縦隔炎
高宮 新之介

監修医師
高宮 新之介(医師)

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昭和大学卒業。大学病院で初期研修を終えた後、外科専攻医として勤務。静岡赤十字病院で消化器・一般外科手術を経験し、外科専門医を取得。昭和大学大学院 生理学講座 生体機能調節学部門を専攻し、脳MRIとQOL研究に従事し学位を取得。昭和大学横浜市北部病院の呼吸器センターで勤務しつつ、週1回地域のクリニックで訪問診療や一般内科診療を行っている。診療科目は一般外科、呼吸器外科、胸部外科、腫瘍外科、緩和ケア科、総合内科、呼吸器内科。日本外科学会専門医。医学博士。がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会修了。JATEC(Japan Advanced Trauma Evaluation and Care)修了。ACLS(Advanced Cardiovascular Life Support)。BLS(Basic Life Support)。

縦隔炎の概要

縦隔炎とは、胸の中央部にある「縦隔」と呼ばれる空間に炎症が生じる病気です。
縦隔は左右の肺にはさまれた領域で、心臓や大血管、食道、気管、リンパ節、神経など重要な器官が集まっています。この部分に炎症や感染が起こると、呼吸困難や胸痛、発熱などの症状が出現し、場合によっては生命にかかわるリスクを伴います。なぜなら、縦隔内部は呼吸や循環機能に深く関わる器官が密集しているため、軽度の感染や損傷でも周囲へ波及しやすく、急速に悪化することがあるからです。
縦隔炎には、急激に症状が進む「急性縦隔炎」と、真菌(かび)や結核などによる慢性的な炎症が背景となる「慢性縦隔炎」があります。

縦隔炎の原因

縦隔炎の原因には、大きく分けて外科手術や外傷などの物理的な侵入口が存在するケースと、結核菌や真菌といった病原微生物による持続的な感染が考えられます。
急性縦隔炎は主に外的要因や突発的な合併症などによって引き起こされやすく、以下のような原因が代表的です。

食道穿孔
飲み込みづらさ激しい嘔吐がきっかけになることも少なくありません。壁が破れて食道内の内容物が縦隔へ漏れると、一気に細菌感染が広がり重篤化しやすいです。

胸骨正中切開後の創部感染
心臓や大血管の手術で胸骨を縦に切開する方法を受けたあと、術後管理がうまくいかないと創部から感染が縦隔まで及ぶ場合があります。

頭頸部領域の重症感染
咽後膿瘍や歯からの感染が筋膜を伝って胸まで波及する「降下性壊死性縦隔炎」も見られます。むし歯や歯茎の炎症を放置してしまった結果、連続して炎症が広がることがあります。

慢性縦隔炎の原因としては、以下が挙げられます。

結核菌による持続感染
肺だけでなく縦隔のリンパ節を侵し、病巣が広がると線維化が進むことがあります。

真菌感染
ヒストプラズマなどの真菌が縦隔リンパ節で増殖し、緩徐に組織を傷害して線維化に至ることがあります。

サルコイドーシスなどの慢性炎症性疾患
体内で原因不明の肉芽腫が形成され、縦隔に及ぶ場合があります。

縦隔炎の前兆や初期症状について

急性縦隔炎では、初期症状として胸の奥深くに痛みを覚えたり、発熱強い倦怠感が出ることが多いです。痛みは胸骨の裏側や背中にまで及ぶ場合があり、体位を変えたり咳き込んだりすると増強しやすい点も特徴です。飲み込む際にしみるような痛み(嚥下時痛)を訴える人も少なくありません。こうした症状が進むと、呼吸が苦しくなったり、胸が膨らませづらくなる呼吸困難をきたすことがあります。重症化するケースでは、ショック状態や多臓器不全へ発展し、緊急の集中治療を要することも考えられます。

一方、慢性縦隔炎の初期症状はわかりにくいことが多いです。微熱軽い息苦しさ程度で経過し、別の検査を受けたときに偶然見つかるケースもあります。しかし、縦隔内で線維化が進行すると、次第に周囲の臓器を圧迫し、徐々に呼吸困難感や胸の不快感、脈の乱れなどが出てくるかもしれません。結核が原因となる場合、通常の肺結核と同様に咳や痰、夜間の発汗、体重減少といった症状を伴うこともあります。

特に注意が必要なのは、歯やのどの痛みなど身近なトラブルが急に悪化して胸の痛みや強い発熱を伴う場合です。たとえば、むし歯による歯の根元の膿瘍が首の深い部分に波及し、それが縦隔にまで到達すると「降下性壊死性縦隔炎」を引き起こす可能性があります。この病態は生命予後を左右する重大な感染症であるため、早期対応が欠かせません。

どの診療科を受診すればよいか迷う場合は、まず呼吸器内科胸部外科で相談するのが選択肢の一つです。
食道穿孔が疑われるときは消化器内科や消化器外科との連携、歯やのどの感染が根源なら歯科口腔外科や耳鼻咽喉科との連携が必要です。そうした多面的な診療科の協力がないと適切な治療計画が立てられないこともあり、縦隔炎は単一科だけで完結する病気とは言えません。

縦隔炎の検査・診断

縦隔炎を疑う場合、まずは胸部X線撮影が行われることが多いです。縦隔の陰影が広がっている、空気(ガス)が縦隔に存在するなどの異常所見があれば、急性縦隔炎の可能性が考えられます。しかし、X線だけでは病変の正確な範囲を把握できない場合があり、より詳細な情報を得るために胸部CT(コンピュータ断層撮影)を行います。CT検査では縦隔の脂肪組織、リンパ節、血管、食道などを断面的に評価できるため、炎症や膿瘍の広がりを把握しやすいです。

急性縦隔炎が疑われる際は、症状の進行度合いを見極めることが重要です。血液検査では白血球の増加やCRP(C反応性タンパク)、プロカルシトニンなど炎症マーカーが上昇し、体内の感染レベルをおおまかに知る手がかりとなります。さらに、血液培養を行って起因菌を特定する場合もあります。たとえば、黄色ブドウ球菌やコアグラーゼ陰性ブドウ球菌、口腔内雑菌、嫌気性菌、グラム陰性桿菌などが検出されることもあり、結果次第で抗菌薬の選択が変わることがあります。

頭頸部領域からの感染(降下性壊死性縦隔炎)が疑われる場合、首の検査も大切です。頸部のCTなどで感染巣がどこから始まり、どのように胸部へ広がっているかを確認することが必要になります。歯科や口腔外科との連携が求められるケースもあり、感染源を取り除かなければ治療効果が上がりにくいことがあります。

慢性縦隔炎が疑われるときは、より綿密な検査が行われます。結核や真菌感染を念頭に置くなら、喀痰検査や血液中の抗体検査皮膚反応テストなどが実施されることもあります。また、悪性腫瘍との鑑別のために組織生検を行うことが少なくありません。CTガイド下で患部に針を刺し、組織片を採取して顕微鏡で調べることで、リンパ節が結核や真菌、あるいは腫瘍による病変なのかを確認します。

縦隔炎の治療

急性縦隔炎の治療は、何よりも早期対応が重要です。最初のステップとして、抗菌薬の点滴投与が始まります。嫌気性菌やMRSA、グラム陰性菌など幅広い病原体に対応できる「広域抗菌薬」が選ばれる場合が少なくありません。たとえばカルバペネム系やβラクタマーゼ阻害薬配合のペニシリン系薬を使用することで、起因菌を広範囲にカバーします。胸骨正中切開後の感染が原因となる場合はMRSAを想定し、バンコマイシンやリネゾリド、ダプトマイシンなどを併用することがあります。

外科的治療も、急性縦隔炎では大切な要素です。炎症によって膿がたまっている(膿瘍形成)ときは、ドレナージ(外科的に膿を排出する処置)を実施しないと抗菌薬だけでは回復しにくい場合があります。特に胸骨正中切開後の深い感染では、デブリードマン(感染巣や壊死組織の徹底的な除去)が欠かせません。創部を洗浄し、感染源を取り除くことで、治療効果を向上させるとともに全身への波及を防ぎます。

また、食道穿孔が原因の場合は、穿孔部位を早期に修復する手術が推奨されるケースがあります。食道の破れが続くと、胃酸や細菌がどんどん縦隔に漏れてしまい、感染が止まらないばかりか、感染範囲が広がって重症化します。24時間以内に外科的アプローチを行うことで、生存率が大きく向上するといわれています。降下性壊死性縦隔炎の場合は、頸部の切開ドレナージに加えて、胸部へのアプローチが必要です。首だけ処置しても縦隔の膿が抜けないと感染が持続するため、縦隔内のドレナージを併用することで死亡率を低下させられると報告されています。

近年は局所陰圧閉鎖療法(VAC療法)が広がっており、創部を陰圧に保つことで膿や浸出液を排出しやすくする方法もあります。これにより治療期間の短縮や全身状態の改善が期待されます。高気圧酸素療法を補助的に導入している施設もあり、酸素環境を高めて細菌の繁殖を抑制し、白血球の殺菌能力を高めようという試みがなされています。

慢性縦隔炎では、原因が結核の場合は抗結核薬、真菌の場合は抗真菌薬を投与することがあります。ただし、すでに線維化が進行している場合は薬剤が十分に効きにくいことも多く、症状を緩和するために外科的に圧迫を解除する手術が行われることもあります。肺動脈や上大静脈が圧迫されているときはバイパス術やステント留置で血流を確保する、気管が圧迫されているときは気管ステントの挿入など、症状に合わせてさまざまな方法が検討されます。

縦隔炎になりやすい人・予防の方法

胸骨正中切開術などの大がかりな心臓外科手術を受けた方
手術後の創部が深部まで感染する危険性があり、術後管理で少しでもトラブルが起こると縦隔まで波及する可能性があります。退院後は創部の痛みや発赤、発熱などに注目し、早めに受診することが大切です。

食道やのどの疾患がある方
食道がんや食道憩室、食道潰瘍などがあるときは穿孔リスクが高まります。また、むし歯や歯茎の感染を放置すると、首の奥を通って縦隔まで炎症が波及しやすいです。のどが腫れて嚥下しづらい、歯の痛みが急にひどくなったといった場合は放置せずに早めに専門医を受診してください。

免疫が低下している方
糖尿病長期のステロイド治療肝硬変アルコール依存症HIV感染症など、免疫力が低下する疾患をお持ちの方は、感染が重症化しやすい傾向があります。このような状態だと、外傷やごく軽い炎症でも大きな感染症に発展しやすいため、常に体調の変化に気を配る必要があります。

結核や真菌感染のリスクが高い環境にある方
結核菌が流行している地域や、真菌感染が多い地域に滞在歴がある場合は、慢性縦隔炎につながる可能性があります。渡航歴や接触歴がある方は、一度検査を受けておくと安心です。

こうしたリスクを踏まえて、縦隔炎を予防するためには、まず創部ケア口腔ケアをしっかり行うことが欠かせません。心臓手術後は主治医や看護師の指示を守り、傷口を清潔に保つことが大切です。さらに、歯の定期検診を受けてむし歯や歯茎の炎症を早期に見つけて治療することも予防策のひとつです。


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