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狂犬病
吉川 博昭

監修医師
吉川 博昭(医師)

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医学博士。日本ペインクリニック学会専門医、日本麻酔科学会専門医・指導医。研究分野は、整形外科疾患の痛みに関する予防器具の開発・監修、産業医学とメンタルヘルス、痛みに関する診療全般。

狂犬病の概要

狂犬病は、すべての哺乳類に感染する可能性がある病気です。狂犬病ウイルスに感染した動物から、唾液を経由して感染する病気で、日本では、四類感染症に分類されています。
狂犬病は世界中に分布しており、WHOによると2017年には約59,000人が感染しています。そのうち、アジアでの発生が30,000人以上を占め、40%の感染は15歳以下の小児です。
日本では、1956年以降国内を発生源とする狂犬病の感染はありません。海外で感染し、帰国後発症した輸入症例は2020年までに4例あります。日本では1950年に、イヌへの年1回の狂犬病予防ワクチンを義務付ける狂犬病予防法が施行されました。その結果、イヌでは1956年を最後に、日本国内での狂犬病の発生は確認されていません。
狂犬病の主な媒介動物は、イヌやキツネ、コウモリがあげられます。アジアでの主な媒介動物は主にイヌです。感染した場合、ヒトは1~3ヵ月程度、イヌは2週間~2ヵ月程度の潜伏期を経て発症します。発症後の有効な治療法は確立されておらず、致死率はほぼ100%の病気です。
狂犬病は、予防注射によって感染を防ぐことができます。狂犬病の発生がある国で動物と接する場合には、渡航前の予防注射の接種が望ましいです。

狂犬病の原因

狂犬病は、ラブドウイルス科リッサウイルス属の狂犬病ウイルスを病原体とするウイルス性感染症です。

狂犬病ウイルスに感染した動物に咬まれることにより、唾液に含まれるウイルスが体内に侵入し、発症します。

感染経路

狂犬病のアジアでの主な感染経路はイヌです。世界では、イヌやキツネ、オオカミ、ジャッカルといったイヌ科の動物とコウモリによって感染が起こっています。その他にも、マングースも感染経路となります。ヒトからヒトへの感染は通常はみられません。感染者の臓器移植(角膜移植)による感染例がありますが、とてもまれなケースといえます。輸血による感染例はありません。

狂犬病の前兆や初期症状について

狂犬病は、発症するまで症状がみられないのが特徴です。

野生動物に噛まれたら、内科や感染症内科を受診しましょう。

ヒトの場合

ヒトの場合、潜伏期間は1~3ヵ月です。発症までの潜伏期間には個人差があり、長い場合には1~2年経過後に発症した事例があります。最長では8年、最短では5日程度で発症したという報告があります。咬まれた部位が頭部に近い程発症が早く、発症後は脳や脊髄に炎症を引き起こすのが特徴です。ヒトにおける狂犬病の症状は前駆期、急性神経症状期、昏睡期の順に進行します。前駆期(初期症状)は以下のとおりです。

  • 風邪やインフルエンザに似た症状
  • 発熱
  • 頭痛
  • 食欲不振
  • 咬傷部のかゆみ
  • 掻痒感

前駆期に続く急性神経症状期には、以下の症状があげられます。

  • 不安感
  • 恐水(咽頭部痙攣により水が飲めなくなる)
  • 恐風(風により頚部の筋肉が痙攣する)
  • 興奮
  • 麻痺
  • 幻覚
  • 神経錯乱

そして、末期となる昏睡期の症状は、以下のとおりです。

  • 低血圧
  • 不整脈
  • 昏睡

最終的には、重度の昏睡による呼吸不全で死亡します。狂犬病が疑われる場合には、なるべく最寄りの保健所もしくは検疫所にご相談いただくか、検疫所のホームページから予防接種が可能な医療機関を検索して受診してください。

イヌの場合

イヌの場合、発症までの潜伏期間は2週間~2ヵ月の潜伏期間です。発症後は前駆期を経て、狂騒型と麻痺型の症状にわかれます。前駆期(初期症状)の症状は、以下のようなものがあげられます。

  • 情緒不安定
  • 光を嫌うような異常行動がみられる

狂騒型の症状は、以下のとおりです。

  • 神経過敏(興奮状態が続く)
  • 凶暴性(見境なく咬みつく)
  • 徘徊

また、麻痺型の症状には以下のものがあげられます。

  • 頭や首の筋肉の麻痺
  • 嚥下困難による食欲不振
  • つねに涎を垂らす
  • 歩行不能

症状が進むにつれて次第に昏睡状態になり、最終的には死亡します。

狂犬病の検査・診断

狂犬病は、狂犬病の発症以前には、感染の有無を調べることはできません

動物に咬まれた場合、咬んだ動物がその後2週間以上経っても狂犬病を発症していない場合、本人への感染を否定することが可能です。

ヒトの場合の生前診断の方法

狂犬病の感染初期の生前診断は困難です。ヒトの病原体診断の方法は、以下の手順で行われます。

PCR法による病原体の遺伝子の検出(唾液など)
蛍光抗体法(FA)によるウイルス抗原の検出(皮膚、角膜など)
間接蛍光抗体法(IFA)またはELISA法による抗ウイルス抗体の検出(脳脊髄液)
分離・同定による病原体の検出(唾液)

診断前に狂犬病ワクチンを接種している場合は、血清中の抗体が反応してしまうため、正確な診断ができません。

イヌの場合の確定診断

イヌの場合は、死後に病原体診断により確定診断を行います。イヌの病原体診断の方法は、以下のとおりです。

ウイルス抗原検索(脳組織の塗抹標本を用いた直接蛍光抗体法)
ウイルス特異遺伝子の検出(脳組織乳剤を用いたRT-PCR法)
ウイルス分離法(脳組織乳剤を乳のみマウス脳内およびマウス組織芽細胞腫由来培養細胞に接種する)

狂犬病は、発症してからの治療法は確立されておらず、発症した場合の致死率はほぼ100%の感染症です。

そのため、野生動物に噛まれないように対策をすることが大切です。

狂犬病の治療

狂犬病は、発症してからの治療法は確立されておらず、発症した場合の致死率はほぼ100%の感染症です。

そのため、野生動物に噛まれないように対策をすることが大切です。

暴露後ワクチン接種

狂犬病は、咬まれた直後から短期間で複数回にわたって狂犬病予防注射を接種することにより、発病を防ぐことができます。WHOによる暴露後ワクチン接種のカテゴリの分類は、以下のとおりです。

  • カテゴリ1:動物と接触する・舐められる(傷や出血無し)といった行為をした場合
  • カテゴリ2:出血のない切り傷や咬傷が発生したり、むき出しの皮膚をかじられたりした場合
  • カテゴリ3:出血し皮膚を破るような咬傷やひっかき傷が発生した場合や、粘膜部分や傷のある皮膚を舐めなめられたりした場合(動物の唾液との接触)。コウモリによる咬傷(深刻な暴露)を負った場合。

カテゴリ1の場合は暴露後のワクチンが必要で、カテゴリ2の場合は創部を洗浄した後、迅速なワクチン接種が必要です。カテゴリ3の場合、創部洗浄ののち迅速なワクチン接種が必要になります。また、異物を排除するように働く免疫グロブリンを必要に応じて投与します。免疫グロブリンの投与は、国内では承認されていません。暴露後ワクチンにより、咬傷を受けた後の狂犬病の発症を95%抑えることができるとWHOは提唱しています。動物から咬傷を受けた場合には、暴露前に予防接種をしていても再度ワクチン接種が必要です。咬傷を受ける前に狂犬病予防接種を済ませている場合の暴露後ワクチン接種回数は2回で、接種0日目と3日後に行います。国内承認ワクチンを使用する場合、接種回数の規定は3回です。動物に咬まれた国で接種が完了する前に帰国した場合、国内の医療機関で接種が可能です。検疫所のホームページから、接種可能な医療機関を検索することができます。イヌの場合、発症した後の治療は行わないことがほとんどです。イヌがほかの動物に咬まれた場合にも、暴露後ワクチンはヒトと同様に有効です。

狂犬病になりやすい人・予防の方法

狂犬病になりやすい(り患しやすい)人は、次のような方があげられます。

  • 海外で狂犬病にかかっている動物との接触頻度が高い人
  • 狂犬病の治療にあたる医療従事者

狂犬病予防の方法

狂犬病には、発症後の確立された治療法がないため、予防がとても重要です。狂犬病の予防方法は、予防接種を受けることです。海外では狂犬病にかかるリスクが高くなるため、渡航前に狂犬病予防接種を受けましょう。WHOでは、予防注射は少なくとも2回接種を受けることを重要としています。海外において、感染の可能性のある野生のイヌ、コウモリと接触しないことも狂犬病予防には重要です。

狂犬病予防ワクチンの副反応

イヌの狂犬病予防接種において、副反応はごくわずかですが報告されています。狂犬病ワクチンの副反応は、以下のような一過性の症状です。

  • 身体を痛がる
  • 元気・食欲不振
  • 下痢・嘔吐

また、過敏体質の場合、まれにアレルギー反応やアナフィラキシー反応がみられることがあります。

アレルギー反応の症状は、以下のとおりです。

  • 顔面膨張
  • 掻痒
  • 蕁麻疹

また、アナフィラキシー反応(ショック)には、以下の症状があげられます。

  • 虚脱
  • 貧血・血圧の低下
  • 呼吸が速くなる・呼吸困難
  • 体温低下
  • 涎を垂らす
  • ふるえ・痙攣
  • 尿失禁

日本では1956年以降、国内で狂犬病ウイルスに感染したことを原因とするヒトの狂犬病の発生はありません。海外で狂犬病に感染したイヌに咬まれ、帰国後に発症した輸入症例は次の4例があり、いずれも死亡しています。

  • 昭和45年(1970年):ネパールからの帰国者で1例
  • 平成18年(2006年):フィリピンからの帰国者で2例
  • 令和2年(2020年):フィリピンからの入国者で1例

イヌの狂犬病予防

イヌの狂犬病予防は、ヒト同様に予防接種が有効です。1950年に狂犬病予防法が施行されて以降、飼い犬への狂犬病予防接種が義務付けられています。この法律により、飼い主は年に1度飼い犬に狂犬病予防接種を受けさせる義務があります。また、イヌを飼う場合は、市町村への登録が必要です。91日齢以上の飼い犬は、飼い始めた日から30日以内に住んでいる市町村に登録を行い、鑑札の交付を受けましょう。

国内におけるイヌの狂犬病の発症数は、以下のとおりです。

  • 1953年:173頭
  • 1954年:98頭
  • 1955年:23頭
  • 1956年:6頭

1957年以降、イヌの狂犬病の発生はありません。狂犬病予防接種により、イヌの狂犬病発生を抑え込むことに成功したといえます。また、動物全般においても昭和32年(1957年)のネコでの発生以降、狂犬病発生の記録はありません。

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