監修医師:
武井 智昭(高座渋谷つばさクリニック)
平成14年慶應義塾大学医学部を卒業。同年4月より慶應義塾大学病院 にて小児科研修。平成16年に立川共済病院、平成17年平塚共済病院(小児科医長)で勤務のかたわら、平成22年北里大学北里研究所病原微生物分子疫学教室にて研究員を兼任。新生児医療・救急医療・障害者医療などの研鑽を積む。平成24年から横浜市内のクリニックの副院長として日々臨床にあたり、内科領域の診療・訪問診療を行う。平成29年2月より横浜市社会事業協会が開設する「なごみクリニック」の院長に就任。令和2年4月より「高座渋谷つばさクリニック」の院長に就任。
日本小児科学会専門医・指導医、日本小児感染症学会認定 インフェクションコントロールドクター(ICD)、臨床研修指導医(日本小児科学会)、抗菌化学療法認定医
医師+(いしぷらす)所属
鼠咬症の概要
鼠咬症(そこうしょう)とは、細菌に感染したネズミに噛まれることで発症する感染症です。国内では主に戦前や戦時中に見られた感染症ですが、1987年に発症報告があります。
鼠咬症は原因となる細菌によって「らせん菌型」「レンサ桿菌型」に分けられます。原因菌や症状が異なることから、同じ鼠咬症でも二つは区別して扱われます。
レンサ桿菌型の原因菌は「ストレプトバチルス・モニリフォルミス」と呼ばれる細菌で、ドブネズミやハツカネズミ、クマネズミが保有していることがあります。レンサ桿菌型の鼠咬症では、関節痛を生じることがあります。
らせん菌型の原因となるのは「スピリルム・マイナス」という細菌です。一般的に、この細菌を体内に保有するネズミに咬まれることで発症します。発症すると、リンパ節の腫れを認めることがあります。
いずれの場合にも、咬まれた部位が腫れ、発熱や発疹などの皮膚症状が現れます。また、肺炎や意識障害、髄膜炎などの重篤な合併症を生じることもあります。適切な治療を受けない場合は、死に至るケースもあるため注意が必要です。
鼠咬症の治療では、原因となる細菌に有効な抗菌薬を用いた薬物療法がおこなわれます。
鼠咬症の原因
鼠咬症の原因は、特定の細菌を体内に保有するネズミに咬まれることです。
レンサ桿菌型の原因菌であるストレプトバチルス・モニリフォルミスは、ドブネズミやハツカネズミ、クマネズミ、アレチネズミなどが保有しています。まれにレンサ桿菌型の鼠咬症は、ストレプトバチルス・モニリフォルミスが含まれた牛乳を口にすることで発症するケースもあります。これは「ハーバーヒル熱」と呼ばれ、鼠咬症とは区別されます。
一方、らせん菌型の原因菌のスピリルム・マイナスは、ネズミやハツカネズミの体内に生息していることがあります。
鼠咬症の前兆や初期症状について
鼠咬症はいずれの病型でも、原因となる細菌を保有するネズミに咬まれてから3〜10日ほどの潜伏期間を経て、さまざまな症状が現れます。ネズミに咬まれた部位が腫れ、発熱や発疹などが出現します。
レンサ桿菌型では、咬まれた部位の傷が治癒した後、発熱や頭痛、嘔吐、関節痛、手足の発疹などが突発的に現れますまれではあるものの、心内膜炎を発症したり、さまざまな組織に膿瘍が生じたりすることもあります。
心内膜炎を発症すると、心臓に形成された菌の塊が剥がれ、血流に乗って全身に運ばれて脳梗塞や腸管虚血などを合併する恐れがあります。脳梗塞ではろれつが回らなくなったり体のバランスが取れなくなったりするほか、麻痺や意識障害を呈することもあります。腸管虚血が生じると、腹痛や下痢、大量の血便を認めることもあります。
一方、らせん菌型では、傷が治癒した後、ネズミに咬まれた部位が赤く腫れて発熱やリンパ節の腫れを認めます。発疹を認めることもあるものの、レンサ桿菌型と比較して軽症の症例が多い傾向にあります。しかし、重症の場合には肺炎や髄膜炎などを合併するケースもあります。
出典:NIID国立感染症研究所 「ラット咬傷歴が認められない鼠咬症例」
鼠咬症の検査・診断
鼠咬症の検査では、問診や血液検査、病理組織学的検査などがおこなわれます。
問診では症状やネズミに咬まれた状況などを確認し、鼠咬症が疑われた場合はさらに詳細な検査をします。
血液検査では、血球数や炎症反応の程度、腎機能、肝機能などを確認します。また採取した血液や膿・関節液などからの検体を用いた培養、あるいはPCR検査をおこない、原因菌の特定に役立てるケースもあります。
病理組織学的検査では、病態に応じて患部の組織を一部採取し、細胞の状態を顕微鏡で詳しく調べます。レンサ桿菌型では関節内に含まれる関節液を採取し、らせん菌型ではリンパ液や咬まれた部位の皮膚を採取することがあります。
このほか、症状に応じて心電図検査や胸部レントゲン検査、CT検査などがおこなわれることもあります。
鼠咬症の治療
鼠咬症の治療では入院加療によって抗菌薬を用いた薬物療法がおこなわれます。いずれの病型でも、ペニシリン系の抗菌薬が第一選択となり、点滴で投与されることが一般的です。その他「ストレプトマイシン」「テトラサイクリン」などの抗菌薬が用いられることもあります。
ペニシリンやストレプトマイシン、テトラサイクリンなどの抗菌薬にアレルギーがある場合や、心内膜炎などの合併症を認める場合には、他の抗菌薬が用いられることもあります。
鼠咬症になりやすい人・予防の方法
現在、国内での鼠咬症の発症例はごくわずかで、発症する可能性は極めて低いといえます。
しかし、過去には野生のネズミの多い田舎や貧困地域、密集した都市部などで発症が認められているため、現在も野生のネズミに咬まれないよう注意が必要です。
ネズミやモルモットなどを販売するペットショップの店員や、動物実験をおこなう従事者も鼠咬症のリスクがあるといえます。職業柄ネズミを扱う場合には、咬まれないように十分な対策を講じることが重要です。
また、家庭などの屋内でネズミを発生させないためには、ネズミの生息しにくい環境に整えることが重要です。
ネズミは雑食であるため、餌となりうる食べ物や生ごみ、ペットの餌などは放置せずに片付けるようにしましょう。ネズミに巣を作らせないよう、押し入れなどの収納やタンスの裏、物置などは定期的に掃除して衛生的に保つことも大切です。
このほか、ネズミの侵入路を塞ぐために、扉や壁が壊れている場合には早急に修理したり、エアコンの配管などにすきまがある場合にはモルタルなどで埋めたりすることも有効です。