いい入れ歯を手に入れるために知っておきたいこと
歯が抜けると、体裁が悪くて出歩くことが億劫になるということをよく耳にします。それ以外にも歯を失うと、発音に影響し相手が聞きとりにくくなったり、大切な栄養を補給する食事にも悪影響があることは、皆さんも想像できると思います。歯を失う原因はさまざまですがここでは、触れないでおきます。しかし、痴呆症や余命をよく調べてみると歯を失うと明らかに悪影響があることがわかっています。さらに、入れ歯を入れていない人と入れている人では、痴呆の発現率が減少し、余命も伸びることがよく知られています。
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入れ歯の種類、歴史について
さて、入れ歯と言っても歯が一本もない総入れ歯から、一本歯を失っただけの飴玉のように小さい入れ歯まで含まれますからとても一口では言い表せない種類が存在します。大きく分けるならば、歯がない場合の「総入れ歯」と歯が残っている「部分入れ歯」に分けられます。前者は、お口の中に歯がないので、支えは一般的に「土手」と言われる顎の歯茎に吸盤のように貼り付けて支えるしかありません。
日本では、1538年に亡くなられた中岡テイという尼僧の総入れ歯が現存しています。仏師が木を顎に合わせて削って作ったもので江戸時代までその技術は継承されて、明治に入ってからもしばらく皇国義歯として庶民にはなじみがあったと言われています。材料こそ違いますが、日本人の器用さから現在のものとそん色のない出来栄えなのは驚かされます。
経験がものを言う総入れ歯と部分入れ歯
さて、そんな総入れ歯ですが、「土手」の形状は千差万別ですから、歯医者さんや入れ歯を作る技工士さんの腕の見せ所になり、良い入れ歯か否かの評価が決まってしまいます。顎の部分の大きい入れ歯にすれば、吸盤の効果が大きくなりよく支えられますが、縁が痛いと感じたり、邪魔で気持ち悪いと患者さんに言われることもあります。一方、入れ歯の顎の部分を小さくすれば邪魔くささはないけれども、支えが少なく外れやすくなったり、噛む力をうける入れ歯の面積が少ないため、強く噛むと「土手」が痛いと感じる場合もあります。入れ歯が奥深く経験の差が出てくるところです。私も20年以上、歯学生の入れ歯の実習のお手伝いをしていますが、ベテランが会得した技術の継承というところは、言葉では言い表すことが難しく未だに良い方法が見当たりません。
部分入れ歯の場合は、残っている歯に支えを求めて、主に金属で作成されたクラスプと呼ばれるバネをひっかけて入れ歯を外れにくくします。基本的にバネを支えにしますから、総入れ歯のように落ちる(外れる)ことはありません。支えになる歯に対して、どこに支えを求めるバネを装着するかで、見た目や噛む機能に差がでてきますから患者さんの全体像から入れ歯の設計をするという歯科医師や歯科技工士の腕の見せ所になってきます。
保険と自費治療の入れ歯の違い~素材や費用について~
皆さんが興味を持たれる「保険」と「自費」の入れ歯の違いについて少しお話ししましょう。
一番わかりやすい違いは、材料になります。失った歯の回復は、リハビリに属します。すなわち、何らかの器具で失われた機能を補ってあげることです。そこで材料が必要になるわけです。入れ歯の要素を上げると、(1)歯、(2)顎、(3)クラスプ(バネ)、(4)それらをつなぐもの、になります。いずれもプラスチック、金属、セラミックなどが用いられますし、入れ歯を作るために射出、鋳造や、最近ではCAD/CAMや3Dを応用した作製もされています。セラミック系では最近ジルコニア(宝飾としてのダイヤモンドの模造品でよく知られている)が、とても硬くて加工が難しいものもかなり普及しています。
その他、金属で例を挙げますが、ステンレスから金、白金、さらにはチタンまで用いられるようになっています。ですから、加工方法や材料の値段も千差万別です。残念ながら、今の保険制度では全ての材料や加工方法をカバーしていません。国家財政も厳しい中、最新技術が将来保険に導入されることも望みは薄いです。ですから、保険の入れ歯と自費の入れ歯の値段については、どの条件に当てはまり、患者さんのご希望を最大限尊重することにより、義歯の設計が違ってきますのでここでご説明することはできません。
入れ歯とインプラントの違い
よく患者さんからお尋ねいただくことに、「インプラントと入れ歯とどっちがいいですか?」があります。実はこの質問は、答えるのが難しいのです。
細かい条件を見逃せば、インプラントの方がいいような気もします。しかし、コストの面、患者さんの健康状態、社会的要因などそれぞれの患者さんの要求は、千差万別ですから答えに窮してしまいます。ですから、主治医の先生とよくご希望を話して相談していただくしかありません。ことによっては、セカンドオピニオンを求めることも必要でしょう。
噛み合わせの治療は歯科医師にしか許されていない
通常の歯科治療に対しては、お医者さんが手を付けることができることも多いのです。ほとんどの方はご存じないかもしれませんが、歯科の最大の特徴である入れ歯、すなわち、噛み合わせを回復することは、法律上歯科医師にしか許されておりません。入れ歯の難しさは、見た目の回復はもちろん、噛み合わせや発音などの機能も回復しなければならないところです。
入れ歯が完成するまでの流れ
入れ歯作成の手順をかいつまんで説明したいと思います。
まず、患者さんの主訴やお口の状況の把握をレントゲンなども参考にしながら予備の型を取り、それをもとに入れ歯の設計をします。理想的な入れ歯を作成するため、必要なら前処置として、根の治療、虫歯の治療、歯茎などの治療や抜歯を行うこともあります。それが済むといよいよ作成にかかっていきます。
(1)患者さんのお口の中の精密な型を採取する
(2)上下顎の垂直、水平位置関係の記録
(3)機能時の顎の運動範囲や方向
(4)患者さんの意向を踏まえた見た目
など入れ歯製作に必要な情報の収集を行います。
これらの作業がそれぞれ1回の来院が必要なこともあります。そして完成させるのですが、出来たら終わりではありません。使ってもらって、不具合(痛みや発音、噛み合わせなど多岐にわたります)を修正して、問題点がなくなるまで通院してもらうことになります。そこで初めて完成と言えるのです。
入れ歯に対する私見
入れ歯について、いろいろお話させていただきましたが、良い入れ歯を使うことにより顎の変化がなく、私の経験でも25年以上機能している入れ歯もあり、とても患者さんに喜んでいただいている例もあります。よく入れ歯安定剤の宣伝がテレビでやっていますが、注意していただきたいことは、不具合の入れ歯を安定剤で無理に使用していると、顎の骨が高度に吸収して。良い入れ歯を作ることが出来なくなってしまいます。ですから、よく合った入れ歯に安定剤を使うようにしてください。
30年も前のことですが、入れ歯の名人と言われた某大学学長までおやりになった先生が、私に「インプラントの適応症は、入れ歯の適応症でもある」とおっしゃいました。骨がなければインプラントは出来ません。しかし、骨があれば顎がしっかりしているので良い入れ歯ができると言いたかったのだと思います。ですから良い入れ歯は、将来にわたって影響していきますから、安易に考えないようにお願いします。
それと、今でも大学で「夜入れ歯は外しましょう」と学生教育を行っていますし、大多数の歯科医師は、患者さんにそういう教育していることと思います。
私は、最近それについては疑問を持っています。というのは、古くは1993年北海道南西沖地震での津波、1995年阪神淡路大震災、2011年東北大震災を経験して考えが変わりました。震災直後は命からがらで気が付かなかった人たちが、入れ歯を紛失して、日常生活に不自由することが問題になってきます。そこで、全国から歯科医師がボランティア活動として入れ歯を作りに出かけるのですが、当然地元の歯科医療機関は破壊されて使い物になりません。体育館のような所で臨時診療施設を開設するのですが、器械機材が不足して、十分な入れ歯を作成することが困難であることが多いのです。そこで私の提案ですが、入れ歯をはめて寝ることができない人以外、「入れ歯を外さないで寝ましょう」ということです。いざ、災害が発生したら安全な場所に避難するだけで、使い慣れた入れ歯は勝手についてきてくれますから。
もちろんその場合、一日のうち数時間は顎を休めるために入れ歯を外すことをお願いします。
筆者:岩田 哲也