なぜスウェーデンは日本に比べて歯を多く残せるの?
歯科予防の分野で、なにかと比較対象にされるのが、歯科先進国といわれるスウェーデンでしょう。世界的に見て、医療福祉の充実した国でもあります。しかし、なぜスウェーデンの人々は歯を多く残せるのでしょうか。日本スウェーデン歯科学会の理事を務める朝波先生が解説します。
監修歯科医師:
朝波 惣一郎(歯学博士・日本スウェーデン歯科学会理事)
東京歯科大学卒業。ドイツへの留学経験をもち、各大学に招請されているインプラント治療の第一人者。日本口腔外科学会口腔外科専門医・指導医。日本有病者歯科医療学会指導医・顧問。日本小児口腔外科学会監事。日本顎顔面インプラント学会指導医・監事。日本スウェーデン歯科学会理事。西麻布口腔外科インプラントセンター長。
むし歯大国だったから、巻き返しの必要性に迫られた
編集部
歯科先進国というと、スウェーデンという印象があります。
朝波先生
そうですよね。数年前の統計になりますが、厚生労働省の調べによる「80代での歯の残存本数」を見ると、日本人が13.0本なのに比べ、スウェーデンでは21.1本となっています。一般に、歯を全て失う口腔(こうくう)崩壊は、歯の残存本数が20本を切ると顕著にはじまるとされています。「8020運動」のバックグラウンドですよね。
編集部
なぜスウェーデン人は、歯科予防の意識が高いのでしょうか?
朝波先生
スウェーデンが国家プロジェクトとして歯科予防に力を割いたからです。かつてのスウェーデンは、他国よりもむし歯に悩まされていました。そこで「成人に対する長期予防臨床研究」というプロジェクトを立ち上げ、招請されたのがイエテボリ大学のペール・アクセルソン博士です。博士は、257名に上る患者さんの歯の97.7%を、30年にわたるメンテナンスで守ってきました。また、歯周病の世界的権威で、「スウェーデン式」といわれる予防歯科を確立したヤン・リンデ博士の功績も大きいでしょう。
編集部
国民を総動員するようなムーブメントとなったことが信じられません。
朝波先生
日本には、医療保険制度が整っていることで、かえって「病気になってから治せばいい」という風潮が散見されます。また、原則として歯科予防には保険が使えません。「病気になった後」のことしか想定していないんですよね。本来なら、病気にはならないほうがいいに決まっています。スウェーデンのほうが、むしろ国策としては当たり前なのではないでしょうか。
編集部
それにしたって、「意識が高すぎ」ですよね?
朝波先生
スウェーデンの総人口が約1000万人であることも関係しているでしょう。つまり、国が旗を振ったときに、隅々まで届きやすいのです。施策に対する効果測定やフィードバックもおこないやすいはずでしょう。日本の人口はスウェーデンの10倍以上ですから、なかなか国民的関心事になりにくいのかもしれませんね。
編集部
いわゆる「スウェーデン式」とは、どのような工夫なのでしょう?
朝波先生
歯科医院の位置づけを、「治療する場所」から「予防する場所」へ切り替えたことです。つまり、スウェーデン国民の多くは、なにかしらの疾患がなくても歯科医院に通っているということになります。歯が長持ちするのも道理です。
身体疾患にも関係してくる歯科予防
編集部
定期的な歯科健診の意義は、疾患を早めに摘み取るということでしょうか?
朝波先生
それもありますが、「自宅でのセルフケア方法をチェックしてもらう」という側面もあります。具体的には、ブラッシングの仕方や、歯間ブラシといったデンタルグッズの活用などです。例えば、歯ブラシが届きにくい歯の隙間や奥歯の裏をどうお手入れするのか、教えてもらって採点するわけですね。
編集部
つまり、自宅での歯磨きが問われるということですか?
朝波先生
プロのチェックとセルフメンテナンスの重要度は「同等」だと考えています。歯科医院でしかできないお手入れがある一方、歯の管理を歯科医院だけに任せていても、予防は徹底できません。日本人は、歯の管理を歯科医院と一緒におこなうという意識すら低く、依然、「痛くなってから行く場所」という印象を持っています。その結果、「悪くなった歯を抜きましょう」という事態を招いているのではないでしょうか。
編集部
その一方で、「歯の為に生きているわけではない」という気もします。
朝波先生
「歯」そのものに限らず、むしろ「食べられること」や「生活の質」とも関係してきますよ。歯が病気になるのは、主に前歯よりも奥歯です。親知らずを除くとヒトの歯は28本ありますから、奥歯が8本抜けた状態が「8020」になります。奥歯が8本もなかったら、まともな食事はできないでしょう。前歯でかみ切って、ほとんど丸のみですよね。
編集部
なるほど、消化に悪そうです。
朝波先生
消化器系の疾患を招いても不思議ではありません。あるいは、流動食のような軟らかい食べ物しか受けいれられないかですね。厚生労働省によると、歯の欠損は認知症にも関係しているそうです。このような「生活の質」のことをQOL(クオリティ・オブ・ライフ)といいます。歯科予防はQOLを高める根本といっていいでしょう。年齢の「齢」という字に「歯」というつくりが含まれているくらい、歯は長生きに関わってきます。
比較して見えた、日本のこれからの課題
編集部
ところで健康保険って、健康な人には適用されませんよね?
朝波先生
残念ながら、日本ではそうならざるをえません。おかしな話だと思いませんか。お口の中を調べてみて、なにかしらの疾患・不具合があれば、保険を使った定期健診へ結びつけられます。しかし、まったく不具合がない方の場合、「病気の初発」を待って保険適用していくしかないのです。
編集部
通院間隔も3カ月くらいのイメージがあります。
朝波先生
むし歯や歯周病は、時間をかけてじわじわ進んでいく病気です。ですから、「3カ月に1回程度確認すれば十分」という立て付けになっているのでしょう。歯科健診に保険が使えるのも、原則として「3カ月ごと」となっています。
編集部
歯科予防の発想は、「医者嫌い」の人にも響いていますか?
朝波先生
歯科医師のコミュニケーション力が問われますよね。現在の医学の学問体系では、医師の卵に、そうした「社会的な対応力」を教えていません。もう少し、患者さんの意向や考えをくみとれるような教育が必要なのかもしれないですね。現場には、「削って治す」に限らず、「話して治す」ような工夫が、当然にして求められるでしょう。
編集部
最後に、読者へのメッセージがあれば。
朝波先生
日本の保健医療には、多くのメリットがあります。誰でも最低限の治療を受けられる国のほうが、むしろ少ないくらいです。ただし、100点満点とはいえません。時代の波に合わせて自己変容していく必要が、国民にも国にもあるということだと思います。
編集部まとめ
スウェーデンが歯科先進国である理由をまとめると、主なポイントは以下のようになります。
・歯科医師と国民が、歯科予防に力を入れている
・治療費の公費負担の考え方にも、予防という発想が取り入れられている
・医学的な職人ではなく、人を動かせる社会人としての歯科医師育成に配慮している
加えて、総人口の統計学的なメリットも関係していそうです。ここに、1つのヒントがあるのではないでしょうか。国単位ではなく、例えば、都道府県単位の取り組みを考えてもいいように思います。
医院情報
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診療科目 | インプラント・口腔外科 |