取り除く方法が一般的です。
治療に用いる医薬品が原因でせん妄が発生した場合は、該当する医薬品の減量・中止が検討されます。
物忘れ
物忘れは良性健忘とも呼ばれ、加齢に伴い自然発生する症状です。
健忘症との違いとして、忘れる範囲・頻度があげられます。
加齢に伴い脳内に存在する細胞は次第に衰えるため、以前は覚えられた記憶が思い出せなくなります。
その頻度が日常生活に悪影響を与えない場合は物忘れ、日常生活に支障を及ぼしてしまう程になるのが健忘症です。
物忘れか健忘症かの判断するために必要なことは、専門機関による検査です。脳外科・精神科・物忘れ外来などで検査を受けられます。
健忘症は予防も大切
健忘症に対して有効な予防策として効果が期待できるのは、健康に気を付けた生活を送ることです。
健忘症は主に脳に関する病気や、医薬品の副作用によって発生します。
そのため脳の血管に負担を掛けない食生活や、脳の働きをよくする生活を過ごすことが、結果として健忘症対策には効果的です。
日常生活で特に重要視するべきなのは、アルコールの過剰摂取を避けることです。
アルコールを分解するために消費されるビタミンB1は、不足すると脳に悪影響を与えます。
結果として心因ストレスやふらつきによる頭部外傷に繋がり、健忘症の引き金となってしまう危険性があります。
編集部まとめ
今回は健忘症について解説してきました。健忘症は脳に原疾患がある症状と間違われることが多く、見分けるのが難しいのが特徴です。
外傷による健忘症は、症状の改善は認められても完治に至らないケースは珍しくありません。症状と上手く折り合いを付けるためには、周囲の協力と健忘症による症状をきちんと理解することが求められます。
脳に原疾患が存在する健忘症の予防には、規則正しい生活や適度な運動が効果的です。脳や血管への負担を減らす生活を心掛けましょう。
参考文献