

監修医師:
居倉 宏樹(医師)
は呼吸器内科、アレルギー、感染症、一般内科。日本呼吸器学会 呼吸器専門医、日本内科学会認定内科医、日本内科学会 総合内科専門医・指導医、肺がんCT検診認定医師。
目次 -INDEX-
減圧症の概要
減圧症(DCS, Decompression Sickness)は、主に潜水や高地登山などの際に発生する健康障害です。
環境圧の低下に伴うすべての病理学的変化を指すより包括的な概念として減圧障害(DCI, Decompression Illness)があり、DCIはDCSと動脈ガス塞栓(AGE, Arterial Gas Embolism)を含みます。DCSはベンズ(病)またはケーソン病とも呼ばれ、大きく以下の2つに分けられます。
Ⅰ型
関節痛、筋肉痛、皮膚発赤を起こし、比較的軽症
Ⅱ型
呼吸循環器系や中枢神経系を傷害し、重篤で致死的になりうる
減圧症の原因
減圧症は、体内に溶け込んでいる主に窒素が急激に気泡化し、血流を妨げたり組織を傷つけたりすることによって引き起こされます。具体的に説明すると、高圧環境にあるときは呼吸で吸入した空気中の窒素は体内に溶け込んでいますが、その後に急速な減圧が起こると体内の窒素が急速に気泡化します。この気泡が血管を詰まらせたり、組織を障害したりすることで、さまざまな症状が現れます。
減圧症は潜水だけでなく、高地登山などでも発生する可能性があります。そのためスキューバダイバーのほかに飛行士、宇宙飛行士、高圧環境での土木作業員なども発症リスクがあります。特に、気圧が急激に変化する場合には注意が必要です。さらに、脱水状態や過度な運動もリスク要因となります。脱水状態では血液が濃くなり、窒素の蓄積が進むためです。
本稿では、一般の方が遭遇する可能性があるダイビングについて述べています。
減圧症の前兆や初期症状について
減圧症の症状は多岐にわたります。もっとも多い症状はⅠ型による関節痛、しびれや感覚異常、そして筋力低下です。ほかに倦怠感や疲労感、食欲不振、頭痛などが起こることもあります。Ⅱ型を発症して重篤になると上記に加えて視力障害、排尿困難、脳卒中様の症状(片側の筋力低下や発話困難)、呼吸困難などが起こり、意識障害から昏睡状態に至ることもあります。
ダイビングにおける減圧症は通常、浮上から15分から12時間以内に起こりますが、重症の場合は浮上前や直後から発症することもあります。12時間以降に起こることはまれですが、ダイビング後に飛行機へ搭乗すると気圧差がより大きくなるため、12時間を超えても発症する可能性があります。そのため、レジャーダイビングでは最終ダイブから最低12時間、複数回のダイビングを行った場合は18時間以内は飛行機に乗らないよう指導を受けます。
潜水後などに不調を感じた際は、早期に潜水医学専門医にかかりましょう。
減圧症の検査・診断
減圧症の診断にはまず患者さんから詳しい病歴を聴取します。ダイビングの場合であれば実際の潜水深度や滞在時間などの活動内容を確認することが重要です。その後、超音波検査やCT検査を行うことで、体内の気泡を確認できたり、他の疾患を除外できたりすることもあります。
また、若い健康なダイバーが潜水後に体調不良を感じた際には、まず減圧症を疑います。早期発見と治療が重要ですので、自覚症状がある場合は速やかに医療機関を受診してください。
減圧症の治療
減圧症の治療には主に酸素吸入療法と再圧療法があります。
まず減圧症が疑われたらすみやかに100%酸素を吸入することで血中の窒素を排出し、その後、必要な場合は高気圧環境下で再度酸素を吸入する再圧療法を行います。
具体的な治療手順は以下の通りです。
1. 酸素吸入
100%酸素を吸入すると、窒素濃度がゼロなので肺胞内のガス交換で濃度差が大きくなるため、呼吸による窒素排出が促進されます。軽症の場合、これだけでも効果があります。
2. 再圧療法
高気圧酸素治療チャンバーという装置に入って高気圧下で酸素を吸入し、体内から窒素を排出します。高気圧酸素チャンバーはカプセル状の一人用と、小部屋ほどの複数人用があります。一回の治療でチャンバー内に数時間ほど滞在します。チャンバーは、一人用であっても限られた医療機関にしかありません。
3. 観察とフォローアップ
治療後も経過観察を行い、必要に応じて追加治療を行います。
減圧症になりやすい人・予防の方法
減圧症になりやすい人にはいくつかの特徴があります。特に以下のような条件を持つ人はリスクが高まります。
高齢者
年齢とともに身体機能が低下しリスクが増加します。
肥満
明確な基準はありませんが過体重や肥満は減圧症のリスクとされています。
持病がある人
糖尿病、高血圧など持病がある方は注意が必要です。また、症状があるとは限りませんが卵円孔開存や心房中隔欠損といった先天性心奇形があると減圧症のリスクが高まりますので、ダイビングを始める前に一度チェックを受けておくと良いでしょう。
減圧症の既往がある人
残留窒素が溜まりやすい人がいるため、減圧症の既往がある人はより慎重な行動が必要です。
脱水状態
ダイビング前後で十分な水分補給を行わないとリスクが高まります。
過度な運動
ダイビング中に息切れするほど激しい運動をすることは、減圧症のリスク増加につながります。
これらの要因はそれぞれ単独でもリスク要因となりますので、自分自身の健康状態や活動内容について十分考慮する必要があります。
減圧症を予防するためには以下のポイントが重要です。
適切な潜行計画
レクリエーションダイビングにおいては、ダイブテーブルやダイブプランナーと呼ばれる表を使います。これはダイビングの活動内容(潜水深度や時間)から体内の残留窒素量を推定するもので、これを基に安全な潜行計画(深度、時間、浮上後の休息)が算出できます。ダイブコンピューターは、このテーブルを基に、ダイビング中に潜水時間や深度を計測しながら、減圧症を回避できる理論上の安全範囲を示してくれます。
ダイブテーブルやダイブコンピューターは絶対の保証ではありませんが重要な指針となりますので、指示を尊重して従いましょう。特に複数回のダイビングを繰り返す場合は残留窒素が蓄積するので、テーブルやコンピュータを活用し、無理のない潜水範囲にとどめましょう。
安全なダイビングの徹底
レクリエーションダイビングにおける基本的注意として、体に合ったダイビングウェアを着用する(きつすぎると減圧症のリスク)、ダイビング中は急激な動きを避ける、浮上時は特にゆっくり行動して安全停止を厳守する、十分な水分補給を心掛ける、疲労を感じたら以降の潜水を中止する、なども減圧症の予防として重要です。
休息時間
ダイビング後12〜18時間以上は飛行機に乗らないこと。
ナイトロックス
通常のレクリエーションダイビングで圧縮空気タンクに詰めて吸入するのは、窒素79%酸素21%の大気です。このとき、減圧症のリスクを下げる目的で、酸素濃度を増やしたナイトロックスまたはエンリッチド・エアと呼ばれる気体を吸入する方法があります。ナイトロックスを使うと残留窒素が減るため減圧症のリスクは軽減できますが、特殊な機材が必要、最大潜水深度が少し浅くなる、酸素中毒のリスクがある、などのデメリットもあるため、利用には注意が必要です。
健康管理
持病がある場合は医師と相談し、安全範囲内で活動することが重要です。
これらの対策を講じることで減圧症になるリスクを大幅に減少させることができます。特にダイビング前後には自分自身の健康状態についてよく考え、安全対策を講じることが大切です。




