

監修医師:
吉田 沙絵子(医師)
目次 -INDEX-
心因性難聴の概要
心因性難聴とは、耳には原因となる病気や障がいがないにも関わらず、難聴が生じている状態です。機能性難聴と呼ばれることもあります。
心因性難聴が生じる背景には、心理的なストレスがあるケースが多いです。
その他、中耳炎や外傷などをきっかけに発症することもあります。
様々な年齢で発症することがありますが、なかでも8~10歳の女児に多くみられる傾向があります。小児の場合、学校の健診などを機に聞こえの悪さが発覚することが多いです。
心因性難聴は、聴力検査で比較的高度の難聴が示される一方、本人や周囲が難聴を自覚しておらず、会話などの日常生活には支障がないケースも少なくありません。
また、診断においては、詐聴(さちょう:意図的に難聴を装うこと)や突発性難聴など他の疾患との鑑別が非常に重要であり、専門的な検査と診察が求められます。
器質的な異常は認めないことから、基本的に特別な治療は必要としません。
ただし、症状の改善のためには、発症の原因となる心理的なストレスを取り除くことが重要であり、必要に応じて心療内科や児童精神科など、専門家の指導のもと投薬やカウンセリングが検討されることもあります。

心因性難聴の原因
心因性難聴の主な原因は、心理的なストレスや自身の性格が関与していると考えられます。
具体的には、学校での人間関係の悩みや家庭環境の問題、テストや発表会などへのプレッシャー、過去のトラウマ体験などがあります。
いじめを受けたり、転校して環境にうまく適応できなかったりしたことがきっかけで、症状が現れることもあります。
心因性難聴を発症するのは学童期の子どもに多いものの、大人でも人間関係や仕事などにおいて強いストレスを感じることで、発症することがあります。
また、発症にはいくつかの要因が複雑に絡み合っていることも多く、心因性難聴の約3割は原因を把握できないと言われています。
(出典:一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頚部外科学会「機能性難聴」)
ストレスは人によって感じ方が異なり、同じ出来事でも大きなストレスを感じる人もいれば、そうでない人もいます。また、ストレスは目に見えないため、周りの人に理解されにくい場合もあります。
大切なのは、自分がストレスを感じていることに気づき、適切に対処することです。
心因性難聴の前兆や初期症状について
心因性難聴の症状は、ある日突然現れることが多く、明確な前兆がみられないことが一般的です。例えば、朝起きたら耳が聞こえなくなっていた、会議中に急に音が聞こえなくなったなど、日常生活の中で突然症状が現れることがあります。
また、心因性難聴による難聴は、両耳に生じることが多いとされています。
ただし、人によっては難聴の自覚がなかったり、中耳炎や外傷などがきっかけで心因性難聴を発症した場合は片耳のみに症状が現れたりすることもあります。
ほかにも、耳鳴りや耳の詰まり感、めまいなどを伴うこともあります。さらに、頭痛や腹痛、食欲不振、視覚障害など身体の不調として現れることもあります。
心因性難聴の症状は、内耳の病気や他の病気と間違えやすいので、自己判断せずに、早めに耳鼻咽喉科を受診し、適切な診断を受けることが重要です。
心因性難聴の検査・診断
心因性難聴は、聴力検査と医師による問診などを行い診断します。
心因性難聴が疑われる場合は純音聴力検査や語音聴力検査のほかに、聴性脳幹反応(ABR検査)や自記オージオメトリー、耳小骨筋反射などをおこないます。これらの検査によって聞こえの状態を確認したうえで、心因性難聴と診断します。
ただし、心因性難聴の場合、聴力検査の結果と本人の訴えに矛盾が生じることがあります。そのため、医師は問診を通して生活環境やストレス状況、症状が現れた時期や状況などを詳しく聞き取ります。
必要に応じて、心理検査を行い、心理的な要因がどの程度関与しているのかを評価します。これらの情報を総合的に判断し、心因性難聴であるかどうかを診断します。
心因性難聴の治療
心因性難聴の治療では、実際には難聴を起こすような病気や障がいがないことを本人に理解してもらい、安心してもらうことが重要です。投薬などの特別な治療は必要ないことを知ることで、症状の改善につながることもあります。
また、症状の改善がみられない場合には、専門家による心理的なケアを検討します。
専門家によるカウンセリング
カウンセリングでは、臨床心理士やカウンセラーなどの専門家が、悩みやストレスとなった原因や出来事などを丁寧に聞き取り、問題解決のためのサポートを行います。
児童精神科や小児神経科、心療内科での専門家との対話を通して、ストレスの原因を探り、心の負担を軽くします。
心因性難聴が治る子どもたちの約50%は6ヶ月以内で治るとされていますが、過度にストレスの原因を追求することで症状の悪化につながる恐れがあります。さらに、治療をしていくなかで症状が改善したり、悪化したりを繰り返して治療に時間がかかるケースもあります。
とくに小児における心因性難聴では、治療において家族のサポートや学校との連携も大切になってくるため、本人と家族が一緒にカウンセリングを受けることも大切です。
環境整備・薬物療法
学校の先生や職場の上司に相談したり、家庭環境の問題であれば家族と話し合ったりすることで、ストレスの原因となっている環境を変えることを目指します。
薬物療法は、不安が強く日常生活に支障が出ている場合や、不眠が続いている場合などに、医師の判断で抗不安薬や睡眠薬などが処方されることがあります。
しかし、薬はあくまで一時的な症状の緩和を目的としており、根本的な解決にはなりません。周りの人の理解とサポートは大きな支えとなります。
家族や友人、職場の同僚などが心因性難聴の状況を理解し、温かく見守ることで安心して治療に取り組めます。
心因性難聴になりやすい人・予防の方法
心因性難聴は、ストレスを抱えやすい人がなりやすい傾向があります。
具体的には、真面目で責任感が強い人、周りの目を気にしやすい人、ストレスを溜め込みやすい人、完璧主義で自分に厳しい人、周囲の期待に応えようと無理をしてしまう人などです。
これらの人は、ストレスを抱え込みやすく、心身のバランスを崩しやすい傾向があります。
予防のためには、規則正しい生活を送り、心身のリラックスするなど日頃からストレスを溜め込まない生活を心がけることが大切です。
例えば、毎日同じ時間に寝起きする、栄養バランスの取れた食事を摂る、ウォーキングやヨガなどの軽い運動を習慣にする、趣味に没頭する時間を持つなど、自分に合った方法でリフレッシュすることなどを実践してみると良いでしょう。
また、悩みや不安を一人で抱え込まず、家族や友人、かかりつけ医、カウンセラーなどに相談することも有効です。早期に適切な対応をすることで、症状の悪化を防ぎ、早期の回復につながります。
参考文献
- 機能性難聴|一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
- 矢野純著.押さえておきたい!心身医学の臨床の知.心因性難聴.Vol.52 No.8.2012心身医
- 小林一女著.心因性難聴.日本医事新報 (5157): 49-50, 2023.




