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監修医師:
岡本 彩那(淀川キリスト教病院)
目次 -INDEX-
腹膜腫瘍の概要
腹膜とは腹部の内臓を包む膜のことで、腹膜に生じた腫瘍を総称して「腹膜腫瘍」といいます。
腹膜腫瘍の代表的なものとしては、腹膜中皮腫、腹膜がんが挙げられます。
腹膜中皮腫は、腹膜を構成している中皮細胞ががん化する病気です。
腹膜がんとは異なるがんで、アスベスト(石綿)に長期間曝露されたことが主な原因とされています。
腹膜がんは、腹膜から発生するがんです。
非常に珍しいがんで、人口10万人あたり6人未満しか診断されません。
男性よりも女性に多く見られ、特に60代以降の方に発症が多い事が特徴です。
お腹の中にがんの広がりがみられるものの、卵巣や卵管などが原発でなく、漿液性がん(しょうえきせいがん:漿液膜に発生するがん)である場合に「腹膜がん」と診断されます。
腹膜がんは卵巣がんや卵管がんと似た性質を持ち、その治療法も非常に似ています。
進行するまで症状が現れにくく、初期段階では自覚しにくいことが多いです。
腹膜腫瘍の原因
腹膜腫瘍の原因は、腹膜中皮腫と腹膜がんで大きく異なります。
腹膜中皮腫の原因
腹膜中皮腫の主な原因は長期間にわたるアスベストへの曝露だと考えられています。アスベストへの曝露が原因となるケースは30〜50%程と言われています。
アスベストにさらされると、体の中で酸素の不安定な分子が発生し、これがDNAを傷つけ、最終的にがんを引き起こすと考えられています。
また、アスベストが炎症を引き起こすことで細胞の成長を促進し、がんの発生を助けることも要因のひとつです。
アスベストにさらされてからがんが発症するまでの期間は、約20年とされています。
腹膜がんの原因
腹膜がんの原因は完全には解明されていません。
BRCA1やBRCA2などの遺伝子に変異のある方(HBOC:遺伝性乳がん卵巣がん)は、さまざまながんを発症するリスクが高く、そのうちの一つとして腹膜がんのリスクも高まると考えられます。
腹膜がんの多くは「漿液性腺がん(しょうえきせいせんがん)」というタイプです。
このがんは主に腹膜の表面に発生します。
腹膜がんのほか、卵巣がんや卵管がんも漿液性腺がんに分類されます。
漿液性腺がん(卵巣がん、卵管がん、腹膜がん)のうち、腹膜がんが占める割合は10%から20%と言われています。
なお最近の研究では、漿液性腺がんの多くは、卵管から発生している可能性が高いと考えられています。
腹膜腫瘍の前兆や初期症状について
腹腔内に発生するため、初期の段階では症状がほとんど現れませんが、がんが進行するにつれて、以下のような症状が現れ始めます。
お腹が張る
腹水がたまりやすくなり、お腹が張った感じを自覚することがあります。
これは、腹腔内に異常に多くの液体が蓄積するためです。腹水がたまると、食欲低下や息切れ、呼吸困難などの症状などが現れることもあります。
腹部、腰部の痛み
腹部や腰に痛みを感じることがあります。
この痛みは、がんが周囲の組織や臓器に圧力をかけるために発生します。
不正出血
女性の場合、不正出血が見られることがあります。
排便の異常
がんが腸の動きに影響を与え、正常な排便が困難になります。
腹膜腫瘍の検査・診断
採血や画像検査などは診断のための手助けになりますが、確定するためには病理検査が必要です。
腹膜中皮腫の診断
採血や画像検査で診断することは難しいですが、他の病気との鑑別のために重要です。
腹水の検査や細胞診も診断の助けにはなりますが、確定診断にはなりません。
これらの検査の結果、腹膜中皮腫が強く疑われる場合は、細胞の一部を採取して、病理検査を行います(生検)。
生検の方法としては、腹腔鏡や開腹して組織をとる方法が一般的です。
診断された組織は、上皮型、肉腫型、混合型の3つに分類され、そのうち上皮型は経過や治療の反応が良好とされています。
腹膜がんの診断
腹腔内に腫瘍が広がり、卵巣や卵管にがんの原発となるような病変が見られない場合、「腹膜がん」と診断されます。あわせて、その他の臓器原発の腹膜転移ではないかを確認する必要があります。
腹膜がんの確定診断のためには、手術と病理検査が必要です。
腹腔内を直接観察するために、開腹手術や腹腔鏡を使います。
その過程で、子宮全摘術や両側の卵巣と卵管の切除、骨盤や大動脈周囲のリンパ節の生検や郭清、大網の切除、そして腹腔内の腫瘍の除去が行われます。
これらの手術により得られた組織を病理学的に調べることで、確定診断がなされ、がんの進行期も評価されます。
手術後に卵巣や卵管に原発巣と考えられる病変が見つかった場合には、「卵巣がん」や「卵管がん」と診断が変更されることもあります。
腹膜腫瘍の治療
腹膜中皮腫と腹膜がんでは、それぞれに応じた最適な治療法が検討されます。
腹膜中皮腫の治療
腹膜中皮腫は完治が難しく、手術や放射線治療だけでは十分な効果が期待できないことが多いです。
主な治療方法は抗がん剤を使った化学療法です。
ただし現時点で悪性腹膜中皮腫にのみ承認されている抗がん剤はないため、悪性胸膜中皮腫で承認されている薬を組み合わせて使用する化学療法が一般的です。
腹膜がんの治療
腹膜がんは卵巣がんや卵管がんと同じ治療を行うことが一般的です。
治療の基本は手術と抗がん剤です。
手術は、腹膜がんの診断を確定し、できる限り腫瘍を取り除くために行います。
しかし、腹膜がんが進行していて手術で完全に摘出することが難しい場合や、全身状態が不良の場合、重篤な合併症がある場合などは、手術ができないこともあります。このような場合は、先に化学療法(抗がん剤治療)を行った後、手術を検討します。
手術の方法は開腹または腹腔鏡です。
腹腔内を観察し、子宮や両側の卵巣と卵管、必要に応じて骨盤や傍大動脈のリンパ節、大網という組織を取り除きます。
また、腹腔内に広がった腫瘍もできる限り取り除き、手術の後には抗がん剤治療を行います。
腹膜腫瘍になりやすい人・予防の方法
腹膜中皮腫と腹膜がんでは原因が違うため、予防方法も異なります。
腹膜中皮腫の予防
腹膜中皮腫の多くは、アスベストの曝露が原因だと考えられています。
アスベストは、非常に細かい繊維でできた鉱物で、空気中に浮かんでいるときに吸い込まれると、肺の深い部分にまで達することがあります。
そして、一度吸い込まれた繊維は、体内で分解されにくいため、長い期間体の中に留まることになります。
職業上アスベストの取り扱いがある場合は、吸引することがないよう防じんマスクを正しく装着することが予防につながります。
腹膜がんの予防
腹膜がんを発症する詳しいメカニズムは分かっていないため、確実な予防法も現在のところ見つかっていません。ただし、腹膜がんに限らず、タバコはがんのリスクを大幅に高めるため、控えるようにしてください。
食生活では、塩分の多い食品は控えめにし、バランスの良い食生活を心がけましょう。
また、適正体重の維持や適度な運動、定期的な検診も重要です。
参考文献