歯医者が教える「食育」とは? 口腔から考える
食に関する正しい知識を養い、バランスの良い食を自分で選択できる力を育む「食育」。特に子どもに対する食育は重要視されています。食育指導の役割を担う職業のひとつに、歯科医師があるのをご存知ですか? 口は、食べ物が体の中に入る入り口の部分。そのため、口腔から食育を考えることはとても大切です。中西歯科医院の中西保二先生に、歯科医師の観点から食育の大切さを教えてもらいました。
監修歯科医師:
中西 保二(中西歯科医院 院長)
1973年愛知学院大学歯学部卒業。ア歯科広島東グループ小松診療所勤務の後、1980年、広島市南区に「中西歯科医院」を開院。1990年現在地に移転。「健康は健口から! 幸福は口福から!」をモットーに、「怖くて足が遠のきやすい歯科医院」から、「皆様が笑顔で来院できる歯医者さん」をめざしている。
そもそも「食育」とは?
編集部
近年、よく「食育」と言う言葉を耳にします。
中西先生
私も歯科医師として食育の重要性を説いています。歯科治療を通して歯の健康だけでなく、全身の健康回復とその維持向上を図り、健康長寿を全うしていただくため、正しい食生活のあり方を育むことが大事だと考えるからです。
編集部
「正しい食のあり方」とはなんでしょうか?
中西先生
食という字は、「人を良くする」と書きますよね。身体に良いものを食べれば、健康になり、体に悪いものを食べれば病気になります。つまり、「食べ間違い」が病気の原因になるのです。そのため、生涯にわたって健康になる食べ物を選ぶ力、すなわち「食選力(しょくせんりよく)」を学ぶことが大事だと考えています。
編集部
なぜ歯科医院で食育の指導をされているのですか?
中西先生
初めて当院に来られる患者さんのほとんどが、むし歯か歯周病を患っています。その原因は、お口の中にいるバイ菌ですが、私は、むし歯や歯周病の原因は、もっと上流にあると思っています。つまり、毎日、無意識に取っている悪い食べものが、原因なのです。歯科疾患はもちろんのこと、あらゆる疾患は、食生活やライフスタイルの改善が無くてはならないと考えています。
編集部
歯科医師としてどのような食育をしているのか、もう少し詳しく教えてください。
中西先生
たとえば、歯科医師としてみなさんに伝えたいのが「噛むことの大切さ」です。最近の人は軟らかいものを好んで食べていますが、私は「一口50回、噛むこと」を勧めています。しかしパン、パスタ、うどん、ラーメンなどは、50回も噛めません。よく噛んでも10回くらいです。
編集部
なぜ、噛むことが大事なのですか?
中西先生
噛まなくなると唾液の量が低下して、穀物のでんぷんを消化する酵素「アミラーゼ」も不足し、消化不良になるからです。また、唾液には、抗菌効果のある免疫グロブリンも含まれています。そのため、唾液が少なくなると免疫力が低下して、新型コロナウイルスをはじめ、感染症にかかるリスクも高まると考えています。
編集部
よく噛むことは大事と言われますが、食育の観点から大切なことなのですね。
中西先生
私は、よく噛むことで得られる8つの効果の頭文字を取って、「ひみこの歯がいーぜ」というふうにお伝えしています。「ひ」は、肥満予防。時間をかけることで肥満ホルモンであるインスリンがゆっくり放出され、血糖値が急激に上がることを防ぎます。「み」は味覚の発達。素材本来の味が、しみ出て甘みを楽しむことができます。「こ」は言葉の正しい発音。舌筋を左右上下にしっかり動かしたり、唾を飲んだりすることで口のまわりの筋肉や頬筋が鍛えられ、言葉も明瞭になります。
編集部
おもしろいですね。「の」以降は?
中西先生
「の」は、脳の発達。噛むことは、脳に血液を送りますから、酸素や栄養素も脳に送られて認知症の予防になります。「は」は、歯の病気予防。刷掃効果だけでなく、あごの骨が発達して歯並びが良くなります。「が」は、がん予防。唾液に含まれる酵素は活性酸素を消して発ガン物質の毒性を弱めます。「い」は胃腸快調。唾液がたくさん出れば消化に負担がかかりません。「ぜ」は、全力投球。しっかり噛むことは全身に力をみなぎらせてくれます。入れ歯の人は、力が入らないから転倒しやすいのです。このように、噛むことは全身を健康にする秘訣だということをぜひ覚えておいて欲しいと思います。
子どもの「食」に関わる問題
編集部
最近、学校などで食育が取り入れられていますが、特に、食育は子どもに必要なのでしょうか?
中西先生
もちろん、大人にも食育の考えは大切ですが、成長期の子どもは健康な体と心を作り、生涯にわたってベースとなる健康の土台を育てる時期です。子どもにとって食育はとても大切なものです。
編集部
歯科医師として、現代の子どもの食生活で、どんなところが問題だと思いますか?
中西先生
加工食品、精製食品が多すぎること。ジャンクフードなどが多く、よく噛む食材がないこと。おやつが多いこと。保育園や学校の歯科検診などに行くと、あごが小さくて歯が生える隙間がまったくなく、歯並びに問題がある子どもが、大変増えています。そのため、将来、むし歯や歯周病になるリスクも大きいと危惧しています。
編集部
なぜ、おやつを食べる回数が多いことが悪いのでしょうか?
中西先生
すべてのおやつが悪いというわけではありません。問題なのは、缶ジュース類、和菓子、砂糖菓子などです。本来、口の中は中性に保たれているのですが、おやつの糖質を餌にしてバイ菌が増え、歯の表面は酸性に傾きます。酸性になると、歯はむし歯になりやすくなり、PH4.5以下になると歯の表面が溶け始めてしまいます。
編集部
そうなると、食べたあとはずっと口のなかは酸性のままということでしょうか?
中西先生
いいえ。唾液は弱アルカリ性なので、通常は食後しばらくすると中性に戻ります。
編集部
ということは、食事と食事の間で、歯は中性と酸性を往復しているということなのでしょうか?
中西先生
そうです。しかし、口の中が中性に戻る前にダラダラ食いなど、再び食事をしたり、おやつを食べたりすると、また口の中が酸性になってしまいます。結果的に口の中が酸性の時間が長くなり、そのために、むし歯になりやすくなってしまうのです。
食育の観点から考える、正しい食事の仕方とは?
編集部
食習慣や食事の内容が健康に大きな影響を与えるのですね。
中西先生
そうです。私は『美味しいと感じることこそ、生きるの基本』と思っています。そのためには、「感謝して食べる」「楽しく食べる」「ゆっくり噛んで食べる」ことが大切です。
編集部
どのような意識で、普段の食事を考えれば良いでしょうか?
中西先生
生涯、きちんと噛むことができ、栄養をしっかり吸収できるような体でいるためには、まず、食べ物の入り口である口が健康でなければなりません。ただし、むし歯や歯周病を予防するためだけでなく、口輪筋や舌筋や咬筋などの咀嚼筋を向上させ、食べる機能を育成することが大切です。そのためにも、よく噛める食材を選びましょう。
編集部
食育の観点からすると、どんな食事が理想的なのでしょうか?
中西先生
1977年にアメリカで「マクガバン・レポート」と言う報告書が提出されました。それには、「人類は最も理想的な食事に到達している。それは、日本の伝統食、和食である」と書かれています。どんな食べ物がいいのかについては、「マゴワヤサシイコ」という呪文を覚えておくと便利です。「マ」は、豆。「ゴ」は、ゴマ。「ワ」は、ワカメなどの海藻類。「ヤ」は、野菜。「サ」は、魚。特に青い小魚。「シ」は、シイタケなどのキノコ類。「イ」は、芋。「コ」は、コメ。玄米や雑穀類。これらを積極的に食べるようにしましょう。
編集部
間食がやめられないという人も多いと思います。おやつにお勧めの食べ物はありますか?
中西先生
クッキー、せんべい、飴、チョコレート、ケーキなど、精製されたものは控えましょう。旬の果物やナッツ、クルミ、ピーナツ、アーモンドなどはお勧めです。
編集部
最後に、読者へのメッセージがあれば。
中西先生
食物繊維、ビタミン、ミネラル、ファイトケミカル、酵素をいっぱい含んでいる、「元のかたちや色が見える未加工・未精製食品」いわゆる「プラントベースのホールフード(植物性を基本とした全体食)」をもっと食べましょう。これが、歯面を刷掃する歯ブラシ効果となり、歯肉へのマッサージ効果にもなるのです。また、食物繊維は腸内細菌のエサとなって腸内環境を改善してくれます。そうなれば、腸内細菌叢が正常化され免疫力がアップして、感染症にも負けない健康な体を作ることができます。健康は健口から。幸福は、口福から。お口の中を清潔にして、食物繊維をよく噛んで健康長寿を全うしましょう。
編集部まとめ
自分で正しい食を選ぶことは、健康的な生活を送るための基本です。「なんとなく食べる」のではなく、食に対する意識をしっかり持って、改めて「食べること」「歯を健康に保つこと」の重要性を考えることが大切です。
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