歯周病に抗生剤を処方する理由
こんにちは、埼玉県さいたま市浦和区にある『ナカニシデンタルクリニック』院長で日本歯周病学会歯周病専門医の中西伸介と申します。
抗生物質は細菌感染に対して有効な薬剤であると皆さんも認識されていると思います。例えば風邪はウイルスが原因のことが多く、風邪に抗生物質を処方するのは間違っているという記事も目にしたことがあるかと思います。(風邪ではダメージを起こしている組織に細菌が感染するのを防いだり、肺炎を引き起こして重症化しないよう二次的予防する意味合いで処方されていることが多いので一概に間違いとも言えないのですが)。一方で歯周病の原因は歯周病原因菌という細菌による感染なのでに抗生物質は有効と言えるかもしれません。
執筆歯科医師:
中西 伸介(日本歯周病学会専門医)
日本歯周病学会認定歯周病専門医、臨床歯周病学会歯周病認定医等。
《自己紹介》
ナカニシデンタルクリニック院長の中西です。近年、歯周病と全身疾患との関連性もわかってきています。歯周病や虫歯は一度なってしまうとそのあといくら頑張って磨いても治ることがないのが実情です。そこでどうせ治らないとあきらめないで一日でも早めの治療をしましょう。
抗生物質で歯周病は治るのか?
前述のように抗生物質を飲み続けていれば歯周病は治るのではないかという考えが思い浮かびます。例えば副鼻腔炎などの耳鼻科疾患の治療のために抗生物質を長期間服用し続けることがあります。同じように服用すれば歯周病は治るのではと思いますね、しかし症状が落ち着いたという話はあっても歯周病が治ったという話は聞いたことがないと思います。もし抗生物質の服用のみで歯周病が治るのであれば歯科界が大きく変わると思います。
ではなぜ抗生物質のみで治癒できないのでしょう。皆さんは口腔内の細菌を思い浮かべると、どのような細菌が、どのように存在していると考えますか。歯周病や虫歯のような有害な細菌から無害な唾液細菌など200−300種類の口腔内細菌はほとんど単体で浮遊していることはなく数種類の菌がバイオフィルムというバリアを作って歯面やポケット内の組織に付着して生活しています。特に歯周病細菌は空気がなくても生きていける様々な嫌気性菌が集まり、簡単にはブラシの届かない歯周ポケット内にバイオフィルムの状態で存在しています。細菌がお互いの弱いところを補強しあい、強固なバリアとなっているのでうがいでは除去で来ない上に、厄介なことに抗生物質すらもこのバリアの内部まで浸透することはできません。抗生物質は浮遊している単体の細菌には効きやすいですがバリアの中には浸透していかないのです。
では、歯周病に抗生物質処方しても全く効かないの?ということになってしまいますが、歯周病治療の中でも抗生物質を使用する機会は少なくありません。ではどのような時に処方されるのでしょうか
抗生物質を処方する場合
1、 歯周炎の急性発作時
今まで慢性的に進行していた歯周炎が何らかのきっかけで急激に細菌が増殖、活動的になり腫れや痛みを伴う場合。急性発作時には抗生物質が非常に効果があります。
2、 侵襲性歯周炎
遺伝的要因もあり、特殊な細菌が関係しているとも言われている。歯石やプラークの量が歯周組織破壊の進行と比例していないこともあり、通常の歯石除去のみだと効果が薄く抗生物質と併用することで効果があります。
3、 スケーリング・ルートプレーニング(SRP)後・再SRP後
歯周ポケットの深さが5mm以上の重度の歯周病のSRPや一度通常のSRP処置をしたにもかかわらず、歯周ポケットの改善が認められず、特殊な細菌に感染している可能性がある場合抗生物質を併用することで劇的に改善することがあります。
4、 全身疾患
重篤な糖尿病などの易感染性疾患や心内膜炎など歯周治療により菌血症になるリスクがあるものやベースとなる疾患が悪化してしまう可能性のあるものは感染予防として術前に抗生物質を処方することがあります。
5、 LDDS(局所)
内服ではなく、歯周ポケットに軟膏状の抗生物質を注入し直接局所に作用させる方法。局所に応用するので高濃度抗生剤を生体を介さないで作用させることができる。急性炎症にも、スケーリング・ルートプレーニング(SRP)の処置後にも幅広く応用することができる。
6、 その他
歯周外科処置後にも抗生物質を処方しますが、これは抜歯した時と同様で、傷口の感染予防という意味合いで処方されます。そのため感染時に処方される場合よりも日数が短くなることが多いです。
バイオフィルムを破壊すれば抗生物質は効く
歯周病の急性発作時や慢性的でも重度の歯周病で歯肉の腫れや出血が著しい時は抗生物質を内服することで著しく症状が改善したと実感されたことがあるかもしれません。先に述べたように抗生物質はあくまでバイオフィルムを形成していない浮遊菌とバイオフィルムの一部に効果があるため、抗生物質の応用により急性期に爆発的に増殖した細菌の数や活動を抑えるため、一時的に口腔内の細菌の数は大幅に減少し、治癒したと自覚することがあります。しかし歯周ポケット内の細菌を全滅させることはできないので、生き残った細菌は時間とともに再び増殖していくことになります。
つまり抗生物質は補助的に菌の数を減らすのに有効であるけれども根本的な治療にはなりえないのです。
そしてSRPは物理的に細菌やプラーク、歯石を除去する根本的な治療であるとともにバイオフィルムを破壊し、浮遊菌にするという役割もありますのでSRP処置後に抗生物質を使用するケースもあります。
抗生物質の種類(一例)
1. サワシリン
主に内服薬として処方します。広範囲の細菌に対して幅広く効果があります。
2. ミノサイクリン
内服ではなく軟膏として直接歯周ポケット内に作用するのに使われます。
3. テトラサイクリン
内服ではなく軟膏として直接歯周ポケット内に作用するのに使われます。これ以外にもアレルギーの方など状況に合わせて処方することもありますので抗生物質のアレルギーがある方やすでに他の疾患で抗生物質を服用している方は担当歯科医師に相談しましょう。
まとめ
抗生物質は強い薬で体にダメージを与えそう、耐性菌ができてしまうなどの理由で、処方されても全く服用しなかったり、腫れや痛みが引いたのであまり長く飲むと体に悪そうだから途中で服用をやめる、次に腫れた時の予防の薬として取っておくなど自己都合で服用しなかったり中断してしまう方がいます。
腫れや痛みが引いても細菌はまだまだ元気に活動していることが多いです。服用を中断した途端に腫れや痛みが再び出てきて、また抗生物質を飲み始める。この抗生物質の中断、服用の繰り返しが結果的に一番耐性菌を作ってしまうことになるのです。
耐性菌を作ってしまうことは、今後命に関わるような重篤な細菌感染症にかかった場合有効な抗生物質の選択肢が減ってしまうということです。抗生物質にもいろいろ種類があり、薬によっても対象としている細菌の種類であったり、服用の仕方だったり、細菌に対しての作用機序などが異なります。やみくもに処方しているわけではなく、その中から、現在の症状に合わせて抗生物質を選択し、処方日数を決めているので必ず最後まで飲みきって頂きたいと思います。
お互いが納得した上で治療を進めるのが歯周病を治す近道なのでアレルギーへの不安も含めて、抗生物質の服用に不安があるようでしたら自己都合で服用中止せずに必ず担当の歯科医師に相談しましょう。