矯正すべき歯並び、しなくてもいい歯並びに違いはあるのか?
歯科矯正に関連してよく耳にするのが「かみ合わせ」というキーワード。しかし「かみ合わせ」の解釈は複数あり、そのことで矯正治療の目的がいまひとつ、不明瞭になっていないでしょうか。今回は「原田歯科クリニック」の原田先生に、矯正治療の必要性を整理していただきました。
監修歯科医師:
原田 幹夫(原田歯科クリニック 院長)
東京医科歯科大学歯学部卒業。歯科勤務を経た1987年、千葉県千葉市に「原田歯科クリニック」開院。1989年には、医療法人の理事長就任。「人々を美しく健康で幸せにすること」をミッションに掲げている。国際口腔インプラント学会認定医、日本アンチエイジング歯科学会認定医。日本アライナー(マウスピース)矯正研究会会員。
矯正治療の目的は「審美」と「かみ合わせ」
編集部
今回は、「どんな歯並びだと矯正するべき」なのか伺っていきたいと思います。
原田先生
実際のニーズとしては、(1)患者さんが治したいと思われるケースと、(2)むし歯などの治療がきっかけになって、歯科医師側から矯正治療を推奨されるケースの、2通りに分かれると思います。前者は主に審美の観点で、後者はかみ合わせの問題です。もっとも、歯科医師から見た目のご提案をすることもあるでしょう。
編集部
審美は人それぞれなので、「矯正するべき」という発想がなじまないかもしれません。
原田先生
そうですね。審美に関しては、患者さんが困っていれば、中身問わず「矯正するべき」といえそうです。ただし、歯だけの問題ではなく、顎の骨格を整えるレベルになると、大病院での外科手術が必要です。こうなると、矯正治療の範囲を超えるでしょう。
編集部
他方のかみ合わせですが、よほどのことがない限り、「食べられない歯並び」なんてないと思うのですが。
原田先生
しかし、20年先、30年先はどうでしょう。乱れた歯並びはお手入れがしにくいため、むし歯や歯周病などにかかりやすくなります。そして、1本の歯を失うと、そこから次々に歯の欠損がはじまっていきます。厚生労働省によると、日本の後期高齢者の約3割の方が「総入れ歯」を使っているそうです。患者さんの中には「前歯の乱れだけ整っていればいい」とする方がいらっしゃるものの、奥歯のかみ合わせも重要です。
編集部
つまり、将来の「歯なし」になりやすそうな歯列が「矯正すべき歯並び」ということでしょうか?
原田先生
はい。「今の歯の本数が維持できるように、矯正治療すべき」ということなのだと思います。お手入れのしにくさには、頑張れば、デンタルケアで補えるかもしれません。しかし、歯並びの悪さ自体は、どうにもできませんよね。斜めに生えている歯があると、かむ力に負けて、さらに傾いてしまいます。傾きの方向によっては、周囲の歯を押して、歯列全体に影響が生じるでしょう。
歯列崩壊が起きるメカニズム
編集部
矯正治療の必要性は、長期的視野や複合的な視点で決まるということでした。
原田先生
そういうことです。寿命の延びによって、過去の歴史にないことが今、起きています。極論すると「100年使える歯」をもっている必要があるという印象ですね。そこで、患者さんの時系列変化を見極めたうえで、お手入れ方法に介入すべきなのか、歯列そのものを整えたほうがいいのか、その両方なのかを判断していきます。とくに歯列そのものを整えたほうがいい場合、「かみ合わせ」という観点が欠かせません。
編集部
「かみ合わせ」という言葉は良く聞くのですが、いまひとつピンと来ません。
原田先生
諸説ありますよね。また、歯と歯が食べ物などを挟まず“直接、接している”時間は、「1日のうち合計で15分程度しかない」という報告もあります。他方で、歯ぎしりや食いしばりで長時間、接している方もいらっしゃるでしょう。諸説あるうえに個人差が大きいので、ピントを合わせづらい話題なのかもしれません。
編集部
例えばいわゆる「出っ歯」と呼ばれる状態だと、歯の欠損はどうやって起こっていくのでしょう?
原田先生
前歯同士による「かみ切る」動作が難しいので、主に奥歯で食事をすることになるでしょう。また、口の色々な動きの中で、出っ歯の場合は前歯が接しないことにより奥歯が離れた状態にならないため、負担がいつも奥歯に行ってしまいます。このように、奥歯の負担が増すと、奥歯のすり減るスピードも増します。そして、より力を入れてかまないと奥歯同士が接しなくなってきます。こうなると悪循環ですよね。かむ筋肉を毎日筋トレしているような状態ですから、年をとればとるほど歯にダメージを与え続けます。いずれは、奥歯を支えられなくなってくるでしょう。
編集部
残っているのは「出っ歯だけ」という事態になりますね。
原田先生
そうなると、傾いている出っ歯に力がかかりますから、ますます傾いてきます。加えて、食べ物をほぼ丸のみするので、消化器疾患の懸念も生じるでしょう。このように、今は感じていない悪影響が少しずつたまっていって、将来の大ごとに至ります。さらに言えば、「人生100年時代」の到来により、より長いスパンの経年変化をみていく必要が生じてきました。
今あるベキ論は過去のベキ論
編集部
つまり矯正治療が必要かどうかという判断は、歯科医師によって変わるということでしょうか?
原田先生
変わると思います。歯科医院によって「違うことを言われた」という経験をもつ方もいらっしゃるでしょう。その先生の学んできたバックグラウンドが反映されるからです。矯正の治療方法にしても、抜歯と温存で分かれますよね。
編集部
最近になって見かけるマウスピース型矯正についてはどうでしょう?
原田先生
マウスピースの設計・作成はメーカー本社で一括しておこなっています。つまり、医療の平準化がなされているということです。そこで、歯科医師自らが「さまざまな意見の違い」を嫌い、マウスピース型矯正によって平準化しようとする動きもあります。そうした「べき論」も存在するでしょう。他方で、ワイヤー治療が矯正治療の根本と考えているドクターも多いです。
編集部
今回のお題に「正解はない」ということでしょうか?
原田先生
1つ言えるとしたら、「日本の歯科医療は、アメリカの歯科医療を後追いする傾向がある」ということでしょうか。アメリカ人は、「平均して生涯で3回、矯正治療をおこなう」そうです。矯正治療は後戻りするので、定期的に歯列を整えているのですね。その結果として、自分の歯を長持ちさせています。
編集部
いずれ日本も、そうなるのでしょうか?
原田先生
芸能界などでは、すでにその傾向がありますよね。かつてのアイドルは「八重歯がチャームポイント」などといわれていましたが、現代に通用しない価値観でしょう。加えて「人生100年時代」の到来により、なおのこと過去の常識が通用しなくなってきました。今、改めて、「100年もつ歯」という観点から矯正治療の意義を考えなおしてみてください。
編集部まとめ
審美目的以外の矯正治療は、自分の歯を長持ちさせるために行う治療とのことでした。そこで、「今の歯並びで十分に長持ちするのか」という診断をしていくのですが、考え方のベースになる時間軸、つまり寿命が延び続けています。そこで参考になるのが、アメリカの歯科矯正事情でしょう。我々の多くは、歯科矯正治療の頻度を「一生に1度」と捉えています。その前提で「矯正すべき歯並びと、しなくてもいい歯並び」を考えようとしていましたが、どうやら間違っていたようです。100年もたせるための歯科矯正が、これからはじまろうとしています。もしかしたら、「歯科矯正治療は、一生のうち何回受けるべき?」という時代が来るのかもしれません。
医院情報
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診療科目 | 歯科 |