監修医師:
勝木 将人(医師)
多発外傷の概要
多発外傷は、頭部と頸部(頸)、顔面、胸部、腹部、手足と骨盤、体表の6区域にわけたときに、同時に複数の区域に重度の損傷が起きた状態を指します。
多発外傷の原因は、交通事故や高所からの転落等の事故、あるいは自然災害などがあります。
症状は損傷された部位や程度によって異なり、肋骨などの多発骨折や内臓破裂、腹腔内出血、胸部外傷、外傷性の気胸などさまざまで、いずれも救急の処置が必要とされます。さらに頭部外傷や多臓器不全、出血性ショックなど、より重篤な症状が含まれる場合があり、処置が遅れれば患者が早急に死亡する恐れもあります。
多発外傷の検査では、血液検査や画像検査など必要となる各種の検査をおこないますが、緊急度によっては検査を実施せずに治療や救命処置を優先します。
治療においてもは、生命に最も関わる損傷から対応し、応急処置によって生命を救うことを優先します。
損傷に対する根本的な治療や、生命に直接関わることのない損傷の治療は急性症状が落ち着いた後におこなわれます。
多発外傷では、長期的な入院治療、栄養管理やリハビリテーションなどが必要になるケースも珍しくありません。
多発外傷の原因
多発外傷でよく見られる原因として交通事故が挙げられ、自動車や鉄道との衝突が代表的です。ほかにも産業現場での機械操作の誤りや、日常生活における転倒、高所からの転落・墜落などさまざまな事故が多発外傷につながる要因となります。
また、自然災害あるいは暴力行為などに巻き込まれ、多発外傷を受けるケースもあります。こうした事故の大半は、不慮の出来事として発生するものですが、自殺企図や第三者からの意図的な危害、戦争やテロなどの社会的混乱の結果として生じることもあります。
多発外傷の前兆や初期症状について
多発外傷の初期症状は、損傷を受けた部位によってさまざまです。
受傷直後は意識障害やショック障害など、生命の危険にさらされる全身症状が併発することもあります。
頭部と頸部
頭部外傷では意識障害や頭痛、嘔吐、手足のしびれ、運動麻痺などの症状が見られます。
頚椎骨折や棘突起骨折では首の激しい痛み、頸髄損傷では手足の運動麻痺や感覚障害などが生じます。
顔面
眼球外傷による視力障害、鼻骨骨折による鼻の出血や激しい痛みなどが見られます。
胸部
気胸や血胸によって胸痛や呼吸困難、ふらつき、息切れなどが生じることがあります。
心筋挫傷や心タンポナーデ(心臓と心臓を覆う心外膜の間に血液等がたまり、容易に心不全に移行する危険な状態)が起こると、胸部の圧迫感や意識障害、起座呼吸、出血性ショックが生じます。
肋骨骨折では激しい痛みの自覚症状があるほか、複数個所の肋骨骨折(フレイルチェスト)によって奇異呼吸などが現れることもあります。
腹部
腹腔内出血や内臓破裂による腹部膨満や出血性ショック、意識障害、立ちくらみなどが生じます。
持続性な腹部全体の痛みや発熱などが起こる腹膜炎に移行することもあります。
手足と骨盤
手足の骨や骨盤が骨折すると、激しい痛みや変形、腫れなどが生じます。
胸髄や腰髄が損傷して足の運動麻痺や感覚障害が生じたり、脱臼によって関節の変形や痛みが起こったりすることもあります。
体表
重度の擦過傷、あるいは火傷等によって、広い範囲で皮膚損傷が生じることがあります。
多発外傷の検査・診断
多発外傷の検査は、生命に関わる状況を迅速に判断し、適切な治療を開始するためにおこないます。
まず、意識状態やバイタルサイン、気道の状態、全身状態などを確認します。
可能であれば、受傷機転(外傷を負うに至った原因や経緯)、病歴や服用中の薬剤などの情報も収集します。
基本的な検査としては、血液検査や画像検査(X線、CT、超音波など)がおこなわれますが、多発外傷の多くの場合では、検査よりも生命維持に直結する治療が優先されます。
多発外傷の診断と重症度の評価においては、身体の各区域の損傷を点数化して評価する、「AIS」が用いられます。
客観的で迅速な診断が可能なことから、AISは治療方針の決定や予後予測に役立てられています。
多発外傷の治療
多発外傷の治療は、患者の全身状態を考慮しながら、優先順位をつけて実施されます。
治療の多くは各部位への外科的手術を含みます。救命のため、あるいは治療を施すために、必要に応じて輸血もおこなわれます。
頭部と頸部
頭部外傷の場合は必要に応じて開頭手術がおこなわれ、頭蓋内の出血を除去して脳圧が上昇するのを早急に防ぎます。
棘突起骨折や頸髄損傷などに対しては、頚椎カラーによって適切な保定をおこないます。
顔面
眼球に対する手術や顔面骨骨折整復術などが実施されることがあります。
胸部
気胸や血胸などでは挿管による胸腔ドレナージがおこなわれ、胸にたまった空気や血液を抜きます。
血胸で大量出血が見られる場合は、仰向けの状態で脚を高くして血圧上昇に努めたり、開胸手術で止血したりすることがあります。
心タンポナーデに対しては、心臓の周りから血液などの体液を抜く心嚢穿刺(しんのうせんし)が実施されます。
腹部
腹腔内出血や内臓破裂などが起こった場合は、開腹手術や経カテーテル的動脈塞栓術によって早急に止血します。
大量出血時にはバルーンカテーテルによる大動脈遮断がおこなわれることもあります。
手足・骨盤
骨折や脱臼が生じた場合は安静にしながら整復固定をおこないます。
大量出血時にはショックパンツや経カテーテル的動脈塞栓術によって、止血や血液循環の改善を図ります。
体表
損傷した皮膚に対して、洗浄や消毒、縫合などがおこなわれます。
多発外傷になりやすい人・予防の方法
多発外傷の原因は偶発的な事故が大半ですので、多発外傷になりやすい人という概念はありません。
多発外傷を完全に予防することは難しいですが、日ごろから交通安全を心がけること、生活範囲や職場の安全に配慮すること、事故が起こりそうな危険な場所には近づかない、立ち入らないことなどは、多発外傷の原因である事故の発生予防につながるでしょう。
また、もしも多発外傷で倒れている人を見つけたら、周囲の安全確認をしたうえで、できる限りの救命対応をしましょう。
具体的には、周囲に協力を仰ぎ、119番通報をして救急隊員の到着を待ちます。
救命講習に参加し、心肺蘇生法やAEDの扱いに慣れておくと、いざという時に役立ちます。