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特発性浮腫
井林雄太

監修医師
井林雄太(井林眼科・内科クリニック/福岡ハートネット病院)

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大分大学医学部卒業後、救急含む総合病院を中心に初期研修を終了。内分泌代謝/糖尿病の臨床に加え栄養学/アンチエイジング学が専門。大手医学出版社の医師向け専門書執筆の傍ら、医師ライターとして多数の記事作成・監修を行っている。ホルモンや血糖関連だけでなく予防医学の一環として、ワクチンの最新情報、東洋医学(漢方)、健康食品、美容領域に関しても企業と連携し情報発信を行い、正しい医療知識の普及・啓蒙に努めている。また、後進の育成事業として、専門医の知見が、医療を変えるヒントになると信じており、総合内科専門医(内科専門医含む)としては1200名、日本最大の専門医コミュニティを運営。各サブスぺ専門医、マイナー科専門医育成のコミュニティも仲間と運営しており、総勢2000名以上在籍。診療科目は総合内科、内分泌代謝内科、糖尿病内科、皮膚科、耳鼻咽喉科、精神科、整形外科、形成外科。日本内科学会認定医、日本内分泌学会専門医、日本糖尿病学会専門医。

特発性浮腫の概要

特発性浮腫(idiopathic edema)は、明確な発症機序(原因やメカニズム)が特定されていない病態で、臨床的にはほかの疾患が除外されることで診断されます。決して珍しい病気ではなく、いくつかの要因が重なって起こると考えられています。

特発性浮腫の原因

1. 毛細血管からの細胞外液漏出

起立時に下肢の毛細血管から液体が漏れやすい

健常者よりも下肢の毛細血管から血管外へ流れ出す細胞外液が多く、その結果、血液中の水分が減少しやすいと考えられます。

身体が“脱水状態”と誤認し、体液を保持

血液中の水分が減ることで、身体は脱水状態だと判断し、レニンやノルエピネフリン、抗利尿ホルモンなどが分泌されて水分と塩分(ナトリウム)をためこもうとします。これにより、朝から夜にかけて急に体重が増える(浮腫む)現象が起こるとされています。

2. 食事制限後の食事摂取再開

減量目的の過度な食事制限

数日間、極端に食事を制限して体重を落とそうとすると、身体は飢餓状態に近い状態になります。

通常の食事に戻したときの影響

食事を再開すると、身体は急激に栄養(特に糖質)を取り込み、インスリンの分泌が増えます。さらにレニン-アンギオテンシン-アルドステロン系が活性化され、ナトリウムと水分の再吸収を促進します。

3. 利尿薬や下剤の使用

長期使用による体液バランスの乱れ

利尿薬や下剤を使い続けると、体液が過剰に排出されるため、身体は水分と塩分を保持しようとしてレニン-アンギオテンシン-アルドステロン系を活発化させます。

利尿薬中止後の急激な浮腫み

一度活性化されたナトリウム保持の仕組みは、利尿薬を止めてもすぐには戻らず、水分と塩分が身体にたまりやすい状態が続きます。そのため、著しい浮腫が生じるケースがあると考えられています。

その他の可能性

  • 二次性の高アルドステロン血症(身体内でアルドステロンが過剰になる)
  • 視床下部や甲状腺の異常
  • ドパミン放出や腎でのドパミン代謝の異常
  • 血管基底膜の異常
  • 毛細血管括約筋のコントロール異常

これらの要因が組み合わさり、特発性浮腫を引き起こしている可能性も指摘されています。

特発性浮腫の前兆や初期症状について

1. 好発年齢・性差

20~30代の女性に多い

男性に発症するのはまれです。周期的・間欠的に両下肢(足やふくらはぎ)に、指で押すと跡が残る「圧痕性浮腫」が現れます。

2. 月経との関連

月経前浮腫との似ている点

若い女性に多い・周期的に症状が出る などの特徴は月経前浮腫にも共通します。

月経周期とは必ずしも連動しない

詳細に観察すると、月経周期とは無関係に浮腫が出現していることがあります。患者さん自身は「生理に合わせて症状が出ている」と感じていても、実際にはそうでないケースがあります。

3. 初期症状の特徴

下肢の浮腫の始まり

生理前に始まり、周期的に生じる場合が多いですが、次第に持続的になるケースも見られます。気温上昇や立ち仕事など、長時間の立位で悪化しやすいです。

随伴症状

頭痛・倦怠感(けんたいかん)・不安・うつ症状などの精神的・身体的症状を伴うことがあります。浮腫が長引くことで、体重の増加や見た目の変化に対する不安が強まることがあります。

患者さんの意識

自身の体重や浮腫を強く気にする傾向があるため、軽度の浮腫でも敏感になりがちです。浮腫を恐れるあまり、数日間の絶食後に普通の食事を再開して、急に浮腫が悪化するケースも見られます。

4. 問診での重要ポイント

利尿薬や下剤の使用状況

特に、ダイエット目的などでこれらの薬を自己判断で長期使用している場合、浮腫がさらに悪化することがあります。ボディイメージを気にする若い女性は、体重や浮腫を気にして利尿薬を常用し始める場合があるため、注意が必要です。

発症当初との変化

初期は特発性浮腫の症状だったものが、食事制限や利尿薬の影響で複雑化し、慢性的な浮腫へ移行する例もあります。

症状が現れた際は腎臓内科、循環器内科を受診しましょう。

特発性浮腫の検査・診断

1. ほかの病気を除外することが優先

特発性浮腫は、はっきりとした器質的疾患(心臓・肝臓・腎臓などの病気)や内分泌異常、静脈・リンパ路の閉塞などがないことを確認してはじめて診断されます。そのため、まずはほかの原因による全身性の浮腫を徹底的に除外することが重要です。

病歴聴取と身体所見

レッド・フラッグサイン(急性の発症、高齢者、悪性腫瘍の疑いなど)があれば、該当する疾患(深部静脈血栓症、肺高血圧症、骨盤内悪性腫瘍など)を念頭に早期検査を行います。

一般的な検査項目

血液検査(血算・肝機能・腎機能・電解質・血清アルブミンなど)
心肝腎疾患や栄養状態の評価を行い、異常があればそれらの病気を疑います。
尿検査(尿定性)
腎疾患の有無を確認します。
必要に応じて

  • 胸部X線写真:心臓や肺の状態をチェック
  • 甲状腺機能検査:甲状腺の異常が原因でないか確認

体重の日内変動や尿量・生理周期の記録

特発性浮腫の患者さんは、朝と夕方で体重が大きく変化するケースがあります。生理周期との関連も一見するとありそうですが、実際には月経とは無関係に変動している場合もあります。

2. レッド・フラッグサインの具体例

以下のようなサインがある場合、ほかの重篤な病気の可能性を考慮し、早めに検査を受ける必要があります。

  • 72時間以内の急性発症
    → 深部静脈血栓症(DVT)などを疑う
  • 45歳以上の発症
    → 肺高血圧症やその他の重篤な疾患を考慮
  • 全身性疾患を示唆する所見
    → 心・肝・腎疾患などの可能性
  • 骨盤内悪性腫瘍の疑い・治療歴
    → 静脈・リンパ路閉塞による浮腫の可能性
  • 睡眠時無呼吸症候群の症状
    → 肺高血圧症との関連
  • 特定の薬剤使用歴
    → カルシウム拮抗薬、副腎皮質ステロイド、NSAIDsなどで浮腫が起こることがある

3. Thornの診断基準について

Thornの診断基準は40年以上前に提唱され、

  • 朝と夕方の体重差が1.4kg以上
  • 浮腫を生じる器質的疾患の除外
  • 精神障害または感情が不安定

という3項目が挙げられています。
しかし、実際には体重の日内変動が1.4kg未満でも特発性浮腫の可能性があるなど、現代の臨床では必ずしも当てはまらない例も多く、参考程度とされています。

特発性浮腫の治療

1. 患者さんへの説明と安心感の確保

ほかの重大な病気(心臓・腎臓・肝臓などの疾患や甲状腺異常など)が除外されたうえでの診断であることを伝え、過度な不安を和らげます。生活習慣の改善と非薬物療法で大半の症状がコントロールできる可能性があることを説明し、医師と一緒に治療方針を立てていく姿勢が大切です。

2. 非薬物療法(生活習慣の見直し)

塩分摂取の適度な制限

一般的に1日5~7g程度の塩分を目安にします。過度な制限はかえって身体内のホルモンバランスを乱すことがあるため、適度に控えることが重要です。

水分・食事摂取の適正化

炭水化物(糖質)の取りすぎは、インスリン分泌を高め、浮腫につながりやすい場合があります。規則正しい食生活を送ることが基本です。

心理的サポート

不安やうつ症状、過度なダイエットなどの背景がある場合は、心療内科や精神科医と連携してカウンセリングを受けるなど、精神・感情面へのアプローチが役立ちます。体重や見た目の変化に敏感な方には、ボディイメージについてのサポートが有効です。

生活習慣の改善

規則的な睡眠・適度な運動なども取り入れて、体調を整えます。高温環境を避ける、数時間仰向けで休む時間をとるなど、むくみを抑える工夫も考えられます。

弾性ストッキングの着用

起床前に着用して下肢の血流をサポートする方法がありますが、あまり効果がない場合もあります。

3. 薬物療法

利尿薬の中止

すでに利尿薬を使っている場合は、一時的に中止を試みます。中止直後は浮腫が一時的に悪化することがありますが、3~4週間程度様子をみることが大切です。

アルドステロン拮抗薬(スピロノラクトンなど)

特発性浮腫の患者さんは、レニン-アンギオテンシン-アルドステロン系が過剰に働いている(二次性高アルドステロン血症を呈している)場合があります。スピロノラクトンが有効なことがあり、ナトリウムや水分の過剰貯留を抑えるのに役立ちます。

その他の薬剤

ACE阻害薬、プロゲステロン、ブロモクリプチン、エフェドリンなどが使用されるケースもあります。

ループ利尿薬の長期使用は避ける

一時的には症状が改善することがありますが、長く使い続けるとレニン-アンギオテンシン-アルドステロン系をさらに活性化させ、逆に浮腫を悪化させる可能性があります。

特発性浮腫になりやすい人・予防の方法

特発性浮腫は、特に若い女性に多く見られ、精神的なストレスや体重・容姿への過度な意識が影響することがあります。また、月経周期との関連も指摘されています。

予防のためには、生活習慣の改善が重要です。塩分を控えめにすることで浮腫を軽減し、過度な食事制限を避けることで栄養バランスを保つことが大切です。薬を使用する際はむやみに利尿薬を使用せず、適切な管理が必要です。また、ストレス対策や精神的なケアを取り入れることで、症状の改善につながることもあります。


関連する病気

参考文献

  • Thorn GW:Approach to the patient with“idiopath- ic edema”o“r periodic swelling”. JAMA 206:333,1968.
  • MacGregor GA, et al:I“s Idiopathic”oedema idio- pathic? Lancet 1:397-400, 1979.

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