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音響外傷
小島 敬史

監修医師
小島 敬史(国立病院機構 栃木医療センター)

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慶應義塾大学医学部卒。医師、医学博士。専門は耳科、聴覚。大学病院および地域の基幹病院で耳鼻咽喉科医として15年以上勤務。2年間米国で基礎研究に従事の経験あり。耳鼻咽喉科一般の臨床に従事し、専門の耳科のみならず広く鼻科、喉頭、および頭頸部腫瘍疾患の診療を行っている。日本耳鼻咽喉科学会専門医、指導医。日本耳科学会、日本聴覚医学会、日本耳鼻咽喉科臨床学会の各種会員。補聴器適合判定医、補聴器相談医。

音響外傷の概要

音響外傷とは、大きな音(強大音)にさらされることによって、耳の奥にある音を感じ取る内耳(ないじ)という部分、特に蝸牛(かぎゅう)の中の「有毛細胞(ゆうもうさいぼう)」と呼ばれる細胞がダメージを受け、急に聞こえが悪くなる状態を指します 。 爆発音や銃声、ライブ会場での大音量スピーカーの近くなど、予期しない突発的な強大音(130dB以上が目安)が原因となることが多いです 。聞こえにくさ(難聴)だけでなく、耳鳴りや耳の詰まった感じ(耳閉感)、めまいを伴うこともあります。 発症してしまった場合、1週間以内の早期診断と治療が重要と考えられています。

音響外傷の原因

音響外傷の主な原因は、強大な音エネルギーそのものです。大きな音は空気の激しい振動であり、その振動が耳の中の繊細な組織、特に音を感じ取る役割を持つ有毛細胞やそれを支える細胞、神経線維などに物理的なダメージを与えます 。 具体的には、有毛細胞が壊れたり、抜け落ちたり、機能不全に陥ったりします。また、強大音は内耳の血流を悪化させたり、細胞に有害な活性酸素を発生させたりすることも、難聴を引き起こす一因と考えられています 。

発症のリスクを高める要因としては、音の大きさ(音圧レベル)はもちろん、音にさらされた時間の長さ、音の種類(衝撃的な音の方がダメージが大きい)、そして個人の元々の聴力や耳の構造、健康状態なども関係すると考えられています。特に、予期せず突然大きな音を聞いた場合や、近い距離で音を聞いた場合にリスクが高まります。

音響外傷の前兆や初期症状について

音響外傷は、強大な音に曝された直後に発症するため、風邪のひきはじめのような明確な前兆はありません。しかし、強大音を聞いた直後に現れる以下のような初期症状には注意が必要です。

急な聞こえにくさ(難聴) 片耳または両耳が突然聞こえにくくなる、音がこもって聞こえる

耳鳴り キーン、ジーといった音が耳の中で鳴り続ける、特に強大音曝露後の耳鳴りは、内耳がダメージを受けたサインである可能性が高いです

耳の詰まった感じ(耳閉感) 耳に水が入ったような、膜が張ったような感じがする

めまい まれに、ぐるぐる回るようなめまいや、ふらつきを感じることもあります

これらの症状は、一時的なもので自然に治まることもありますが、永続的な難聴につながる可能性もあります。特に、大きな音を聞いた後にこれらの症状を自覚した場合は、決して様子を見たり自己判断したりせず、できるだけ早く(できれば当日か翌日までに)耳鼻咽喉科を受診してください。 早期に適切な治療を開始することが、聴力回復の可能性を高めるために重要です。

音響外傷の検査・診断

音響外傷が疑われる場合、まずは詳しい問診が行われます。いつ、どのような状況で、どのくらいの大きさの音を聞いたか、どのような症状(難聴、耳鳴り、めまいなど)があるか、などを詳しく確認します。 次に、聴力検査を行います。基本的なのは「純音聴力検査」で、さまざまな高さの音がどのくらいの大きさで聞こえるかを調べます。音響外傷では、特に高い音(4kHz付近)の聞こえが悪くなる特徴的なパターンを示すことがあります。 問診での強大音曝露のエピソードが診断の大きな手がかりとなります。通常、CTやMRIなどの画像検査は必須ではありませんが、ほかの病気が疑われる場合には行われることもあります。

音響外傷の治療

音響外傷の治療は、できるだけ早く開始することが重要です。急性期(発症後すぐ)の治療としては、内耳のダメージを軽減し、回復を促す目的で、以下のような薬物療法や治療法が組み合わせて行われることがあります。

副腎皮質ステロイド薬 内耳の炎症を抑え、むくみを取る効果が期待され、飲み薬や点滴で投与されます

ビタミンB12製剤 神経の働きを助けるビタミンです

循環改善薬 内耳の血流を改善する薬です

高気圧酸素療法 高濃度の酸素を吸入することで、内耳の酸素不足を改善する治療法です。実施できる施設は限られます

フリーラジカルスカベンジャー 活性酸素を除去する薬剤(エダラボンなど)の効果も研究されています

治療効果は、受けたダメージの程度や治療開始までの時間によって異なります。早期に適切な治療を開始すれば聴力が回復する可能性もありますが、残念ながら完全にもとどおりにならない場合や、難聴や耳鳴りが後遺症として残ってしまうこともあります。特に、強い音にさらされた場合や、治療開始が遅れた場合は、回復が難しい傾向にあります。難聴が固定してしまった場合は、補聴器の使用が検討されます。

音響外傷になりやすい人・予防の方法

音響外傷は、強大な音にさらされる機会があれば誰にでも起こりうる病気ですが、特に以下のような方は注意が必要です。

職業 工事現場、工場、空港、自衛隊、警察、消防など、日常的に大きな音が発生する環境で働く方、ミュージシャンや音響技術者などもリスクが高いといえます

趣味・娯楽 ライブコンサートやクラブ、音楽フェスティバルによく行く方。射撃やモータースポーツなどを楽しむ方

生活習慣 イヤホンやヘッドホンで、長時間・大音量で音楽などを聴く習慣がある方

音響外傷の有効な対策は予防です。以下の点を心がけましょう。

大きな音を避ける 工事現場やライブ会場など、大きな音が発生する場所では、音源からできるだけ離れ、スピーカーのすぐ前などは避ける

耳栓(イヤープラグ)を使用する 大きな音にさらされることが避けられない場合は、適切に耳栓を使用する。ミュージシャン用の特殊な耳栓もあります

イヤホン・ヘッドホンの適正利用 周囲の音が聞こえる程度の音量に留め、長時間連続して使用しない。1時間に10分程度の休憩を挟む。騒がしい場所では、音量を上げすぎないようにノイズキャンセリング機能付きのイヤホンを使うのも有効です

定期的な聴力検査 大きな音にさらされる機会が多い方は、定期的に聴力検査を受け、早期に変化を発見することが大切です

関連する病気

  • 音響性難聴
  • 急性音響外傷
  • 慢性音響外傷
  • 音響性耳障害
  • 音響性めまい

参考文献

  • 水足邦雄. 音響外傷と急性音響性難聴. JOHNS. 2019;35(5):601-604.
  • 音響性難聴と音響外傷. JOHNS. 2020;36(1):85-88.
  • 飯野ゆき子. 音響による聴覚障害の基礎 病理組織学的所見. JOHNS. 2006;22(7):955-960.
  • 日本聴覚医学会編. 急性音響難聴 診療の手引き 2018年版. 東京: 金原出版; 2018.
  • 佐藤宏昭. 急性感音難聴. 耳喉頭頸. 2024;96(10):821-826.
  • 仲野敦子. 子どもとメディア~聴力への影響~. 小児科臨床. 2018;71(4):591-595.

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