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【闘病】原因不明のまま「仕事・収入」失い絶望… 正体は『血管の難病』で腎機能は半分に

 公開日:2026/01/17
病名が分からず不安でうつに。「顕微鏡的多発血管炎」発症で突然ガラリと変わった生活

蜂窩織炎の入院から始まったあおいさん(仮称)の闘病。その正体は、小型血管に炎症が起きる難病「顕微鏡的多発血管炎」でした。診断まで数カ月を要し、長期入院による失職や経済的不安から重いうつ状態も経験。しかし入院中に出会った仲間との絆が支えとなり、現在は亡き友人の分まで生き抜く決意を固めています。診断がつかない孤独を乗り越え、病と共に歩む10年の軌跡を紹介します。

※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2023年9月取材。

あおいさん

体験者プロフィール
あおいさん(仮称)

プロフィールをもっと見る

1965年生まれ、大阪府在住。夫と二人暮らし。2012年12月中旬、下肢の蜂窩織炎(ほうかしきえん)で入院。完治していないものの病院の人手不足により大晦日に退院し、自宅療養していたが、2013年1月に発熱と息苦しさが出現。同年4月に「顕微鏡的多発血管炎」と診断される。福祉系相談員をしていたが、契約更新できず3月末で退職。2年ほどかけて減薬、現在まで再燃せず経過。別の業種で仕事復帰したが、現在は無職で求職中。

副島 裕太郎

記事監修医師
副島 裕太郎(横浜市立大学医学部血液・免疫・感染症内科)
※先生は記事を監修した医師であり、闘病者の担当医ではありません。

蜂窩織炎での入院後、突然発症した「顕微鏡的多発血管炎」

蜂窩織炎での入院後、突然発症した「顕微鏡的多発血管炎」

編集部編集部

まず初めに、顕微鏡的多発血管炎という病気について教えてください。

あおいさんあおいさん

顕微鏡的多発血管炎」は、毛細血管や静脈などの臓器に分布する小型血管壁に炎症・血栓形成などが生じる病気です。好発部位は腎臓や肺、皮膚などで、臓器の機能が低下してしまいます。私の場合、肺は初期の治療で落ち着き、腎機能は正常の半分程度になりましたが皮下出血は1年ほどで治まりました。

編集部編集部

病気が判明した経緯について教えてください。

あおいさんあおいさん

2012年12月、下肢の蜂窩織炎(ほうかしきえん)という診断で近くの市民病院に緊急入院しました。年末でもありまだ完治していませんでしたが、病院の都合により1週間ほどで退院し、自宅療養中の数日後に発熱と息苦しさが出現しました。そこで、入院時の担当医に連絡して診てもらい、一月初旬に再入院となりました。何らかの膠原病ではないかとの判断で、抗生物質を使用する前にいくつか検査とステロイドパルスを実施しました。顕微鏡的多発血管炎の特徴でもある血液検査(ANCA)も陰性で、病名が分からないまま翌年4月に膠原病科のある大学病院へ転院しました。そこで、これまでの症状から「顕微鏡的多発血管炎」と診断されました。

編集部編集部

自覚症状などはありましたか?

あおいさんあおいさん

発熱、息苦しさなどがありました。発症前は下肢の蜂窩織炎の疼痛や皮膚のただれなどの症状がありました。

編集部編集部

どのように治療を進めていくと医師から説明がありましたか?

あおいさんあおいさん

免疫系の疾患と思われるので、膠原病の急性期の標準治療であるステロイド投与によって、炎症を抑える治療を実施する」と説明を受けました。

なかなか診断がつかず、不安が重なりうつ状態に

なかなか診断がつかず、不安な気持ちからうつ状態に

編集部編集部

病気が判明したときの心境について教えてください。

あおいさんあおいさん

入院当初は数日で帰れるものだと思っていましたが、病名もわからず、退院どころか治療の目途もつかなかったので、とにかく不安でした。病名がわからないと難病医療費助成制度の申請の申請ができず、また長期入院で収入がない中仕事も契約更新とならず、退職になりました。高額療養費で減免は受けていたものの、病院への支払いで経済的に苦しかったため、病名がついた時にはこれでやっと一息つけるとホッとしました。

編集部編集部

発症後、生活にどのような変化がありましたか?

あおいさんあおいさん

合計半年間の入院生活となり、転院前の病院では大量のステロイド使用により躁うつ状態となりましたが、大学病院への転院後は治療にも慣れ、精神的に安定した状態で療養できました。しかし、自宅へ戻って2週間後にひどいうつ状態になり、何の気力もなく身体を動かすこともできずに半年間ほど寝てばかりの生活でした。精神科にも通院し、傷病手当が入るようになってからは生活の不安は少し解消しました。

編集部編集部

闘病に向き合う上で心の支えになっているものを教えてください。

あおいさんあおいさん

入院中、同室の難病の方と仲良くなり、お互いに励まし合いながら入院生活を送っていました。しかし私が退院して8カ月後にその方は他界されました。10年経った今でも昨日のことのように思い出しますし、「彼女の分までしっかり生きなければ」と思います。

編集部編集部

もし昔の自分に声をかけられたら、どんな助言をしますか?

あおいさんあおいさん

最初は蜂窩織炎と思っていたものが顕微鏡的多発血管炎の症状だったので、「蜂窩織炎や感染症を甘く見ないように、別の病気かもしれないから」と言いたいですね。

≪↓ 後編へ続く ↓≫

※この記事はメディカルドックにて《【闘病】40代で”顕微鏡的多発血管炎”と診断。病名が分からずにうつ状態にもなったこれまで》と題して公開した記事を再編集して配信しており、内容はその取材時のものです。

なお、メディカルドックでは病気の認知拡大や定期検診の重要性を伝えるため、闘病者の方の声を募集しております。皆さまからのご応募お待ちしております。

 
(後編)【闘病】「もしも」となる前に公的制度を知っておくことも求められる

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